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繚乱〜終章

それもそうだ、と近藤は改めて気付く。
確かに、朧月に身請けの話をした訳ではない。
彼を身請けしたい。
側に置きたい。
そうしたら、人斬りなど止めて、畑でも何でもやって二人で働いて。
そんな夢物語を思い描いただけだ。
「そうだな…話を受けてくれるかどうかも分からないのに、気が早かったな」
「そうだよ…でも」
真一郎は茶を口にしながらほっとした様に笑う。
「お前みたいな朴念仁でも、そうやって気を割くんだね。そこまで思われたら、その子も幸せ者だ」
「廓の身でもか?」
「惚れた腫れたに場所なんぞ関係ないさ。どこかの店子でも、廓の色子でも、惚れちまえば同じ」
「そう、か」
時折、真一郎は近藤にとって「きっかけ」の様な物言いをするのだが、どうやら今回もそれだった様で、その後の二人の会話は「身請け」からあっさり離れて、今夜の献立やら酒の肴やら、何でもないものになった。
近藤には、真一郎が「誰を身請けするのか」と問わなかった事が不思議だったが、恐らく問われていても自分は語を濁しただろうと思うのだ。
何と言うだろう。
自分が身請けしたいのは、あの美しい朧月だと告げたなら。
そして朧月は何と言うだろう。
自分が身請けしたいと告げたなら。
近藤はそんな事を考えながら夕食を済ませ、早めの風呂から上がると、少々冷え込み始めた冬の庭で空を見やる。
冬用の羽織を着ていても体に冷気が伝わる。
「年の瀬が来るのも、あっと言う間だ」
呟く息が白い。
その息の先、闇に光る星の中に近藤は朧月を思う。
「お前を、ずっと」
あの笑顔を見ていたい。
あの声でずっと名を呼ばれたい。
「次は、いつ会えるのだろうな」
とりあえず仕事の入る気配はない。
金がない訳ではないが、今の手持ちでは一夜の逗留だけで文無しだ。
近藤はふうと息を吐くと身震いを一つしてから、自室にしている角部屋へ入り込んだ。
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