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繚乱〜終章

「なあ真一郎、ちょっと聞きたいんだが」
「お前がそういう殊勝な言い方をするなんて気味が悪いけど…何だい?」
九重屋の座敷で相変わらず反物や帯と格闘しながら近藤はふと思い出した様に真一郎に話し掛ける。
「色子の身請けには、どれだけ金が要るだろう」
「へ?」
真一郎の手から帯がばさりと音を立てて畳の上に落ちる。
「そんな素っ頓狂な声を」
「な、ば、お前、何言い出すかと思ったら!びっくりして手元が狂うじゃないか」
「少し前から考えていたんだがな」
真一郎は深呼吸を一つ、帯をきちんと畳み直しながら言う。
「色子の身請けなんて、相場はないんだよ。その子が廓に持ってる借金の残りにもよるだろうし、まあ安くはないだろうね」
「そうか…そうだろうな」
近藤は反物を並び終えたのか、畳にどかりと座り込む。
「今の稼ぎでも、身請けする金子にはまだまだ足りないのだろうな」
ぼそりと呟く近藤に、真一郎は帯を畳む手を止めると、近藤を引っ張って陽の光が暖かい縁側へ場所を移す。
縁側で近藤に向かい合い、真一郎は珍しく低い声を出す。
いつもの「お気楽な若旦那」ではない、裏の顔だった。
「良いかい近藤。纏まった大きな金が入る仕事がない訳じゃない。それをお前に回さない事に他意もない…ただ、危ない橋なだけなんだ」
「危ない橋?」
「向こうも手練れだって事さ。気を抜けば、こっちが殺られる」
真一郎は座敷から運んできた急須と湯飲みを引っ張ると、二人分の茶を煎れる。
「お前の腕に限ってそれはないと思ってはいるけどね」
「だったら」
「駄目だ」
近藤の言葉をきっぱりと真一郎が却下する。
「第一、その子を身請けするのに幾ら必要か分かってるのかい?」
「いや」
「その子に身請けしたいって話は?」
「まだ」
あっさりした近藤の返事に気が抜けた様に真一郎が溜め息をつき、近藤の手に湯飲みを握らせながらまるで子供に言い聞かせる様に言う。
「じゃあまずその子に話をする辺りから始めなきゃ駄目だろう…身請けは嫌だと言われるかも知れないってのに」
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