繚乱〜伍
「これは…どうして」
瓦版に載ったという事は番屋か奉行所にあり、近藤の手元にはないはずなのに。
朧月の言いたい事を汲んだのだろう近藤は静かに言う。
「俺の雇い主、というか、元締めがいてな…上手く執り成して取り戻して貰えた」
まさか「真一郎が裏から手を回した末の事」とは言えず、近藤は無難な言葉を使う。
幸いな事に朧月は「元締め」については何も言わず、ただじっと札を見ている。
近藤は安心を悟られない様、尚も続けた。
「俺は…これを持っている限りお前を求める。お前を想い、またここへ来たいと願う。お前がそれを望まないなら、今、これを破れ」
少し。
本当に少しだけ、朧月の目が反応する。
「お前がそれを破るなら、その時から、俺はお前を求めない。潔くお前の前から消え、もうここへも近付かない」
朧月の手が銚子を置き、ゆっくりと札に伸びる。
当たり前だが、朱に染まっていない場所を手に取ると、朧月は近藤に目を向ける。
今度は真っ直ぐに。
二人の視線が交錯する。
「俺はあれだけの事をお前に言われても、やはり刀を捨てられない。今の俺ではまた、お前に同じ思いをさせる。それならいっそお前に引導を渡される方が良い」
近藤の言葉に朧月の紅色の唇が静かに動く。
「私が今、ここで引導を渡したとしたら、そうしたら、あなた様はどうなさるのですか」
「そうだな」
ふ、と寂しげに笑うと近藤は自分で自分の杯を満たしながら呟く。
「お前に会う事も、ここへ近付く事も出来ないなら、江戸を離れる」
「え…」
「このまま江戸にいれば必ずお前を困らせると分かっているからな」
江戸を離れる。
近藤のその一言が、ここへ来た覚悟が、何もかもが朧月に刺さる。
今、手にしているこの札を二つに引き裂くのは簡単だ。
だがそうすれば近藤は江戸からいなくなる。
二度と会えなくなる。
いくら「会いたい」と望み、八百万の神に祈りを捧げても。
瓦版に載ったという事は番屋か奉行所にあり、近藤の手元にはないはずなのに。
朧月の言いたい事を汲んだのだろう近藤は静かに言う。
「俺の雇い主、というか、元締めがいてな…上手く執り成して取り戻して貰えた」
まさか「真一郎が裏から手を回した末の事」とは言えず、近藤は無難な言葉を使う。
幸いな事に朧月は「元締め」については何も言わず、ただじっと札を見ている。
近藤は安心を悟られない様、尚も続けた。
「俺は…これを持っている限りお前を求める。お前を想い、またここへ来たいと願う。お前がそれを望まないなら、今、これを破れ」
少し。
本当に少しだけ、朧月の目が反応する。
「お前がそれを破るなら、その時から、俺はお前を求めない。潔くお前の前から消え、もうここへも近付かない」
朧月の手が銚子を置き、ゆっくりと札に伸びる。
当たり前だが、朱に染まっていない場所を手に取ると、朧月は近藤に目を向ける。
今度は真っ直ぐに。
二人の視線が交錯する。
「俺はあれだけの事をお前に言われても、やはり刀を捨てられない。今の俺ではまた、お前に同じ思いをさせる。それならいっそお前に引導を渡される方が良い」
近藤の言葉に朧月の紅色の唇が静かに動く。
「私が今、ここで引導を渡したとしたら、そうしたら、あなた様はどうなさるのですか」
「そうだな」
ふ、と寂しげに笑うと近藤は自分で自分の杯を満たしながら呟く。
「お前に会う事も、ここへ近付く事も出来ないなら、江戸を離れる」
「え…」
「このまま江戸にいれば必ずお前を困らせると分かっているからな」
江戸を離れる。
近藤のその一言が、ここへ来た覚悟が、何もかもが朧月に刺さる。
今、手にしているこの札を二つに引き裂くのは簡単だ。
だがそうすれば近藤は江戸からいなくなる。
二度と会えなくなる。
いくら「会いたい」と望み、八百万の神に祈りを捧げても。