繚乱〜伍
「う、わ、あっ」
部屋の中に倒れ込んだ朧月は、何とか派手に転ぶ事もなく、近藤のいる席の前で両手を着き、まるで土下座の様な形で留まっていた。
しばらく言葉の無い部屋の中、口火を切ったのは近藤。
「朧月…大丈夫、か」
「はい、何とか…」
ふうと息を吐きながら朧月はゆっくり体を起こす。
その様子を見ながら近藤は心配そうに声をかける。
「怪我は?」
「座敷に押し込まれただけですから、どこも」
「そうか、なら」
声と同時に朧月の前に近藤の手が伸びる。
そこには杯。
朧月が近藤を見ると、変わらない笑顔で近藤が笑う。
「まずは一献、だ。良い酒だし、滅多にない機会だろう、呑んでおけ」
「…有り難う、ございます」
朧月の手が杯を取ると、近藤はそこに酒を注ぐ。
朧月からすれば、あんな事を言った自分に対して笑いかける近藤に少々戸惑いもあったのだが、逆にいつも通りなのが嬉しくもあった。
勧められた酒は確かに良い酒で、花魁という存在を改めて朧月に知らしめる様。
「ご返杯を」
杯を近藤に返し、今度は朧月が酒を注ぐ。
「朧月」
杯を目の前に、今度は重々しく近藤が口を開く。
「済まなかった…お前に、要らぬ苦労をかけてしまって」
要らぬ苦労。
その言葉が示すものを悟った朧月は銚子を手にしたままで言う。
「吉原に番屋はお調べに来ませんし、たとえお調べがあったとしても、それは大した苦ではありませんから」
「それでも、お前にあんな事を言わせた…いくら桜花が招いたとはいえ、俺はここへ来るべきではなかったのに」
「あれは…私も考えが足りませんでした…近藤様にある理由の何一つも思っていなかったんです」
近藤はぐいと杯を干すと、背を正して朧月に向き、懐から「あの札」を取り出して朧月との間に置く。
返り血だろう、くすんだ朱が未だ生々しい。
部屋の中に倒れ込んだ朧月は、何とか派手に転ぶ事もなく、近藤のいる席の前で両手を着き、まるで土下座の様な形で留まっていた。
しばらく言葉の無い部屋の中、口火を切ったのは近藤。
「朧月…大丈夫、か」
「はい、何とか…」
ふうと息を吐きながら朧月はゆっくり体を起こす。
その様子を見ながら近藤は心配そうに声をかける。
「怪我は?」
「座敷に押し込まれただけですから、どこも」
「そうか、なら」
声と同時に朧月の前に近藤の手が伸びる。
そこには杯。
朧月が近藤を見ると、変わらない笑顔で近藤が笑う。
「まずは一献、だ。良い酒だし、滅多にない機会だろう、呑んでおけ」
「…有り難う、ございます」
朧月の手が杯を取ると、近藤はそこに酒を注ぐ。
朧月からすれば、あんな事を言った自分に対して笑いかける近藤に少々戸惑いもあったのだが、逆にいつも通りなのが嬉しくもあった。
勧められた酒は確かに良い酒で、花魁という存在を改めて朧月に知らしめる様。
「ご返杯を」
杯を近藤に返し、今度は朧月が酒を注ぐ。
「朧月」
杯を目の前に、今度は重々しく近藤が口を開く。
「済まなかった…お前に、要らぬ苦労をかけてしまって」
要らぬ苦労。
その言葉が示すものを悟った朧月は銚子を手にしたままで言う。
「吉原に番屋はお調べに来ませんし、たとえお調べがあったとしても、それは大した苦ではありませんから」
「それでも、お前にあんな事を言わせた…いくら桜花が招いたとはいえ、俺はここへ来るべきではなかったのに」
「あれは…私も考えが足りませんでした…近藤様にある理由の何一つも思っていなかったんです」
近藤はぐいと杯を干すと、背を正して朧月に向き、懐から「あの札」を取り出して朧月との間に置く。
返り血だろう、くすんだ朱が未だ生々しい。