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繚乱〜伍

「朧月姐さん、そろそろお客様が来られますよ」
「え、ああ、はい」
夕暮れる吉原を窓からぼんやり眺めていた朧月の意識が戻る。
紅葉にはその理由が分かっている。
待っているのだ。
探しているのだ。
自らが見世に入れるなと言ったにも関わらずその人の姿を。
朧月の部屋からは訪れる人が少なからず見える。
だから、ふと見た所にいはしないかと思ってしまうのだと。
紅葉には今日近藤がくる時間も知らされているし、実際その時間は過ぎているから近藤は既に見世にいるのだが、朧月にそれを言う訳にはいかないのだ。
「…行きましょう」
何かを振り切る様に朧月は大きく息を吐くと、紅葉に微笑む。
「はい、姐さん」
紅葉は朧月の手を取ると、支度に慌ただしい見世の中をあえてゆっくりと進む。
既に支度の出来た部屋を目指すのだから、慌てる必要などなかった。
その内、二人は廊下の飾りが一際豪華な場所へ出る。
「…凄い」
意図せず紅葉から声が出る。
朧月もこの場所へ入るのは初めてで、紅葉の様に声には出さないが圧倒されているのが握る手の強さで紅葉に分かる。
「姐さんも、ここは初めてなんですね…花魁って本当に凄い」
「ええ…桜花姐さんのお客様しかここへは入れませんし…名代を告げられなければ、きっと入る事もないでしょうね」
二人は顔を見合わせながら笑い合うと、近藤のいる部屋の前に着く。
朧月は深呼吸を一つ二つ、襖の前に座り背を正すと、部屋に向かって声をかける。
それは太夫として、花魁の名代としての口上だった。
「花魁桜花の名代として参りました、不躾者ではございますが宜しくお願い致します」
朧月が頭を下げるのと、紅葉が襖を開くのは同時で、朧月は顔を上げながら名乗る。
「朧月でございます」
視線を向ける部屋の中。
それが誰かを朧月が分かるのに、時間などかかる訳がなかった。
「こ、んどう、さま」
朧月の体が止まる。
手が自然と体を後ろに下げようと動く。
その時。
「お客様から逃げようとするなんて、困った子だねえ」
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