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繚乱〜伍

そしてその時は否応なしに訪れる。
約束の時間よりも少しばかり遅れて桜花の暖簾をくぐったのは、以前と良く似た紺の着物に薄い水色の羽織を着た近藤だった。
勿論玄関にいる皆には、今日彼が来る事も、部屋に通す許可が出ている事も伝わっている。
「お久しゅうございます」
「…宜しく頼む」
見知った顔の番頭に大小の刀を預けると、そこにいたのは皐月。
「こちらへどうぞ」
紅葉とはまた違う利発そうな禿。
勿論知らない禿である訳はなく、近藤は何も言わず皐月に続く。
いつもとは少々趣の違う、明らかに「豪華そう」な襖の前、皐月は小さな声で襖を開きながら言う。
「すぐ、あなた様が一番お会いになりたい方が参りますから」
「迎えが皐月なら、来るのは東雲ではないのか…?」
文をくれたのは東雲なのに。
近藤がそう続けようとした時、襖の影から東雲が姿を現す。
「とにかくお入り下さいな、旦那。後は万事、お任せを」
近藤の体を部屋に押し込み、東雲はにっこりと笑うと襖を閉める。
後は紅葉が上手くやれば。
東雲は皐月を伴ってまた、影の中に入って行った。
部屋の中では、近藤が当て所ない顔をしながらも、既に支度してある酒に手を伸ばしていた。
良く見れば酒のみならず肴、器までいつもよりも品が良い。
「花魁の力ってのは、恐ろしいな」
花代から部屋、酒、肴。
今日の近藤は一文たりとも払わなくて良い。
それは「桜花が招いた客」だからだ。
花魁であり、見世の責任者が招いた客から、まさか金を取る訳にはいかない。
近藤からすれば、最近は「仕事をするな」と真一郎に言われているのだから、実入りは呉服屋の手伝いで得た賃金のみ。
桜花の招きでもなければ逗留など出来る訳もなかったのだ。
勿論侍としての矜持はある。
無駄に施しは受けないと決めてもいる。
人に金を出して貰って花街で遊ぶなど、出来る訳がない。
だが、今の近藤にはその矜持よりもただ「桜花に入る事が出来れば、朧月に会えるかもしれない」方が大きくなっていた。
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