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繚乱〜伍

草履も履かず、足袋のまま、暖簾をくぐって外へ出る。
桜花の前から遠目に見える近藤の背中。
「…近藤、様」
近藤を決して中に入れるなと言ったのは自分だ。
それでも、体が動く。
それでも、心が動く。
「近藤様…っ」
小さな声で、それでもはっきりと名を呼び、膝から崩れ落ちる。
俯いた朧月の顔は溢れる涙で一杯だった。
声を聞いた時に足が止まったのは、心が目を覚ました様に軋んだから。
東雲が声をかけた時、本当は出て行きたかったのに、そんな気持ちとは裏腹に足が動かなかった。
帰って行く足音が耳に入った時、足がようやく動いたと思ったら駆け出していた。
目に入った背中は、あの秋の日から少しも変わらない。
今すぐ追いかけたい。
大門を出る前に追い付いて、顔を見たい。
名を呼ぶ声が聞きたい。
だがそう思う事しか出来ず、足の力は抜け、その場にうずくまるしかない。
自分でも、自分がどうしたいのかが分からない。
頭の中が千路に乱れ、もう訳が分からない。
朧月は番頭に手を貸して貰いながら立ち上がり、ゆっくりと廓に戻る。
草履を履いていないのだから、無理に早く歩かせれば足を傷付けるに違いないと番頭も気を使いながら朧月を導いている。
そんな気遣いにも気付かずに、ぼんやりしたままの朧月から汚れた足袋を東雲が素早く脱がせると、朧月はそのまま、東雲にすら目をやらずに素足で部屋へ歩いて行く。
まるで何も目に入っていない様に、何も見えていない様に壁を手で辿りながら、東雲から足袋を受け取った色子の一人が後を着いて行く、それすらも見えていない。
虚ろな目をした朧月だったが、涙は、それでもまだ溢れ続けていた。
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