繚乱〜伍
しばらくは平凡な毎日が続いていた。
これが当たり前の毎日なのだと桜花にいる色子達が感じ始めた、そんなある時だった。
木枯らしが吹くのももうすぐだと空気の冷たさが物語る朝。
桜花の玄関が一際騒々しい事に色子達が気付く。
いつもなら帰る客で静かなはずの場所がなぜだろう、と色子達が徐々に集まり始める。
勿論その中には朧月や東雲の姿もあった。
「お早う、朧月…全く朝っぱらから何の騒ぎだかね」
「お早うございます、姐さん。ええ本当に」
二人がそんな挨拶を交わしてから、玄関が見える角にさしかかった時だった。
「いけませんお客様!どうぞお引き取りを」
慌ただしい番頭達の声。
それに混ざって耳に入るのは、忘れかけていた声だった。
「俺はただ主からの頼まれ物を持って来ただけだ、それがどうかしたとでも」
声を耳にした朧月の足が玄関を前にして止まる。
勿論東雲もそれに気付いていて、前に進めない朧月の代わりに玄関を覗き込んだ。
「…旦那」
意識せず東雲の口から声が出る。
そこにいたのは九重屋の前掛けを着け、仕上がりの着物だろう包みを手にした近藤。
だが店の敷居から中へはどうあっても入れる事が出来ないのが今の桜花廊の決まり事、番頭達は何とか敷居を少し越えた付近で押し止めていた。
その様子を見てこのままでは押し問答だと思う東雲が一歩踏み出し、番頭越しに近藤に声をかけた。
「旦那、まあ落ち着いて下さいな…見世にも止ん事無い理由があるんですよ」
「東雲…」
東雲の声で近藤に落ち着きが戻る。
「ちょっとした理由で、旦那に敷居を跨いで貰う訳にはいかないんですよ…荷を渡して下さいな」
「…ああ」
近藤は押し合いをしていた番頭の一人に荷物を渡すと「知らなかったとはいえ、騒がせて済まなかった」と一言、東雲に目をやって薄く微笑むと体を返した。
薄い桃色の暖簾が揺れると、人の中から駆け出したのは朧月だった。
これが当たり前の毎日なのだと桜花にいる色子達が感じ始めた、そんなある時だった。
木枯らしが吹くのももうすぐだと空気の冷たさが物語る朝。
桜花の玄関が一際騒々しい事に色子達が気付く。
いつもなら帰る客で静かなはずの場所がなぜだろう、と色子達が徐々に集まり始める。
勿論その中には朧月や東雲の姿もあった。
「お早う、朧月…全く朝っぱらから何の騒ぎだかね」
「お早うございます、姐さん。ええ本当に」
二人がそんな挨拶を交わしてから、玄関が見える角にさしかかった時だった。
「いけませんお客様!どうぞお引き取りを」
慌ただしい番頭達の声。
それに混ざって耳に入るのは、忘れかけていた声だった。
「俺はただ主からの頼まれ物を持って来ただけだ、それがどうかしたとでも」
声を耳にした朧月の足が玄関を前にして止まる。
勿論東雲もそれに気付いていて、前に進めない朧月の代わりに玄関を覗き込んだ。
「…旦那」
意識せず東雲の口から声が出る。
そこにいたのは九重屋の前掛けを着け、仕上がりの着物だろう包みを手にした近藤。
だが店の敷居から中へはどうあっても入れる事が出来ないのが今の桜花廊の決まり事、番頭達は何とか敷居を少し越えた付近で押し止めていた。
その様子を見てこのままでは押し問答だと思う東雲が一歩踏み出し、番頭越しに近藤に声をかけた。
「旦那、まあ落ち着いて下さいな…見世にも止ん事無い理由があるんですよ」
「東雲…」
東雲の声で近藤に落ち着きが戻る。
「ちょっとした理由で、旦那に敷居を跨いで貰う訳にはいかないんですよ…荷を渡して下さいな」
「…ああ」
近藤は押し合いをしていた番頭の一人に荷物を渡すと「知らなかったとはいえ、騒がせて済まなかった」と一言、東雲に目をやって薄く微笑むと体を返した。
薄い桃色の暖簾が揺れると、人の中から駆け出したのは朧月だった。