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繚乱〜伍

朧月が仕事に復帰すると、途端に客の指名が増え、文字通り「息つく暇もない」忙しさが朧月と紅葉に降りかかる。
右に左にと廓を移動する忙しない毎日。
それでも朧月には楽だった。
言い方こそ悪いが、誰かの相手をしている間は一秒も近藤の事を考えないのだから。
客の何でもない話に相槌を打ちながら作り物の笑顔を向ければ、それまで朧月の笑顔を見た事のない客は「太夫は笑っていてもそうでなくても美しい」とご機嫌になり、羽振りも良くなる。
小遣いだと渡される包みの中身は日々増えているのが朧月にも紅葉にも分かる。
小遣いは廓の皆に平等に分けると桜花が決めている為、客が帰った後、番頭に包みの束を渡すのだが、その度に「流石だねえ朧月」と言われる。
そんな時ふと。
体が空く時間に朧月は思う。
何だか、違う。
いや、以前は確かにこうだった。
座敷と回し部屋を行き来して、客を上手に渡り歩いて、当たり障りなく振る舞って。
ただ男の中を何気なくすり抜けて行く毎日だったはずだ。
小遣いこそ増えているが、仕事は以前と変わりない。
寧ろ以前よりも忙しい位。
なのになぜだろう。
以前の様に満たされない。
桜花に来て、禿から新造に、初めて色子の仕事をして以来、ずっと毎日、充実していたはずなのに、何かが足りない。
それが何なのか。
朧月には痛いほどに分かる。
だがそれを求めてはいけない。
自分からそれを切り離した癖に、またそれを望むなど本末転倒だ。
「朧月姐さん、回しです」
紅葉の声が耳に入ると、朧月はそれまでのぐるぐるした考えを全部頭の奥底に押し込んで「太夫」の顔で紅葉に向く。
桜花の太夫。
そう呼ばれている事実と自信が朧月を動かす。
「行きましょう、紅葉」
朧月がそう言うと、紅葉は一度、はっきり頷いて朧月の手を取る。
小さな紅葉にも、朧月の禿なのだという自信がある。
きっと胸の中では紅葉とて複雑な気持ちを抱えているのだろうけれど。
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