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繚乱〜伍

元々器用な朧月は事務仕事もすぐに覚え、皆に「客が取れない歳になったらこっちを頼める」とまで言われていた。
紙に向かっていると、朧月の中でほんの一瞬、近藤の事がよぎる。
朧月は置かれた茶に手を伸ばし、ふうと一息ついて思う。
来ないでくれと告げた時、背中から名を呼ばれた。
どれだけ振り返ろうと思ったか分からない。
でもそうしなかったのは、振り返ってしまったら自分はまた近藤を待ってしまうと思ったからだ。
待ちたい。
でも近藤の花代は。
自分の中にある複雑な気持ちの芯には「自分の仕事」に対する思いもある。
人の命を犠牲にしてまで、この胸にある暖かい気持ちを貫く事は出来ない。
朧月は頭を何回か振ると、事務の者に座を外す許可を貰い、真っ直ぐ桜花の元へ向かった。
これ以上紙に向かっていたくない。
明日にでも仕事に戻って、余計な事を考えない様にしたい。
桜花もその気持ちが分かるのだろう、多くを朧月に問わず、明日から仕事に戻る様にとあっさり告げた。
「仕事に戻るからには、以前と変わらずにやって貰いますわよ、朧月。勿論、あなたが言っていた方は見世には入れないわ」
「はい、花魁…宜しくお願い致します」
「なら、紅葉も戻さなくてはね。あの子、小さいのにお料理が上手ですの…台所が寂しくなりそうですわ」
くすくすと笑う桜花は美しく、朧月は益々「この人の様になりたい」と思う。
勿論、廓の色子達とて皆同じ様に思っているのだが。
「紅葉は器用な子です…もし色子として働けないとしても、あの子は必ずお役に」
「新造になるまで、色子の素質は分かりませんものね。あなたは違ったけれど」
「私にはここしかありませんでしたから…」
ほんの少しの思い出話を交わしてから朧月は桜花の部屋を出る。
明日からまた色子に戻る。
それが朧月にはなぜか、とても嬉しい事に思えた。
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