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繚乱〜肆

「じゃあ紙は今言った場所へ届けておくれ。筆は持って行くから」
絹はてきぱきと仕入れを済ませ、次から次へと店を回る。
桜花を出たのが昼前で、昼時を過ぎた頃には一軒目の仕入れが終わる。
常に仕入れをしている絹だからこそ、出来る事に違いなく、朧月は後ろから荷物を手に付いて行くのがやっとだった。
「菊、ちょっと休もうか」
何軒回ったろう、太陽が天頂よりも西に寄った頃、絹はそう言って朧月を茶店に引っ張った。
出された甘味は朧月の疲れた体に心地良く、自然と笑顔になる。
「さて菊。次はあんた一人で行って貰う事になる。私は後二軒回るから…一時過ぎたら、またここで」
これが店の名前と場所と頼んでる品物だから。
そう言いながら絹が出した紙には、朧月の良く知る店の名があった。
「九重屋…」
「緋襦袢をね。ああ、色が揃ってるか、あんたの目で見ておいておくれね」
「…はい」
絹は茶をぐっと飲み干すと立ち上がり、店を出ながら朧月の肩をぽんと叩く。
「…少しなら遅れても良いからね。見世が開く前には帰る。そう覚えておいで」
「お絹さん」
言葉の意味を問う朧月の声は、手を拭る絹の背に消え、朧月は懐に店の名を記した紙を仕舞うとゆっくり茶店を出た。
茶店から九重屋は少し歩いた所で、朧月は暖簾の前で立ち尽くしている。
入れば必ず真一郎に会うだろう。
真一郎だけならまだ良い。
もし店に近藤がいたら、どんな顔をすれば良いんだろう。
だがいつまでも店の前にいる訳にはいかない。
決心した朧月が店に入ると、予想通り、真一郎の声と笑顔が出迎えた。
「あの…これを」
朧月は言葉少なに懐から絹に貰った紙を出す。
それに目をやった真一郎は朧月の方をしばらく見、程なく紙に包まれた着物が朧月の前に置かれた。
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