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繚乱〜肆

「あなたが来てくれたから、私はまた笑えたんです。もしあなたが来ていなかったら、きっと私はまだあの時のまま」
朧月はそう言って近藤の足に頭を乗せる。
近藤はそんな朧月に優しい視線を向けながら、見世を出る時間になるまで朧月の頭を撫でていた。


見世を出て、九重屋に戻った近藤は懐から半分に切った御札を取り出す。
そこに見える小さな文字に込められた朧月の想い。
同じ様に自分の想いを託した札を、あの太夫はどう思って目にするのだろう。
近藤は札をまた懐に戻し刀を置いてから、九重屋の仕事の為に前掛けを手にすると、今朝も早くから賑やかな店へと足を進めた。
今日の朝日はいつもよりも清々しいものだった。
その頃、桜花では仕事を終えた太夫や色子達が思い思いに時間を過ごしていた。
「今日はお医者の日だからね、皆時間になったらちゃんと集まっておくれよ」
吉原で働く色子達には月に一度、必ず医師の診察を受ける事が決められている。
それは女郎も男娼も同じ事。
見世を歩き回ってその日を告げる椿を見つけた朧月は、話をしていた場から中座して椿を追いかけた。
「あらまあ太夫、どうされました?」
「椿さんに、御札の御礼がどうしても言いたくて…有り難うございました」
頭を下げる朧月に椿はからからと笑う。
「御札位いつでも頂いて参りますよ、太夫。さ、時間まではゆっくりしてて下さいな」
さばさばした椿に朧月は「はい」と笑顔を向け、話の輪に戻る。
「…すっかり良い顔で笑う様になったねえ」
椿の後ろ、いつの間にやら絹が立っている。
絹は朧月をここへ連れて来た事もあり、笑わなくなった朧月をずっと気にかけていたのだが、最近は肩の荷が降りたと皆に話している。
「お医者の支度は出来たんですか、絹さん」
「万事抜かりなく。でも、見た感じ、あの子達に病は心配なさそうだ」
椿と絹。
花魁桜花を、そして桜花廊を支える二人は肩を並べ、これからの桜花を担うであろう太夫達を楽しげに眺めていた。
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