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繚乱〜肆

「近藤…様」
「これで、俺の約束もお前に渡す事が出来る」
札を見る朧月の心配そうな表情が見る間に変わる。
それは傍目にも幸せだと分かるほど。
「後は血判か…刀は預けてしまったし…」
「主様、剃刀で良いなら私が」
紅葉はそう言うと部屋から走り出て、勿論当たり前に廊下を走る事などしてはいけないのだが、誰にも見つからなかったのだろう早さでまた部屋へ戻る。
「紅葉、廊下は走るものではありませんよ」
「ごめんなさい姐さん…主様、これ」
紅葉が朧月に頭を下げてから近藤に手渡したのは櫛やら簪やらが一緒に入った包みだった。
それは紅葉が朧月の髪を整える為の道具で、そこには小さいながらも剃刀が見える。
「洗ってますから、使って下さい」
「…有り難う、紅葉。恩に着る」
近藤はそう言って紅葉の頭を撫でると、改めて二枚になった札と向かい合う。
「俺から」
近藤は一言で迷いなく剃刀で右の親指を小さく切る。
傷から出る血を目に、札の「近」の文字の近くに指を押し付ける。
紅葉はそれを見てすぐに傷の手当てをする。
どこまでも気の付く禿に、朧月は無意識な笑顔を向け、次の瞬間、真面目な顔をして札を見る。
「私の番…ですね」
そう言って朧月も右の親指に剃刀を当てる。
元々皮膚が薄いのか、剃刀が良く切れるのか、すぐに朧月の指に赤い雫が浮かび、それを「月」の文字の近くに押し付ける。
朧月はそのまま札を取り、近藤に差し出して言う。
「私は、近藤様をどう想っていても、桜花の決め事で口には出来ません…ですから、かわりにこれを」
近藤はその札を受け取ると、もう半分を朧月に渡す。
「俺の心は、お前のものだ。朧月」
近藤がはっきりと言い切る。
この瞬間、近藤の中にはそれまで抱えていた人斬りの事が姿を消し、ただ朧月への愛しさだけがあった。
それは朧月にも伝わっているのだろう、手渡された札を大事そうに抱えている。
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