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繚乱〜肆

身請けが目的ではない、身請けなどは望まない、ただ、この人と心だけでも寄り添っていたい、そんな脆い約束を。
朧月は筆を取り、御札の上で手を止める。
「…何と…書けば良いのでしょう…」
いざと思った朧月にも言葉が浮かばないらしく、そう呟いて筆を戻す。
近藤も紅葉も起請文の定型句など知らないのだから何も言えずに白い札を見る。
と、その時。
「…何でも良いのではないですか?だって約束なんでしょう?お二人に分かれば」
紅葉の一言。
それもそうだと朧月も近藤も顔を見合わせる。
それから少しの間を置いて、近藤がようやく何かを思い付いた様に口を開く。
「朧月、ここに小さく「月」と書いてくれないか」
近藤が示したのは札の左下の隅。
「月?」
「ああ。お前の名だろう?」
「はい…でも、一文字で宜しいのですか?」
「お前の気持ちがそこにあれば良い」
近藤の目が「近藤の気持ち」を表す様に朧月を見る。
その表情だけで自分に向けられている愛情の深さが分かるほど。
朧月は筆を取り、深呼吸を一つしてから札の隅に小さく「月」の一文字を記す。
「よし…少し札を貸してくれ」
「はい」
朧月の手から札を取ると、近藤は札に対してまるでそこが神社の社である様に祈り、そのまま札を横に引き裂いた。
「近藤様!」
驚くのは当たり前だ。
熊野神社は霊験あらたかな神社で、札を起請文に使うのは、その約束を違えた時、熊野神社の御使いである鴉が違えた者を成敗に訪れると言われているからだ。
その札を引き裂くという事は、今すぐにも鴉が成敗に訪れても不思議ではないという事になる。
朧月の心配そうな顔を見ながら、近藤はその手の筆を取り、引き裂いた片方、札で言うと右上の隅に「近」と記し、それを朧月の札と並べて置いた。
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