繚乱〜肆
「で、その札は今どこに?誰かに渡すつもりなのか?」
「今は文机に仕舞ってあります…私がお渡ししたいと思う方がいたとしても、私の独断でその様な物をお渡しする訳には参りませんから」
朧月がそう言うと、近藤は少しだけ落ち着かない風に咳払いをする。
それを見て紅葉が朧月に近寄って、小さく耳打つ。
「主様なら、御札、貰って下さいますよ」
「も、紅葉、あなた…っ」
朧月の頬が一瞬で赤く染まる。
何が起こったかと思う近藤にも、紅葉が耳打ちに回る。
「姐さんが御札をお渡ししたいのは、主様なんですよ」
耳打ちした紅葉が近藤の背におぶさると、それをきっかけにした様に近藤の目が朧月に向く。
そのすぐ後、両手で頬を押さえた朧月の目が、ゆっくりと近藤を見る。
「朧月…紅葉が言った事は本当か?」
紅葉を背中に背負いながら近藤が言うと、朧月は頬から両手を離し、こくりと頷いた。
「文机、だったな」
近藤が背中の紅葉に分かる様に朧月に言う。
目の前の太夫がまたこくりと頷いたのを見て、紅葉は近藤の背から降りて部屋を出る。
残された朧月が再び落ち着きを取り戻したのは、紅葉が御札と筆箱を運んできた頃。
「どうぞ、姐さん」
紅葉の小さな手できちんと揃えて置かれる御札と筆箱。
朧月は珍しく高鳴る胸に手を当てて、何とか気持ちを落ち着かせようとするが、目の前にある物に目をやると否応なしに緊張してしまう。
当たり前だ。
起請文など未だかつて書いた事も見た事もない。
男相手の廓の中、そこまでの執着が色子にも客にもない。
女ではない体を抱きたいだけの繋がりが殆どで、情が通じた色子と客がいなかった訳ではないが、その場合は客が何とか資金繰りをして身請けしていた。
「身請けの望みもない約束」など、男宿では必要のないものなのだ。
それを今、自分はこの男に、目の前にいる逞しい侍に求めている。
「今は文机に仕舞ってあります…私がお渡ししたいと思う方がいたとしても、私の独断でその様な物をお渡しする訳には参りませんから」
朧月がそう言うと、近藤は少しだけ落ち着かない風に咳払いをする。
それを見て紅葉が朧月に近寄って、小さく耳打つ。
「主様なら、御札、貰って下さいますよ」
「も、紅葉、あなた…っ」
朧月の頬が一瞬で赤く染まる。
何が起こったかと思う近藤にも、紅葉が耳打ちに回る。
「姐さんが御札をお渡ししたいのは、主様なんですよ」
耳打ちした紅葉が近藤の背におぶさると、それをきっかけにした様に近藤の目が朧月に向く。
そのすぐ後、両手で頬を押さえた朧月の目が、ゆっくりと近藤を見る。
「朧月…紅葉が言った事は本当か?」
紅葉を背中に背負いながら近藤が言うと、朧月は頬から両手を離し、こくりと頷いた。
「文机、だったな」
近藤が背中の紅葉に分かる様に朧月に言う。
目の前の太夫がまたこくりと頷いたのを見て、紅葉は近藤の背から降りて部屋を出る。
残された朧月が再び落ち着きを取り戻したのは、紅葉が御札と筆箱を運んできた頃。
「どうぞ、姐さん」
紅葉の小さな手できちんと揃えて置かれる御札と筆箱。
朧月は珍しく高鳴る胸に手を当てて、何とか気持ちを落ち着かせようとするが、目の前にある物に目をやると否応なしに緊張してしまう。
当たり前だ。
起請文など未だかつて書いた事も見た事もない。
男相手の廓の中、そこまでの執着が色子にも客にもない。
女ではない体を抱きたいだけの繋がりが殆どで、情が通じた色子と客がいなかった訳ではないが、その場合は客が何とか資金繰りをして身請けしていた。
「身請けの望みもない約束」など、男宿では必要のないものなのだ。
それを今、自分はこの男に、目の前にいる逞しい侍に求めている。