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繚乱〜肆

近藤が次に桜花を訪れたのは、刀の修繕も無事に終わり、何度かの仕事をこなした秋の夜だった。
己の中にある「想い」をはっきり自覚してからはむやみに瓦版を賑わす事もなく、桜花の中でも「人斬りの事」が話題に上る事が少なくなった。
それを見越した訳では無かったが、半月以上ぶりの近藤の来訪はそれを待ち望む朧月を喜ばせるに十分だった。
以前訪れてから後にあった様々な出来事を、朧月は近藤に話し、ふと、あの御札に意識を向けて言葉を詰まらせる。
「どうかしたのか?」
不思議がる近藤に朧月は「あの騒ぎの後、桜花姐さんから、頂いた物がありまして」と話を切り出した。
熊野神社の御札を貰った事や桜花との会話。
一通り話し終わると近藤は興味深く朧月に言う。
「起請文か…聞いた事はあったが、本当にあるんだな」
「女郎屋では当たり前だそうです…年季がありますから」
「ここにはないのか?」
近藤には何気ない問いだった。
だが朧月には違うのだろう、見る目にも分かる位に表情が曇る。
「ここにいる色子達には…帰る場所などありません」
「…え?」
「確かに、親の意でここへ送られた子もいます。奉公だと言われて来た子も。でも、ここに入った以上、もう帰る道などないんです」
そんな訳は、と言いかけた近藤に、朧月は「だったら」と語を挟む。
あなたに息子がいたとして、一度でも自分から男に体を開いた息子を家に戻しますか?
近藤はその言葉に愕然とする。
それは少し考えれば分かった「男の」心理だ。
後継ぎだろうが次男だろうが、男子が自ら男に、など、父親なら許す訳がない。
「そう、だな…済まない、俺が考え足らずだった」
「いえ、ここがそういう場所だと分かった時から、皆ここが家だと思っていますから」
曇った朧月の顔が徐々に落ち着きを取り戻すのを見て、近藤は安心しながら話を御札に引き戻した。
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