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繚乱〜肆

九重屋に近藤が帰り着いたのは日の出頃。
裏口から入って縁側を踏むと同時に近藤の視界に人が入る。
「お帰りなさいませ」
「繋ぎは付いたのか?」
「先程無事に。お預かり致します」
すいと手を出した男に近藤は腰から刀を抜いて手渡す。
「宜しく頼む」
「かしこまりましてございます」
男は刀を抱え、静かに縁側を進む。
時折九重の店で見た顔だと思ったが名前まで覚えていない男。
「あれも裏の、か」
近藤はそう呟いて部屋に入る。
薄暗い部屋。
ふと気付くのは左手の布。
「…外すのが惜しいな」
着物の袖を上げれば目に入る布。
それを甲斐甲斐しく巻き直してくれたのは愛しい太夫。
出来るならこのままにしていたいが、と思いながら近藤は布を解く。
「何とか、なったな」
油紙を外したそこには傷など一筋もない。
柄にあった染みは紛れもなく、桜花を訪ねる前の「仕事」で付いたものだったのだ。
柄に返り血が飛んだ事に気付いた近藤は九重へ引き返し、裏に通ずる者に柄の直しを手配して欲しいと頼み、もしもの為にと怪我を装ったのだ。
勿論刀を持たずに桜花へ行けば良かったのだが、常に刀を帯びている自分が急に刀を持たないとなれば、逆に何か疑われるかもしれないと考えた。
案の定、柄の痕は疑いを持たれたが、その為の腕への細工だ。
朧月が出て行って、怪我をしていないかと聞かれたのは寧ろ好都合だったし、どうやらそれで疑いも晴れた様子だった。
「あいつに嘘を吐いたのは、申し訳なかったな…あれほど心配してくれたと言うのに」
「だったら嘘なんぞ吐かなくても良い様に用心おし」
部屋の向こう、襖を隔てた廊下から真一郎がそう茶々を入れる。
「着替えが終わったらこっちを手伝っておくれ。今日は仕入れが多いんだ」
それだけを告げて真一郎は軽い足音で歩き去る。
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