お見舞い*千歳
「あ、風邪移っちゃうね…」
「…そげんことじゃなか」
「ん?」
「楓ば無防備すぎたい。俺が狼なら襲われとったい」
千ちゃんが狼…?
「ふふ、千ちゃんは優しいから狼って感じではないね」
千ちゃんは体は大きいけど、自由でマイペースな所は猫っぽい。
いつもフラッとどこかへ行ってしまうような、捕まえられない気まぐれな猫だ。
「これでも我慢しとるとよ」
「ん?我慢…?何を?」
千ちゃんは短く息を吐き、体をこちらに向けた。
「幼馴染みとは言え…意識せんと?」
「…意識?」
「狭い空間に男女2人たい。やる事は決まっとろう?」
グッと千ちゃんとの距離が縮まり、優しい声で聞かれる。
「千ちゃん…?」
「…顔が赤か。寝た方が良かけん、帰るばい」
しばらく見つめ合い、千ちゃんにキュッと鼻を摘まれる。
「え…どうしたの?千ちゃん…」
「俺が危なかたい。ゆっくり休むとよ」
急に帰ろうとした千ちゃんに、慌てて立ち上がる。
けど千ちゃんは足をとめずに鞄を持って階段を降りていく。
千ちゃん、本当に帰っちゃう…私何かしたかな…
熱のせいか、少し涙が出そうになる。
「せ、千ちゃん…待って」
急に立ち上がったからか、階段のそばでフラッと足元がおぼつく。
手すりを掴もうとしたが、手が滑って体が前のめりになってしまった。
「きゃっ…」
「楓っ!」
一瞬宙に浮いた体が、下にめがけて倒れていく。
千ちゃんの叫び声と共に痛みを覚悟して目を強く瞑った。