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虜まれたしあわせの薔薇の花 / 短編

この街並みを眺めるのもだいぶ見慣れてきた。
初めて目にした時、バスの中であの建物はこの建物であれはこの建物で…なんてガイドブックをペラペラと捲りながら実物と比較して胸をときめかせて、感動していた頃が懐かしい。
もちろん何度訪れても心を奪われて、魅了されて、華やかな彩りが溢れたこの空気感を胸いっぱいを噛み締めながら、目的地に着くまでの瞬間を楽しむのが毎回の日課だ。
見慣れた景色を目一杯堪能しながら、バス内のアナウンスではもう少しで到着をお知らせしてくれていた。
愛しい人が住むたまらなく愛くるしいこの場所で、今日一日過ごせるのかと思うと胸が弾む。
バスから降りると目の前には手を広げて優しく微笑んでいるフランシスさんが居て、思わず彼の胸に飛び込んだ。
ぎゅっと包まれるとふんわり花の香りが舞って、その心地よさについついうっとりしてしまう。
「久しぶり。少し見ないうちにもっと可愛くなった? 今日も可愛い」
そんなことを呟きながらおでこに軽く口付けを落とされて、さらにふわふわと心が溶けてしてしまいそうだ。
「ふふ、もう。くすぐったいですよ」
今日は久しぶりに大好きなフランシスさんとデートの日。
耳元で「さぁ、行こうか」と囁かれたと思えば、私の手を取ってするりと指が絡まれて。
彼の指先から伝わるぬくもりで心も体温もぐつぐつと煮立って、すっかりこの人に心を染められてしまっているな、と常々感じる。
いや、会うたびに増しているかもしれない。

今日は久しぶりにゆっくりデートが出来る日だから、と、久しぶりにこの美しいパリの街並みを散策しよう、ということになった。
どこを見渡しても絵になるこの街をただただ歩いているだけでも本当に楽しい。
それに隣にはフランシスさんという最高の案内人がいるのもあって「あそこのオブジェはこういう時代背景があって勝利を収めた時に建てられたものなのさ」とか「あそこの料理屋はワインの種類が豊富で、ワインに合わせて料理を振る舞ってくれるんだ。しかもお味も美味くて天下逸品!」とか沢山のこぼれ話を聞かせてくれる。
彼といると目に見えている景色も一段と鮮やかに見えて世界が何十倍にも広がっていくような気がしてくる。
そんな感覚もとても楽しくて、かけがえのない時間だ。
色々な楽しい話を聞きながら手を繋いで二人で歩いていると、こじんまりとした可愛いお花屋さんを見つけた。
「気になる? せっかくだし入ろうか」
店内に入るとお店一面に色とりどりの花たちがめいっぱい敷き詰められていて、店内に充満している花の香りが私の鼻を柔らかくくすぐった。
しばらく店内を見渡していると一層愛らしく花開いたピンクの薔薇に目を引かれて、言葉では言い表せないくらいの可憐な魅力に、いつのまにか目が離せなくなっていた。
「その子?」
「そうなんですよ、なんだかすごく可愛いなって」
ふんわり伸びたフランシスさんの手がその愛くるしい薔薇の子を手に取ったかと思ったら、あっという間にピンク色のリボンと純白の包紙に包まれたその花を手に持たされていた。
「えっ?! な、どうして?!」
「その子も君の事を選んでいたみたいだしね? モノや生き物だって、持ち主を選ぶんだ」
「そう…なんですね?」
「それにその花…」
「?」
ふと、先程フランシスさんと歩いている時に彼が話していた薔薇に纏わる話を思い出した。
フランス国内で大切に育てられた薔薇たちの中には、幸せをもたらすという幸運の薔薇の花があるらしい。
その薔薇を目にするとその美しさと妖艶さに惹かれて心を射抜かれる。
それはまるで、キューピッドが放った矢が相手の心を射抜いてあっという間に心を取り込まれてしまうかのような、猛烈な恋のように───
どうやら普通の薔薇ではないその薔薇は、大切な人に贈ることでお互いの絆をさらに深めてくれる効果があるらしい。
もしかして、その薔薇の花って…?
「お兄さんのこと、選んでくれてありがとう」
一輪の薔薇を握る私の手に優しくてあたたかい彼のぬくもりが肌をすり抜けた。
「それは私の方こそですよ、フランシスさん」
こんなに素敵な人に巡り合わせてもらえて、出会わせてもらえて、私はどれほどの幸せ者なのだろう。ただ一言”ありがとう”という、こんな一言だけで済ませてしまうには全然物足りないくらいにありがたみをひしひしと全身で浴びる。
あなたに出会って私はどれほどの喜びと幸せを感じてきたのだろう。
いつだって、フランシスさんに虜になってしまっている。
そっと彼の手を握り返すと、目の前の彼は柔らかく微笑んで、フランシスさんと繋ぐこの手の感触もひとつに溶け合うように心地が良い。
「んもう、これ以上夢中にさせてどうするつもり?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
こんなに想いが溢れてしまうのは、手元で愛しい人と一緒に握っている美しい薔薇の効果から来ているものだろうか。
「愛してるよ、俺の可愛い愛しい子」
手元で微笑む薔薇の子に身守られながら、私たちは再びパリの美しい街並みへと歩みを進めた。
ほんのりと、優しい薔薇の香りと彼が纏う花の香りが混ざり合って二人の空気をさらに甘美にしたような気がしたのは、気のせいだろうか?
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