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恋人は名乗った後で / 短編

何故。どうしてこんなことになっているのだろうか。
目の前には空になったアイスカフェオレのコップを傾けて、頬杖をつきながら嬉しそうに微笑むフランシスさんがいる。
あれ以降、会うたびに鬱陶しくデートに誘われて、だんだん断るのも面倒臭くなって「じゃあ、一回だけですよ」と渋々OKしたらこの調子だ。
集合して直ぐ、会って早々に「可愛い」の連呼。
案の定あの時みたいに手を繋がれて「さ、行こうか」とふんわり囁かれた。
手が離れたと思ったら肩に手を回されたりやけに距離が近かったり。
いつも他の人にもこんなふうにベタベタしているのだろうか。
あと、慣れてないからやめてほしい。 

「ねえ、名前、教えてくれる気になった?」
「いえ、全然」
「なんでよ〜!せっかくデートしてくれたのに〜!」

デートって言っても、今回の一度きりだ。
それに、私にはこの目の前の人じゃなくて、憧れているお方がいる。

「第一、私──」
「アーサーだろ?」

その名前を出されて、言葉が詰まる。
さっきまでのお調子者な様子とは一変して彼の瞳には少し切ない影が映っていた。
その眼差しに、少し胸に変な痛みを感じる。

「恋する乙女の気持ちも尊重したいところだけど、さ」
「な…!そんな恋だなんて…!」

ドッ、と心臓が更に強く揺れた。
アーサーさんは、ただの憧れな人なだけで、特別な感情なんて…。
…特別?

「お兄さんだって、恋、してるんだけどな?」
テーブルの上で無意識に作ってしまっていた拳が、上からフランシスさんの手に覆われる。
「だから、あいつよりも先に、君のハートが取られる前に。奪っちゃ、ダメかな?」

なんで、なんでそんな真っ直ぐ見つめてくるの?

「そ、そんな事言って、またいつもみたいな女の子を口説く口実なんじゃないですか?!信じられません!!」
口ではなんとでも言い返せるのに、覆われた手を、振り解きたいのに、全然振り解けない。
「どうしたら、信じてもらえる?」
そ、そんなこと言われたって……。

「だって、もしこのままお持ち帰りしたらそれこそ軽い男だと思われるだろ?だからといってアプローチを全くしないわけにもいかないし?」
「な…何考えてるんですか!!この変態!!」

はぁ、やっぱりこの人はダメだ。
少しでも変な気持ちに駆られそうになった私が馬鹿だった。
なんとしても、この人に引っかかるわけにはいかない。

「惚れた女に触れたいと思うのは自然なことだと思うけど?」
「アナタの場合、惚れる惚れないは関係なくでしょ?」
「いやいや君の場合は本当に別だって。なんでかなぁ、ここぞって時に効き目がないな」

この人のことは、本当によくわからない。
本気なのか、本気じゃないのか見定めるのが難しい。

「お兄さん、君が信じてくれるまで諦めるつもりないよ?」



前回のデート以降、『一回だけ』と念を入れて伝えたはずなのに結局フランシスさんからのアプローチは止まることを知らず、なんだかんだで誘われるがままデートを重ねてしまっている。

「決まってるじゃない、本気で落としにいこうとしてるもの」

この言葉が嘘か本当かどういう意図を表してるのか、相変わらずよく分からない。
だけど毎度のデートで手は繋がれるけどそれ以上のことはないのは確かで。
いや、まあそれが当たり前なんだけど、この人の場合は手を繋ぐ以上のことをすぐにやり兼ねないので。
本当に一体どういうつもりなんだろう。
でも、デートを何度か重ねてみてわかったことがある。
この人は確かに色んな人に愛を振り撒いたりなんだかんだりしている人だが、それが必ずしも自分のため、とかだったり利益のために、ということではないことだった。
相手の幸せを願ってこそ溢れ出る豊かな愛。
愛が膨大に深い人であることは間違いないな、という印象だった。
それは彼が率いるお国柄も相まってなのだろう。
たまにおかしな発言もあるけれどそれも含めて彼の愛嬌なのだろうと思う。
そして、私は彼と過ごしていくうちに、その彼の人柄に少しずつ心を開いている自分がいた。
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