俺はただ、HOFのタカヒロやフユキが目の前でライラプスのパイロットであり、楓が消えるきっかけを作ったリン・カザマをHOFの医療用車両に乗せているのをぼんやり見ていた。

　目の前には、楓が着ていたライダースーツと彼女に渡した婚約指輪があった。

　俺はそれをまるで子供みたいに抱きしめていた。

　僅かに残る楓の香り、楓の指輪。この指輪は楓が大事にしてくれていた指輪だった。

　指輪は、今は傷だらけになり、彼女が受けてきた傷のようだった。

　両親が亡くなり、故郷が無くなり、夢が消えても、俺と生きる決断をし、俺と結婚し、アメリカにいる未来を選んだ彼女を世界は見捨てた。

　何度も死にかけ、何度も危機にあっても、必ず俺の場所に戻って来て、俺と生きてくれた彼女。

　だけど、彼女は俺を置いて逝ってしまった。
　俺は逆だと思っていた。
　
　俺が仕事で死んで、彼女が生きるというパターン。しかし、実際は違う。

　ぼんやりと見ていると、フユキが隣に座った。

「…」

　フユキは、俺を一瞥した後に俺の肩をポンと叩いた。

「…一人になりたい？」

　フユキが優しい声で俺に問いかける。
　俺は、小さく「ああ」と答えた。

「…これ、Phoenixのカギと俺の予備のドライバーID。気が向いたら、HOFに持ってきて。借りパクはダメだからな」

　フユキに渡されたそれらを受け取り、俺は雪がチラつく空を見上げる。
　フユキはそれから、何も言わずに俺に背を向けた。フユキの優しさに俺は甘えてばかりだ。

　雪が頭に積もり、髪を濡らす。俺は、ため息を漏らした。



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　俺はこの日からまるで、浮浪者のような生活を送る事になる。

　楓と過ごした、幸せの代名詞になったあの家に俺は帰れなくなった。

　楓がいつ帰ってきてもいいように、タカヒロが俺が仕事が激務になった事を危惧して我が家専属メイドに掃除を毎日してもらい維持していた。

　俺は職場から離れた場所にある安いモーテルを借りた。

　仕事に行かず、髭も剃らず、朝から晩まで酒を煽り、気分が悪くなって嘔吐し、情け無いくらいに泣いてばかりいた。

　着替えもせず、同じ服で1週間以上過ごした頃に、隣の部屋を借りていた人物から酒臭い、ゲロ臭い、不潔な奴を摘み出せ！　と苦情が入り、俺は追い出された。

　大統領の御令嬢救出任務や様々なバイオテロ、大統領直属の諜報員になった俺は今は情けない姿でいた。

　さらに、アダム・ベンフォードより書類上の謹慎処分扱いを受けた。勿論これは、形の上で俺に後で詫びてきた。

　要は、落ち着くまで仕事は来なくてもいいよ。だけど、生活があるからお給料は出すね。と言われたのだ。

　俺はそれに甘え、ただただダラダラと過ごしていたのだ。

　しかし、モーテルを追いやられ、俺はPhoenixに乗り、ただひたすらに運転をした。
　
　行く当てもなく、何日も何週間もブラブラと放浪し、スタンドでガソリンを入れ、またモーテルを借りて、また追い出されと、繰り返した。

　そんなある日。
　俺は深夜にドライブをしていた。正確には、またモーテルを探していた。

　あの日から着替えもせずに過ごして、髭は伸びて、髪も伸び、とにかく不潔だった。

　俺は自分のこの姿をルームミラーで一瞥し、前を見た瞬間だった。


　俺は運転ミスをした。

　俺は何と時速160キロオーバーのまま、走っていた車両用道路で途切れていたガードレールがない渓谷に向かい、跳んだのだ。

　まるで、車がフロントガラス側から渓谷に向かい落下していく中、俺は目を閉じた。

　最期に彼女の顔が浮かんだ。可愛い笑顔で俺を呼ぶ彼女。

　彼女との思い出が、走馬灯のようにすぎ、そして、衝撃に備えた。