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無双系

今日は、待ちに待った夏祭りの日。
「――これでいいわ」
司馬カンパニ――の社長、司馬懿の妻でありデザイナ――でもある張春華は、ユアンと同僚のモデルである王元姫の浴衣の着付けを終えて満足そうにしていた。
「元姫、すごく似合ってる」
元姫に向けてユアンは微笑んだ。
「ありがとう、ユアン」
「…………じゃあ、そろそろ行こう!」
ユアンが元姫の手を持って行こうとした時……。
「――ユアン?」
穏やかだが、威圧感のある春華の声が背後よりかかった。
「な……なんでしょうか……?」
「あなた……もしかしてその格好で……行かないわよね?」
「え、そうですよ?浴衣持ってませんし……似合わな……」
「ユアン、嫌とは言わせないわ……」
春華は、ユアンを引き戻した。

******

結局、ユアンは春華に浴衣を着せられていた。
「…………………………………………」
何故、春華はあんなにもたくさん浴衣を持っているのかを考えるだけで背筋が凍った。
「仕方ないわ、ユアン。春華さんはデザイナーだし……。それに……司馬カンパニーの宣伝にもなるじゃない。心配しなくても大丈夫よ、似合ってるから」
「ありがとう、元姫……」
力なく笑うと、
「おーい!元姫!ユアン!」
待ち合わせ場所で、司馬昭が手を振っていた。
「こんばんは、子元様、子上様、公閭殿、公休殿、士季殿、士載殿」
ユアンは、丁寧に一礼した。
「ユアンも……浴衣か」
司馬師は驚いた様子を見せる。
「く……大方、春華殿に着せられたのだろう」
「う………………」
賈充にピタリと言い当てられ、ユアンは押し黙る。
「似合ってんじゃん!元姫もユアンも!」
「ありがとうございます、子上様……」
「お二方、似合っております」
「ま、今日ぐらいは褒めてやってもいい」
諸葛誕と鍾会は、サッパリとした賛を二人に贈る。
鄧艾は何も言わないが、先の二人と同じであることを示すように首肯する。
「ありがとう、公休殿、士季殿。でも、やっぱりこの髪色で浴衣は元姫ぐらいしか似合わないわね……」
ユアンは自虐的に笑う。
その時、
「――やあユアン、探したよ」
誰かが、突然ユアンの肩を持った。
「奉孝……!」
同じ曹魏芸能プロダクションに所属している同僚のモデル、郭嘉はユアンに向けてゆったりと微笑んだ。
「私を差し置いて楽しむなんて、冷たいじゃないか……。孟徳様も、ユアンを待ってるよ」
「孟徳様が……?」
ユアンは自分をモデルにしてくれた曹操に対して、並々ならぬ恩を感じている…………ということは、ユアンをスカウトしたのが郭嘉本人だから郭嘉は既に知っていた。
「……そういうことだから、司馬カンパニーの方々には申し訳ないけど……。ユアンをしばらく借りるよ」
鮮やかに笑ってから、郭嘉はユアンを連れて行ってしまった。
「……あーあ、残念だったな、賈充」
「……何故だ」
司馬昭の言動に、賈充は質問を向けた。
「だってさ、お前……ユアンのこと、好きだろ?」
「えっ」
その場にいた司馬兄弟と賈充以外は驚嘆の声を出す。
更に、鍾会はいつの間にか買って来ていたトルコアイスを動揺してコーンごと地面に落としてしまった。
「ああああああっ……!!」
心の底から残念そうな表情をする鍾会に、鄧艾はよしよしと慰める。
「そっ、そっ、そっ……それは本当なのか?!」
諸葛誕は、賈充に答えを求める。
「チッ……あってたまるか。行くぞ」
賈充は、それだけ言って歩いていってしまった。
「おい、待てよ賈充……!」
司馬昭は、賈充を追いかける。
「――子元様、あなたも驚いていないようだけど」
元姫は、司馬師に声をかけた。
「まぁ……見ていたら分かる」
司馬師は、クスリと笑ったのだった……。

******

ユアンは、郭嘉に連れられて曹魏プロダクションのメンバーに会いに行く。
「――おお、ユアン」
「孟徳様!」
ユアンは、曹魏プロダクションの社長である曹操に深々と一礼する。
「ユアンよ、よく似合っている」
「そんなそんな…………」
ユアンは、曹操の言葉を軽く受け流す。
「……ところでユアン。来る途中に夏侯惇を見なんだか?」
「いいえ……そうよね、奉孝?」
ユアンは、郭嘉の方に首を向けて確認を取る。
「ユアンと同じく、見ていませんね」
郭嘉は、目を伏し目がちにして首を横に振る。
ユアンは、様になっているその姿に無意識に嫉妬してしまいそうになる。
「ふむ……そうか……どこに行ったのだ……あやつ……」
困る曹操をみかねて、
「あの、孟徳様、私、探しに行って来ます」
ユアンは、そう持ちかけた。
「おお……そうか……。では、奉孝と共に探しに行ってくれんか?」
「――ええ、是非とも」
ユアンが答えるよりも、先に郭嘉が答えた。
それにより、ユアンは郭嘉と夏侯惇を探すことになった。

******

「はっはぁ……郭嘉殿、ユアン殿と元譲殿探しですか」
その後合流した賈詡を加えて、ユアンと郭嘉は夏侯惇を探していた。
「文和さん、心当たりある?」
ユアンがそう言った時、チラリと李典の特徴的な天然パーマが見えた。
「奉孝、あの髪型……」
「うん、李典殿だね」
「行こう、何か知ってるかも!」
ユアンは郭嘉と賈詡の服の袖を引きつつ、李典に追いつこうとする。
「曼成!曼成!」
「ユアンさん!どうしたんです?」
「元譲様を知らない?」
「元譲殿なら、さっき俺らといたから……。今もいるんじゃないかとおもうぜ、俺ぇ」
そう言うと、李典はユアン達を連れて歩き出す。
「あ、ほらほら……いただろ?確か、射的の対決を張遼としてて……」
そして夏候惇の元に来ると、3人は楽進が膝から崩れ落ちているのが見えた。
「どうしたの文謙??」
「ユアンさん……」
「……………………!!!!」
ユアンと郭嘉と賈詡と李典は、とっさに互いの顔を見合わせる。
そこでは、夏候惇と張遼が輪投げ対決をしていた。
「ぐおおお…………」
「これで引き分けだな」
夏候惇は、さらりと事実を述べた。
「……では!!次で決着をつけるとしよう!」
「あ……あの、元譲様!」
張遼の言葉の後、ユアンは2人の間に入った。
「ユアンではないか、どうした?」
「孟徳様がお探しです!」
「孟徳が……?」
夏候惇は曹操の名前を聞いて我に戻り、曹操の元へ行こうとする。
しかし、
「では、私の不戦勝ということでいいですかな?」
と言った張遼の言葉で歩みを止めた。
数秒の後、
「すまん、ユアン。俺は決着をつけるまで行けない」
「元譲様!?……どうしよう、奉孝……」
「いいじゃないか、気のすむままに……。連絡は、すでにしておいたから」
「さすが策士ね……」
ユアンがそう茶化すと、郭嘉は楽しそうに笑う。
「ところでさ……この景品の山……どうするんだよ??」
李典は、今更ながらそれに気付いた。
「確かに……この量は……やりすぎですかねぇ」
賈詡は、やれやれとした様子を見せる。
「さあ…………私には、さっぱり……」
楽進は、戸惑っていた。
「ユアン殿、最後の対決には何がふさわしいと思われる?」
張遼は、ユアンに尋ねた。
「えっ…………私が決めていいんですか??」
「俺は構わん」
夏候惇が了承すると、ユアンは周囲の屋台を見回す。
金魚すくい、型抜き、くじ引き、人形すくい……。
「じゃあ、人形すくいでお願いします!!」
ユアンは、近くにある屋台を指差した……。

******

「人形すくいか……いいだろう」
「異論はござらん」
そう言うと、二人はその屋台の前に立った。
そして、流れている人形を見た途端、全員の表情が硬直した。
――これが……かの伝説の『山田』……。
浮いている人形の中には、なぜか張遼の人形があった。
それをようやく事実として呑み込めた瞬間、李典と楽進は膝から崩れ落ちた。
郭嘉と賈詡は、必死に笑いを堪えている。
「ユアン殿……これはわざとで……?」
「そんなことありませんっ、本当です文遠さん!」
ユアンは張遼に弁明する。
「時間が惜しい、早くやるぞ」
夏候惇は、スタンバイしている。
「くっ……仕方あるまい……」
張遼も、渋々ポイを構えた。
「時間は一分、ポイがそれ以前に破れたらその時点で終了です。……では、始めっ!!」
ユアンは、自分のスマホのタイマーをスタートさせる。
ユアンがハラハラと見守る中、2人は順調にすくっていく。
しかし、よく見てみると夏候惇は、張遼の人形も容赦なく掬っているが、張遼はそれを避けている。
その様子に気付くと、郭嘉と賈詡は笑い出してしまった。
「あっ……!そこまで!!」
ユアンは、アラームに気付いて声を上げた。
「……で、どっちが勝ったのかな?」
郭嘉は、ユアンの肩越しに2人を見る。
「曼成!文謙!数えて!」
二人は、それぞれからボウルを預かり数を数える。
「これは……元譲殿の勝ちですね」
楽進は、夏候惇にボウルを返してから言った。
「これで満足したろう、俺は孟徳の所に行く」
夏候惇は、息を一つついてから行ってしまった。
「文遠さんっ……ドンマイです!」
「ユアン殿……」
「せっかくなんで、かき氷でも食べましょう!私が奢りますから……!」
ユアンは、落ち込む張遼を連れてかき氷屋へ連れて行く。
「あら、ユアンさん」
そして、そこでバッタリ蔡文姫と于禁に出会った。
「こんばんは、文姫さん、文則様」
「ユアンさんもかき氷を?」
「はい……夏祭りには、かき氷を食べないと……気が済まなくて……。文姫さんと文則殿は……いちごとブルーハワイですか」
ユアンは、2人の手元を見て言う。
「于禁殿が、私がどちらかで迷っていたら……それにしてくださったんです」
文姫が笑顔を見せながら話すと、于禁は顔を真っ赤にして照れている。
『いぶし銀俳優』として知られている于禁も、文姫の前ではそのような表情をするということを知って、ユアンは嬉しく思う。
「――文姫殿、行くぞ」
「はい。ではユアンさん……また……」
「――ええ」
于禁は、文姫を連れてそそくさと行ってしまう。
「……で、文遠さんはどれにしますか?ついでだし、曼成と文謙と奉孝と文和さんにも奢ってあげる!」
ユアンが言うと、
「ラッキー!ユアンありがとう!」
「恐縮です。ありがとうございます」
「ユアン……私は……君に奢らないと……」
「おおっ、それはありがたい」
四者四様の反応が返ってきた。
「……じゃあ、奉孝以外ね。好きな味を言って頂戴」
相変わらずのタラシ具合にイラッと来たユアンは、郭嘉以外にかき氷を奢ってあげた。
その後、張遼と李典と楽進は張郃や夏侯淵に呼ばれたと言うので別れ、今はユアンと郭嘉と賈詡だけになっている。
「そういえば……いつから花火だっけ……」
ユアンは、ポツリと呟く。
「確か、もうすぐなはず……。ちょっと、聞いて来ますかね」
賈詡は、そのまま人ごみの中へ行ってしまう。
「文和さん……!わざわざ……!」
ユアンの声は、虚しく響いた。
そして、遂に郭嘉と二人だけになっている。
「……私、もう帰ろうかしら」
ユアンは、スマホの画面を見てから口に出す。
「帰るのかい?花火も見ないで……?」
郭嘉は、驚いたような口調だった。
「……明日も、仕事あるしね。奉孝……今日は……ありがとう、楽しかったわ」
郭嘉に背を向けた時……。
ドーン、と花火の音が耳に入った。
ユアンと郭嘉は、反射的に花火の方を見る。
「わぁ……」
「綺麗だね、これを見ないのかい?」
数秒程逡巡した後、
「仕方ないわね……。今日ぐらいは、奉孝の口説き文句に乗ってあげるわ」
と言った時に賈詡が戻ってきた。
「お二人、どうやら曹魏芸能プロダクションで場所を取ってあるようですから……行くことにしませんかな?」
「――ええ」
「うん、いいね」
二人は、賈詡に連れられてその場所に行く。
そこは、とてもよく花火が見える場所だった。
「すごーい!!」
年甲斐もなく幼稚な言葉を言ってしまったことに気付き、ユアンは慌てて口を閉じる。
「フフ……ユアンも、可愛い様子を見せるのね」
甄姫は、面白そうに笑う。
「たまには、素直になれば良いものを」
曹丕も、甄姫につられて笑顔を見せる。
「――善処はしますよ」
わざとらしく固く言って、更に曹丕達を笑わせた。
――結局、司馬カンパニーの人達とは一緒に楽しめなかったけど……まぁ、いいか。
ユアンは、曹魏プロダクションの面々を見回す。
各々の楽しそうな様子を見て、ユアンは幸せそうに笑った……。
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