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単発作品集


彼……シャーロック=ホームズとの出会いは、あるマフィア組織より来日中の西洋絵画の盗難予告を受けて、それを防ぐために組まれた美術専門家と警視庁の特別チームにおいてだった。
幸い事件は別マフィア組織のボスが「実行すれば、お前らの組織を壊滅させる」という声明を出したため、彼らがそれに怯えて予告を取り下げたことにより解決した。
そしてそれ以降警視庁は美術品に関することは、その事件に関わった者達に意見を聞くことにしたらしい。
自分と彼……ホームズは、そうした経緯で今でも頻繁に連絡を取っている。
そして今日は、自分はホームズ、そして彼の上司になる柳生宗矩、及び彼の同僚であるジェームス・モリアーティと共に今回の事件の標的となっていた美術館に来ていた。
――今回の礼に、是非来館していただきたい。
と、美術館側が特別チームの面々の人数分の招待券を渡してきたので、それを消化するためである。
「わざわざ3人で……なんだか、申し訳ないです……」
「――なんの、上に3人の有休を同時に申請したら通ったまでのこと……そなたが気にすることはない。それに、我々も自らの手で守った美術品を見たいのもある」
「休養は大事だからネ。それにここの部署は特殊な部署だから、常に警視庁にいては向こうも居心地が悪いのさ」
柳生とモリアーティは、ではあとは解散でと展示室の入口の方に向かっていく。
対して、ホームズは動こうとはせずに彼らの背中を見守っていた。
「……あ……ごめんなさい、ホームズさん……興味、ないんでしたよね」
かつて「僕は依頼された品物を守るだけで、美術品個々には興味がない」とホームズが仕事上の打ち合わせの時にはっきり言いきっていたのを思い出す。
「そうだね……念のために予告されていた当日に泊まり込みで展示室にいた時に君の口から聞いた展示解説は面白かったが、今は人も多いし……楽しめないだろう」
「私の解説……そこまで、印象に残るものでしたか」
「――ああ、あれはいわば私にだけ許された特権だったからね。……どうだろう、ここで立っているのも迷惑だろうし……近くのカフェでケーキでも食べながら……他の展示の話も教えてくれるかい。柳生班長やモリアーティには、連絡を入れておくから」
ホームズの誘いを断る理由も特になかったので、自分はその誘いを受けることにした。
近くのカフェに行って、各々好きなものを頼んだ。
ホームズはイギリス人らしく紅茶で、そこに容赦なくどぼどぼとミルクを入れていた。
対して自分は、カフェ拘りのブレンドハーブティーと、フルーツが入っているミルフィーユも頼んだ。
「君、柑橘類が好きだろう」
「……え、なんで分かるんですか」
「この間君が使っていたリップバーム、はちみつレモンの香りだったろう。それにレモングラスのサシェを鞄に入れている……。初歩的な事だよ」
「なるほど……さすがホームズさん。観察眼がずば抜けていますね……」
「それに、君は今月誕生日だ」
「……あ、もしかして手帳に挟んであった紅茶屋さんの誕生日お祝いDM見ました?」
「この目は、いかなるものも逃さないようにできていてね」
それを聞いて、素直に納得する。
「それは大事な能力だと思います。些細なことが、大きなことにつながるかもしれないし……。“Glandiator(グランディアートル)”では、まさにその能力が必要だと以前知り合いにお聞きしました」
“Glandiator(グランディアートル)”……。
“美を守る剣士”であるホームズ達が属する国際組織は、そう呼ばれている。
彼等と立場は異なるとはいえ、自分は彼らに尊敬の意を持っていた。
中でも、ホームズは誰よりも群を抜く観察眼や推理力に加えて、その整った顔とスラリとした指先や体躯のどこから湧いてくるのか分からないくらいの腕力や瞬発力で、今回の事件に関わっていたマフィアの末端組織の集団から自分を助けてくれた。
その贔屓目は危機感があった時の吊り橋効果だ、といわれたら否定できない。
だが、それでも自分はホームズのことを優秀な人だと思っている。
だからこそ、柳生班長やモリアーティも彼を警視庁内にあるグランディアートル日本支部の東京都特捜班に置いているのだろう。
「まぁ……僕は他のグランディアートルの構成員とは違って、美術品の美術的価値そのものには疎いからね。今回も、君の知識には随分と助けられた。それに、班長やモリアーティも君の見識は組織に有益だと評価している……。今後も、僕らは君たちと仲良くやっていきたいと思っている」
「――私の知識が役に立つなら、いくらでも協力させていただきます」
「ありがとう、とても心強いよ」
ホームズは、嬉しそうに微笑んだ。
その整った顔から繰り出される微笑みを見て、不覚にも心がときめいてしまう。
「あの……そろそろ、柳生班長たちも……戻られるのでは……ないでしょうか……」
冷静になろうと、切り分けていたミルフィーユを一口食べる。
「本当だ、連絡が入っていた。じゃあ、そろそろ戻るとするよ。そうだ、お代はこれで足りると思うから……残ったら、美術館の募金箱に入れるなり……好きにしてくれて構わない」
「分かりました。ありがとうございます、ホームズさん」
ホームズは、自分の言葉を聞き届けるとカフェを出て行った……。

******

――数週間後。
中国との国交樹立40周年記念の事業で、日本で言う国宝に相当する一級文物が多数来日するという企画展の準備に際して、再びグランディアートルの面々と仕事をすることになった。
どうやら中国政府から「最高の警備を要求する」という依頼が来たらしく、国際組織であるグランディアートルにおいて日中双方の側にお呼びがかかったらしい。
――と、なると“あの人”が来るのか……。
中国側の面々を思い出し、日本側のグランディアートルの人々と友好的にやれるか不安になる。
大丈夫かな……と心配していると、
「――おお、元気にしておったか。やはり今回も其方が携わってくれるのだな」
ちょうど懸案になっていたグランディアートルの中国支部日本分局の面々が来た。
「――嬴分局長」
「政でよいと言っているではないか」
グランディアートル中国支部日本分局長・嬴政。
来日・渡中する文化財の守護を担当する彼とは、自分がこの仕事に就く頃からの長い付き合いだった。
嬴政は双方の歴史や文化に造詣が深く、自分も政から何度か指導を受けたこともある。
「さて、さっそくだがいくつか先に聞いておきたいことがある」
「はい、分かりました」
そのまま今回の企画展についていくつか話していると、日本側のグランディアートルのメンバーが来た。
「――ほほう、柳生班長。こうして直接英国より出向の者達と会うのは初めてだな」
「何かとご不便、恐れ入る」
ホームズとモリアーティは政を見て一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐにいつもの顔に戻る。
「それでは全員揃ったことだし、早めに用件を済ませるとしようか」
その一言で、今回の企画展についての会議が始まった……。

会議が終わると、
「――なぁ、其方さぁ」
「はい、なんでしょう政様」
「この近くでおススメの面白いお店とかある?」
政はプライベートのノリで聞いて来た。
「この近くでですか?でしたら、最近できたロールアイスのお店とか……」
「……なにそれ?」
「ロールアイスというのは、アイスクリームを冷えた鉄板の上に……」
「――失礼、嬴分局長」
自分と政が話しているところに、突然ホームズが割って入って来た。
「ホームズさん」
「柳生班長が、君を呼んでいるよ」
「柳生班長が……申し訳ありません嬴分局長、また改めてお店を紹介させてもらっても?」
「――ああ、構わぬよ。其方がこのことで気に病む必要は、なんらない。また連絡をしてくれ、予定を確保しておこう」
「ありがとうございます」
政に礼をした後、ホームズと共に部屋を出る。
「で、柳生班長は……」
「――すまない、君を嬴分局長から連れ出す……適切な口実が、思い浮かばなくて」
ホームズは、そう言うと小さな紙袋を渡してきた。
「……?」
「――誕生日おめでとう。君に似合いそうなものを、いくつか選んでおいた」
「えっ……そんな……ここ数年は祝ってくれる人がいなかったから……すごく、新鮮な気分です……ありがとう……ございます」
自分の誕生日を気にしていなかった、というのは嘘になってしまうが、まさかこうして他人から祝ってもらえるとは思っていなかったため、素直に喜びや驚きを隠せない。
「本当は日頃の感謝を込めて君をディナーに誘いたいけど、それはまた今度……この一件が終わった後にでも。……君の声は聞いていてとても心地いいから、もっと聞いていたい」
「……なるほど?」
ホームズの言葉の意図が分からず、生返事を返してしまったが、ホームズは気にしていないようだった。
「気に入らなかったら、処分するなり好きにしてくれ。では、また明日もよろしく」
「――ええ……また明日、よろしくお願いします」
そう言い合って、今日は仕事を終えたのだった……。

******

ホームズが選んでくれた腕時計とアルガンオイルのハンドオイルは、どちらも質が良くて使いやすいものだった。
腕時計は、資料を扱う際に資料を損傷させないように外す場合を想定して着脱がしやすく、それでいて見やすいもの。
そしてハンドオイルは、すぐに手に馴染んでべたつかないため、美術品などは触れないが本やタブレット端末くらいならすぐに触れる……という、自分のことを考えて選んでくれたものと分かるので、感謝しかなかった。
――それに、私の好きな薔薇の香り……。
ホームズには柑橘の他に薔薇の香りも好きだとは言わなかったが、ホームズは薔薇の香りを選んでくれた。
ほんのりと香る気品のある薔薇の香りが、幸せな気分にさせてくれる。
「――よし、時間まで……作業しよう」
ホームズから貰った腕時計を確認して、再び作業に入った……。

「嬴分局長、今日もよろしくお願いします」
「――ああ、よろしく頼む」
先に到着していた政に、挨拶をする。
「まだ時間があるな……。ならば、少々プライベートな話をしても許されよう。其方、この間の京都の国宝展についてどう思う?」
「そうですね……やはり時間指定制を導入した方が、よかったかとは思われますが……」
「そうよな……ふむ、やはり開催側に具申しておこう。いくらかの不満がグランディアートルの中国大使館内の部署に来ていたのでな、其方の意見を聞きたかったのよ。我々も見に行ったが、とりわけ耀変天目は見事なものだった。我々は“美の剣士”故、やはり美の前には平伏してしまうものだな」
「――ええ、そうですね」
政の秘書をしている蘭も、同意の言葉を発した。
「そういえば、グランディアートルの代表である“三巨匠”ってどんな人たちなんですか?」
「其方、我々の指揮官である“三巨匠”に興味があるのか?…… “三巨匠”は、おそらく其方が想像しているようにルネサンス三巨匠の“名”を持つ三人のことだ。きっと今も我々に指示を出すだけ出して、どこかで創作活動なり研究活動なりしておろうよ」
「えっと……つまり、相応しい人がその“名”を継ぐ……という感じなのですか?」
「……ま、そういうことだな」
組織の内部を思い出しながら言っているようで、少し曖昧な答え方だった。
「なんだか、スパイ組織みたい……」
「“三巨匠”で立ち行かなくなったり、適性者が現れれば“Stella Maris(海の星の聖母)”や“Magi luminis(光の魔術師)”を据えることもあるそうだが……よほどのことがなければ、そうならぬよ」
「そうなんですね……ありがとうございます」
「――其方も、いつか“三巨匠”の誰かには会えよう。我々ですら、どこにいるか知らぬ故……ひょっこり、来たりするかもしれん。なにせ、其方は“至宝”を護った故な」
と、政が言うと同じタイミングで柳生班長率いる日本側の面々が来た。
「――お待たせした」
「気にせずともよい。先に幾つか話しておきたいこともあった故、今のタイミングでちょうどよい」
「嬴分局長、今回はこのような搬入ルートで展示品を搬入したく」
柳生班長はスクリーンを引き出してルートのシュミレーションを出す。
「――ほう、蘭と相談しておったがやはりそのルートか。ふむ、適切であろう。大使館の方にも問題なしとは言ってある」
政は、蘭と頷き合う。
「嬴分局長のお墨付きいただけたのなら、安心しました」
「其方らのことは評価しておるよ。英国より出向の2人……こちらで調べさせてもらったが、“三巨匠”直属の“Paladin(パラディン)”ではないか」
「……さすが、嬴分局長。我々のこと、ご存知でしたか」
「――朕を誰だと心得るか?」
政は置かれていたお菓子に手を伸ばす。
「えっと……“三巨匠”直属のパラディン……って、一握りの人しかなれないんですよね?」
「――そうだよ」
記憶の限りのことを言うと、ホームズは優しく微笑んだ。
「ホームズさんも、モリアーティさんも……?」
「そんなに畏まらなくても、今まで通りでいいんだヨ?」
「でも……」
どうしたものかと迷っていると、
「――パラディンの資格は、基本秘匿されるものである」
と、ドアが開いたと思ったら聞き覚えのある声がした。
「――サリエリさん!」
声の主は、グランディアートルのヨーロッパ支部に所属しているアントニオ=サリエリだった。
「……何か、あったか」
「――我々の“至宝”を護った彼女に、お礼を込めてこれをと」
政の問いを受けて、サリエリは自分に一通の手紙を渡してきた。
「……これは……?」
「……それ、明後日に行われるアマデウスの来日記念公演後のパーティーの招待状ですね。日本にいるグランディアートルの我々は参加が許されていますが、一般の人が許されるのは珍しいですね」
蘭が、政の後ろからのぞき込んで内容を教えてくれた。
「へぇー……」
「――そういうことだ、我はこれを渡しに来ただけ。パラディンの2人には、変わらず接しろ。態度を変えると、“敵”から怪しまれるからな」
「なるほど、納得しました」
サリエリは、それを聞くと満足そうに去っていった。
「……サリエリ局員は、あれだけのために来たのか」
半ば呆れた様子で、柳生班長はスクリーンをしまった。
「仕方ないヨ。彼はアマデウスに関することが生じたら、それが最優先事項になってしまうからネ」
「……うん、昔からそうだったね」
モリアーティとホームズは、色々な過去を思い出したのか苦笑いを見せる、
「よし、会議は終わったな!……ところで……其方さぁ、突然こんな招待状を渡されて大丈夫なわけ?」
「……え?」
「あ、其方もしかしてさっきのは生返事だったの?」
「ごめんなさい、蘭さんが教えてくれたけど……実感なくて」
「まぁ、仕方ないのかもしれんなぁ。……ふむ、其方が嫌でなければ……」
「――服とかは、僕が用立てても?」
ホームズは、政が何かを言い切る前に自分に提案して来た。
「え、でも……」
「気にしなくていいとも、誕生日プレゼントの延長だと思ってくれれば」
「そんな、申し訳ないです……」
「ホームズがいいと言っているんだから、素直に受け取った方がいいと思うネ。彼のセンスは認めたくはないが一級だ」
モリアーティが、そっと自分に耳打ちをした。
――センスが一級なのは、私もよく分かっている……。
そっと、ホームズがくれた時計に触れる。
「分かりました、お願いします」
「――構わないよ」
ホームズは自分の手を取って、一礼した。

******

――パーティー当日。
前日にホームズから『15時にこのサロンへ行ってくれ』と指示があったので、言われたサロンへと行く。
すると、
「――いらっしゃーい!ホームズから話は聞いているよ」
と、絵画のモナリザのように美しい容貌を持った女性に迎えられた。
「あ……はじめまして……」
「――私は“三巨匠”が一人、“レオナルド・ダ・ヴィンチ”。“万能人”さ」
“三巨匠”と言われて、思わず固まってしまう。
「え、本当に“三巨匠”の人なんですか……?」
「――そうだよ。君は私のことをホームズから聞いていないのかい?」
ダ・ヴィンチと名乗った女性は、不思議そうに聞いてきた。
「女性とも、何とも……」
「あー……そういうところ、ホームズらしいね……。まぁ、私の話は追々するとして!まずはドレスアップしないとね」
そう言うと、ダ・ヴィンチはスタッフを呼んだ。
「――みんないいかい?世界一可愛く、美しくしてあげるんだよ?……っと、その前に少し肌に触らせてもらっても?」
ダ・ヴィンチは、自分の頬を手の甲で撫でてきた。
「うんうん、何のブランドがいいか把握したよ」
ダ・ヴィンチは、喜々として化粧品を選びに行ったようだった……。

エステなどの後に、ダ・ヴィンチ曰くホームズが選んだドレスを着る。
ウルトラマリンブルーのドレスに、高すぎないヒールのパンプス……。
「憎いなぁ~!!ホームズ!」
ドレスを着た時にダ・ヴィンチは悔しそうな表情を見せつつも、どこか楽しんでいる様子だった。
「――さ、髪のセットや化粧をしよう」
ダ・ヴィンチは、椅子に座るように促す。
「そのまま軽く巻いた方が、君の髪は色っぽくなる。化粧品は日本のも使うけど、マニキュアは日本未上陸のイタリア製コスメだよ~」
ダ・ヴィンチはブランドごとに分けられているらしい化粧入れから、慣れた様子でいくつか化商品を籠に入れて取って来た。
「ダ・ヴィンチさんって、やっぱりイタリアの人なんですか?」
「んんと……今の“三巨匠”は、みんなイタリア出身じゃなかったかな。ミケランジェロとは、ケンカしないように滞在する国を同じにしないようにしてるんだ。ラファエロは、確か今……なにしてるんだ、あの子……」
「まさか“三巨匠”の方にこうしていただけるとは、思っていませんでした」
「君はパラディンの2人から聞いて興味がわいたから、会ってみたかったんだ」
ダ・ヴィンチは、着々と化粧を施していく。
「そこで、ホームズのこの話が来た……乗らない訳ないだろう?ちょうど私も日本にいたしね。“三巨匠”は、結構自由に国を行き来してるから」
「一つの所に、いなくていいんですか?」
「“三巨匠”が、インターネットの恩恵を受けないとでも思っているのかい?」
「なるほど、なんとなく分かりました」
「集合するとなったら、今後“Magi luminis(光の魔術師)”なり“Stella Maris(海の星の聖母)”が現れた時、だろうね」
「それって……どうやって分かるんですか?」
政から教えてもらって以降ずっと気になっていたことを、ダ・ヴィンチに聞いてみる。
「彼らが現れた時は、我々は潜在意識で察せるようになっているのさ」
「……??」
「――ま、この先ないとは思うけどねぇ」
ダ・ヴィンチは、どの色がいいかな~とマニキュア選びに意識を移した。
「……そのブランドのマニキュア、すごく色がありますね」
「だろう?!それなのに値段は日本のプチプラコスメとそんなに変わらない!発色もいいし、速乾性がある!イタリアに行ったら、お土産にしてほしいくらいおすすめだよ。いやー、世界中のいい化粧品のことは話し出したら止まらなくなってしまうんだよね。個人的には日本人なら日本製のコスメを使うのが、一番肌に合うとは思うけどね。でも、試したい気持ちはすごく分かるから……なにごとも、程々だね。さあ、できたよ!」
ネイルが渇いたのを見てから、ダ・ヴィンチは完成の宣言を出した。
「やっぱり、プロがするとすごいですね……」
「そろそろ、ホームズが迎えに来ると思うんだけどな……。あっ、ホームズの車だ!」
入口にある防犯カメラを確認したダ・ヴィンチはホームズが来ていたことを知ると、鞄を持たせてくれた。
「いいかい、君は“レオナルド・ダ・ヴィンチ”が作った傑作だ……。自信を持ってくれていい」
「ありがとうございます、ダ・ヴィンチさん」
「楽しんでおいで」
ダ・ヴィンチは、そう言うとドアを開けて送り出した。
ホームズは運転席から降りて車に背を預けて待っていた。
その様になる姿は映画のワンシーンのよう、と思ってしまった。
いや確かこんなシーンは何かの映画にはあったが、思い出せない。
失礼な言い方をすると、「ものにしている」というのだろうか……。
「――ホームズさん」
「僕の想像以上に……綺麗だ、とても」
「そんな……」
「さあ、乗って。結構時間ぎりぎりだからね」
「はい、分かりました」
車に乗ると、1970年代の洋楽が流れていた。
「――“三巨匠”の一人は、どうだった?」
「意外でした……でも、いい人そうで。もっとたくさんお話したいです」
「伝えておこう、彼女も喜ぶだろうからね」
車で数十分走ったら、会場に到着した。
「ひえ……すごそう……」
車を降りた時に、思わず変な声が出る。
「緊張しなくても、会場に行けば君の知り合いがたくさんいるとも」
ホームズは、慣れた様子で自分をエスコートした。
案の定、
「――おお、やっと来たか!」
真っ先に、政が自分に気付いて声をかけてくれた。
「政様……」
「ん、んんー??ホームズ、其方完全に……」
「――さて、何のことでしょう。では、サリエリ局員に挨拶してきます」
政が再び何か言いかけるのを遮って、ホームズは話を断ち切る。
「いいんですか……?」
恐る恐る聞きかけると、
「『其方、完全にこの者に恋をしているな』だろうね」
と、ホームズが答えた。
「え……?」
「君、僕が何とも思っていない女性に何かを渡したり……ここまでするとでも?全身、僕の好みにさせて、僕の選んだものしか身に付けさせていないのに」
「――あ……」
ものすごく、自分が(自分も彼を好きとは言え)彼の気持ちに鈍感だったことに気付いて恥ずかしくなる。
「ご、ごめんなさい、私、まさかあなたに好きと思ってもらえるなんて……思ってなくて」
「……だろうね」
ホームズは、余裕の構えを崩さないでいる。
「あの……」
「――君、男が女性に服を贈る意図を知っているかい?」
唐突に、そんな言葉を言われた。
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