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芸能界パロ

「――え、廉頗様…………?」
雪と輪虎は、孔子廟の窓から見えるたくさんの観客の中に廉頗と姜燕がいることに気付いた。
「そのう……どうやら、ドラマのロケでたまたま長崎にいらしてたみたいで……何かイベントやるなら見たい、とのことらしく……」
「あー……そういえば今度出るサスペンスは長崎絡みだって、言ってたかも……」
スタッフの言葉を聞いた輪虎は、多忙故しばらく廉頗の行動を把握していなかった自分を悔いた。
「でもでも!廉頗様は私達だと気付かないはず……中の人は中華の人だと思い込んでるかもだし……!それに大丈夫!練習の通りにしたら……!私達はやれる!」
雪は、持っている扇をバサッと広げてから鮮やかに決めの格好を取る。
雪のその行動は、此の世では最も早く雪と顔を合わせ、そして付き合う年月が長い輪虎にとっては安心するものであった。
「よーし、じゃあ全力でやろう!雪!」
雪と輪虎は、變臉の支度を始めた……。

變臉の芸の説明には、やはりこの国でそのパフォーマンスをする時に用いられる陳小濤の『變臉』という曲の歌詞に尽きると、雪は思う。

 在天府之国喲 
 (天府の国)
 我們四川噻
 (我らが四川で)
 有一種絶活既神奇又好看
 (1つの神業がある)

雪と輪虎は、孔子廟の大成殿から出て観客の前に立つ。
そして、リハーサル通りに舞う。
變臉の面白さは、いかに「変わると思った時には変わらず、変わらないと思った時に瞬時に変わる」というように思わせることに尽きよう。

 急如風
 (風のように激しくて)
 快如電
 快如電
 (いかづちのように素早い)

そう、観客の前でも瞬時に変えることができる。
――廉頗様の前では、ちょっと恥ずかしいからしないでおこう……。
というより、リハーサルでお互いどこでどのタイミングで変えるかは綿密に決めているので、基本的にアドリブは入れない。
……でないと、小道具の扇や唐傘がぶつかったりしかねない。
――お師匠様が唐傘を使ってなくても、私が取り入れたら褒めてくれたし。
それに虞美人の面になった時の嫋やかさや、男性の面の時の勇壮さを表現できるので、雪は唐傘を使うことを気に入っていた。
今回は輪虎が扇を使うので、ならば雪は唐傘を主に使うと自動的になったのもあるが……。
観客の人々の目が興奮で輝いているのを見て、雪は嬉しくなる。
いよいよ演技がクライマックスに入り、雪と輪虎は合流して大成殿の前の『大学』が刻まれた石碑に一礼した。
そして、ようやく二人は観客に素顔を見せる。
「えっ!!!!」
観客たちが見覚えのある顔に驚く間に、再び二人は面を被る。
そして、また素顔になって後に最後の決めのポーズを取った。
パフォーマンスが終わった瞬間、老若男女の黄色い悲鳴や拍手喝采が二人を包む。
「輪虎さん、熔雪さん、ありがとうございましたー!」
司会者が二人の名前を言ったことで、更に場は盛り上がる。
廉頗たちも、心からの拍手を送ってくれていた。
歓声が少し収まった頃、今回の二人の變臉は来年のかくし芸大会用の収録も併せて行なったことや、番組放送日以前にはSNSなどへの投稿は辞めて頂きたいとお願いすること等の説明が司会者からなされた。
「せっかくなので、輪虎さんと熔雪さんから一言頂戴したいと思います!」
司会者からマイクを渡された輪虎は、観客に向けて深々と一礼する。
「今回はこのような大舞台で變臉をさせていただき、とても光栄です。かくし芸大会のオファーをもらった時、真っ先に小さい頃からやっていた變臉を幼馴染の雪とやろうと思いました。皆様が楽しんで頂けましたら、我々も非常に嬉しいです」
輪虎はマイクを雪にパスした。
雪も深々と観客に一礼した後、
「本日は我々の變臉のパフォーマンスを観て頂き、ありがとうございました。広告越しでは何度かお会いしていましたが、こうして私の名前が公表された後に皆様に改めてお会いするのは今回が初めてになります。……そしてそれが、私の大好きな變臉を披露する場所で本当によかったです。本日は、本当にありがとうございました」
と、挨拶をした。
洗練されたその仕草に、誰も彼もが魅了される。
「ありがとうございます〜!ではせっかくですので……お二人にもご快諾頂いております、一枚六百円で孔子廟をバックにお二人と記念撮影の会をしたいと思います!ご希望の方は、こちらの列にしっかり並んでくださーい!」
それを聞いて「えっ、本当にいいの?!」や「こんなの逃したら、二度とないよね」と次々と観客は列に並ぶ。
「えっ…………と、我々も二人と記念撮影のために並んだ方がいいのでしょうか」
その列を見た姜燕は、廉頗に伺いを立てる。
「いーや、客が捌けた最後でいいじゃろう。恐らくテレビ局のスタッフもこちらに気付いておるし、並んで混乱させるのも……それに」
「あの、廉頗さんと姜燕さん……ですよね……?」
「――こういうこともある」
廉頗は、自分に声をかけてきた女性に笑顔で応じる。
こうして廉頗や姜燕らが自分たち目当てに来ていたファン達に応対している内に、写真撮影の列はどんどん捌けていっていた。
「あれで最後、みたいですね」
姜燕が最後のファンを送り出した後、輪虎と雪の列を見る。
二人の写真撮影の列も後数人、という具合で二人の対応を微笑ましく見守る。
「輪虎さん、雪さん、ありがとうございました!」
最後の女性グループが雪・輪虎と写真撮影後に握手をし、「遅くまでありがとうございますー!」と生き生きとした声でお礼をスタッフ達に述べて帰っていった。
ようやく会場内に元天青国のメンバーと運営・収録のスタッフだけが残った時に、廉頗たちは孔子廟の階段を登った。
「――廉頗様!」
「殿!」
「――ようやった、雪、輪虎よ」
「――はっ、身に余るお言葉!」
廉頗の労いの言葉に、雪と輪虎は拱手をした。
「それにしても、まさか長崎で会うとは思わなんだ」
「殿たちが長崎に行っておられるというのは聞いていましたが……こうもタイミングよく、僕たちの變臉のイベントにお会いするなんて」
「はっはっはっ、なかなか楽しませてもらったぞ……是非、忘年会などで再演して欲しいと思ったわい」
もっとも、今年の雪は桓騎と年越しのLIVEだと聞いたから難しいかもしれんが、と廉頗は少し寂しそうに言う。
それに対して雪は、
「その時以外でも廉頗様が呼んでくださったら、いつでも!」
と、即答した。
「そうかそうか!それは楽しみだ!!ならば藺相如も呼ばねばなるまい」
「きっと、殿と陛下のお誘いならば藺相如様もお喜びになるでしょう」
と、皆で賑々しい会話を交わす。
そして一通り話に切れ目が出来た時、スタッフたちが記念撮影を持ち掛けてきた。
「構わん!存分に撮れぃ!」
廉頗の快い返事で、四人は孔子廟をバックにスタッフの納得がいくまで写真撮影に応じたのだった……。

******


――数週間後……。
すなわち、クリスマス会当日。
雪がいた児童養護施設の人々は、秦プロダクションの所有する劇場に招待された。
クリスマス時期にそれができたのは、ちょうど運良く騰と録嗚未がかくし芸の為のリハーサルに小ホールを押さえておいていたからであった。
騰と録嗚未に訳を話して、埋め合わせはするから譲ってもらえないかと雪と桓騎が交渉しようとすると、二人はむしろ「それならばリハーサルを兼ねて我々もクリスマス会に参加させて欲しい」と参加を申し入れてきた。
更に、パドミニからは今度取り組もうとするケータリング事業のモニターを子ども達にしてもらえないかと提案があり、施設の職員たちは雪の人脈に驚きを隠せないようであった。
そうしたこともあり、クリスマス会は当初の想定よりかなり盛大に行われることになった。
その為、今まで劇場など行った事すらないであろう子ども達にとっては前代未聞の出来事でもあった。
それは、雪、李牧、桓騎のみならず騰や録嗚未、そして『Bloody Flame』のメンバーやスタッフ達が目を輝かせている子ども達を見ることでも察する。
「よーし!みんな楽しもう!楽しんで、楽しんでもらおう!」
円陣の中で口上を上げる雪は、天青国女帝の雪を知る者達には“九天玄女”の再来と共に、この世にての生を楽しんでいる一人の女性としての姿だと皆には見えた。
――ならば、我々も陛下に「人として」の生を楽しんでもらうのみ。
それが、雪に対する何よりの恩返しだと。
「おーっ!!」
今年のクリスマスが、始まる。

最初は、李牧とカイネのターンだった。
なんのアナウンスもなく“テレビの人”の李牧が出てきたことで、子ども達はびっくりする。
「皆様、本日はようこそおいでくださいました。皆さんと同じ施設出身の熔雪さんが発起人となって、このイベントを企画しました。心ゆくまで楽しんでいただけましたら幸いです。……では、トップバッターは本日の司会でもある私……李牧とカイネの二胡とピアノの演奏です……お楽しみください。曲は、聞いたらきっと皆さんすぐに分かるはずです」
そうして、李牧とカイネは一曲目を弾き始めた。

 強くなれる理由を知った
 僕を越えて進め

「……………………!!!」
そのフレーズだけで、子ども達はすぐにタイトルを察する。
そして、Aメロに入るとすぐに小学生の子たちは声を出して共に歌う。
――掴みは良さそうですね。
一曲目が終わった後、すぐに拍手が起こる。
「――ありがとうございます、まだまだ盛り上がっていきましょう……!では、次も同じアニメの曲で……」

 「さよなら」「ありがとう」 声の限り
 悲しみよりもっと大事なこと

先程とのアップテンポの曲とは異なるテンポの曲を難なく表現してみせる二胡という楽器のポテンシャルを見せ付けられ、子ども達はポカンとする。
そして、二曲目に続けて三曲目、四曲目を弾き、子ども達をすっかり夢中にさせる。
「お聞きいただき、ありがとうございました。では次の演目に行ってもらいましょうか……おや、少し準備が必要?なら、せっかくですし二胡のお話をしましょうか」
李牧は幕が降りる前に舞台の先に出て、子どもたちの前に立つ。
「二胡という楽器は、お隣の国の中華の伝統楽器です……そうですね、少なくとも形の変遷は多少あれど千年くらいの歴史はあるでしょうか。それくらい、古い楽器です。音の出し方は、ヴァイオリンやヴィオラと同じでこちらの弓で二本の弦を擦って出します」
そして、李牧は今夜公開予定の『Bloody Flame』のMV先行リリース曲である『権御天下』の冒頭の部分を弾く。
「弦楽器はこの他にもギターのように弦を弾く撥弦楽器、そしてピアノのように中の弦を打って音を出す打弦楽器という二種類があります。楽器の種類はこの他にもたくさんありますし、皆さんが今後興味を持たれたら調べるのもありかと……楽器は正直なところ、“沼”です、ええ。そろそろ、準備が整ったようですね……では、次の演目もお楽しみください!」
幕が上がると、早速前説のナレーションが入る。
『並のものでは遂行不可能と言われたミッション中、敵の罠にかかった騰と録嗚未。彼らはこの会場にいるボスたちをマジックで満足させなければ出られない部屋に閉じ込められてしまったのだった』
普段は俳優の騰と、ソロで活動するお笑い芸人の録嗚未がコントで組む時恒例の前説からして滅茶苦茶な設定で、子どもたちは大笑いする。
超有名なハリウッド映画のテーマ曲と共に舞台が明転すると、そこにはスーツ姿の二人がいた。
「ったく、素人に何させようとしてんだ敵のボスは」
「いや……そういえば、敵のボスたちは元々怪我をする前は超有名なマジシャンだったと聞く……彼は自分を貶めたライバルたちを悉く奇術師のように倒してきたのだという……此度も恐らく、そうするつもりだ」
「素人相手にかよ……」
騰の言葉に釈然としない録嗚未は、周囲に置かれたマジック用の道具を見やる。
「いや、我々は素人ではなかろう……我々は『不可能を可能にしてきた』者たちだからな」
「ハッ……違いねぇ、な!……仕方ねぇ、ボスの気まぐれに付き合ってやるか……どれどれ、この教本によればぁー……?」
騰と録嗚未は、それぞれのマジックの教本を持って熟読しながら暗転後に舞台袖に行く。
そして再び明転したら、騰がタキシードに着替えて出てきた。
「では、皆様にご満足いただけるように精一杯させていただきます」
スッと鮮やかに一礼した騰は、ステッキをくるりと回した。
それと共に音楽が始まり、騰はタップダンスを披露する。
初めて触れるダンスに、子どもたちは釘付けになる。
「マジで、秦プロダクションの俳優養成校にタップダンスもコースにあるのはな……」
舞台袖で、桓騎と李牧は歴代最高の上手さと讃えられていた騰を見て苦笑する。
「確か、王翦様もできましたよね」
「王翦はあれだよ、演目で必須だったからめっちゃ頑張って覚えたらしいぜ……」
「『クレイジー・フォー・ユー』ですか……王翦様、舞台なら本当に何でもやりますね……」
「パドミニ様が大のブロードウェイミュージカル好きだしな……結婚条件の一つが『ブロードウェイミュージカルに十出ること』だったらしいから……」
タップダンスが終わると、騰はステッキを上に放り投げた。
そして、手にする瞬間にそれはハンカチに変わる。
「えっ」
子どもたちが呆気にとられている間、騰は後方に置かれている箱からリングを取り出す。
――リンキングリング……。
二本のリングが自由に繋がったり離れたりする、超有名な古典マジックである。
ともあれ、それはトリックさえ知らねば何度だって楽しめるものだ。
騰は、こともなげにそれをやってのける。
そして、次には
「フォーナイトメアーズ……」
カイネが、有名なロープマジックの名を呟く。
「三本のロープ……もちろん全て同じ長さ……え?違う?いや、同じでしょうに」
騰は、子どもたちの声に応えてロープの長さを不均一から均一に整える。
すげーっ!!!と子どもたちの歓声の中、
「おいおい、まだまだ満足してねぇだろ?」
と、和服姿の録嗚未が出てきた。
「……なぜ和服?」
「知らねぇ、とりあえず置いてあったから着ろってことだろ。ほら、手伝えよ」
録嗚未は、騰に鞠を投げる。
「さぁさぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい!」
手に持っていた傘を広げた録嗚未は、傘を回し始める。
それを見て騰はホイッと傘の上に鞠を投げた。
「……っと危ねぇ!」
録嗚未は、その鞠を取りこぼすことなく傘の上で回し続ける。
「ほほう、なんだか簡単そうに見えるな」
「いやどこがだよ!?」
鞠をキャッチした録嗚未は、騰に反論した。
「次はこれを回してもらおう」
そうして騰が手にしたものは、枡だった。
「何で?……あっ、これしないとあかん顔だ」
録嗚未は仕方なさそうに枡を受け取って、回し始める。
そして華麗に受け取った録嗚未に、拍手が送られる。
「よしよし、じゃあ本番の日本古来の手品……和妻をご披露申し上げよう!」
騰が舞台に捌けるための一瞬の暗転の後、録嗚未は一回転してから再び傘を広げる。
その瞬間、BGMが変わり録嗚未は小面の面をしていた。
傘を置いたあと、録嗚未は次々と扇を出していく。
それが色を変えたりと変化をし、また布に変わったりなど多彩な変化をする。
黒になった時に小面の面も次第に黒くなり、わっと子どもたちは湧く。
その後、録嗚未は目にも留まらぬ速さで大型の扇を出す。
「すごい……録嗚未さん、いつの間に」
「大分前に、和妻の師匠のショーを見て弟子入りを懇願したそうな」
李牧の感嘆する声に、騰が補う。
「だとしてもレベルがかくし芸じゃないですよこれは」
「そうじゃなきゃ共にしようと言わない」
クライマックスで大型の龍の絵から大傘を出した時、場は最高潮に達する。
「どうだ!!!!これで会場のボスたちも満足しただろ!!!」
「録嗚未!!」
舞台に出てきた騰が、タブレットを持ってきた。
そこには「合格!!!!」と大きい文字が出ている。
「よっしゃぁぁ、出られる…………!!!」
スタンディングオベーション状態の会場に、録嗚未と騰は一礼する。
「ありがとうございましたー!」
暗転して舞台袖に捌けたあと、幕が降りる。
次の雪の演目に繋げる間、李牧とカイネは幕前に出る。
「いやぁすごかったですね、李牧さん」
「私も騰さんがタップダンスできて、録嗚未さんが和妻できるなんて知らなかったですもん」
「ところで和妻……って、皆さん聞き慣れない言葉だと思います」
「和妻はですね、録嗚未さんが言っていたように日本古来の手品のことを言います。今日見せてくださった他にもバリエーションはたくさんありますので……機会があったら……」
「李牧さん、こんなところに南京玉すだれが!」
カイネは、李牧に南京玉すだれを渡す。
「なんでこんなに都合よくあるんですかね?……まあいいでしょう、次の演目まで少し待ってと言われてるんでせっかくなんでご披露致しましょう。ミュージック、スタート!」
三味線の小気味よいリズムが始まり、李牧とカイネは音頭を刻み始める。
それにつられて、子どもたちも手拍子をする。
「アさて、アさて、アさて、さて、さて、さて、さては 南京 玉すだれ」
「チョイと 伸ばせば、浦島太郎さんの、魚(うお)釣り竿に チョイと 似たり。」
なんの変哲もないすだれが伸びたので、子どもたちはびっくりする。
そのまま、李牧とカイネは南京玉すだれの一通りの口上の芸をこなした。
最後の枝垂れ柳に変わると、おおーっと拍手が起こった。
「ありがとうございます。おっ、そろそろ次の演目の準備が整ったようですね」
「次の演目は中国伝統芸能の變臉です!」
「いや……カイネ……多分今誰もどんな芸か分かってないです」
「でも、百聞は一見にしかずだと思いますよ……」
「んー……それもそうですねぇ、では先にやっていただきましょうか……!皆さん、お楽しみください!」
李牧とカイネは、ササーッと舞台袖に退く。
しばらくして、變臉の曲が始まる。
そして、變臉師の格好をした雪が舞台に現れる。
前奏の最後に面を変えると、ドッと会場が湧いた。
雪は流麗に勇壮に舞いながら、次々と面を変えていく。
舞台上である程度変えると、今度は客席へと降りて子どもたちのもとへ行く。
そして握手をする瞬間に変えたり、更には客席の後ろの方――高校生や職員――にても面をいくつか変える。
会場を一周して、舞台に戻った雪はようやく素顔を見せる。
「へっ……!?」
それが雪だったので、みんなが息を呑む。
それが歓声に変わる前に、雪はもう一度面を被る難技をして後に再び素顔を見せる。
「――やっぱり雪様だ!!」
「雪様!」
子どもたちの歓声を受け、雪は深々と一礼する。
――ん……?
その時、李牧の目には雪が袞冕を着ている姿が映った。
――幻…………か…………?しかし……。
「――陛下」
カイネ、騰、録嗚未が一斉に同じ言葉を呟いたので李牧はびっくりする。
「李牧様、今陛下が……」
「ええ……私も、見えました……やはり……まだ、あの方は」
――皇帝陛下で、あるべきなのだ。
「李牧、一旦休幕だとアナウンスせねば」
雪が舞台袖に戻ってきたので、ハッと李牧は我に返って休憩のアナウンスを入れる。
「よし……とりあえず私は、着替えねばならないな」
雪は、一息ついて楽屋へと戻る。
「お疲れ様、雪」
「黒桜」
「お頭、ずっとモニターに食いついてたよ」
「それはちょっぴり恥ずかしいな」
渡されたスポーツドリンクを飲みながら、雪は笑う。
「それにしたって、大成功じゃないか。エンターテイナーの本懐とやらだね」
「まだまだ……!この先歌もあるし」
「ふふ……皇帝陛下は強いお方だ。さ、早く着替えな……また新たなヘアメイクもしなきゃだしねぇ」
「そうだね……お願いしないと」
雪と黒桜は、笑い合ってから次の作業に移った……。

――俺は雪に心から感謝してるんだ。
暗転の中、桓騎は一つ呼吸をしてから歌い出す。

I'm tired of being what you want me to be
(君が望むような存在でいることに疲れた)
Feeling so faithless, lost under the surface
(ぜんぜん誠実じゃない うわべの下で戸惑いを感じてる)
I don't know what you're expecting of me
(俺に何を期待しているのかわからない)
Put under the pressure of walking in your shoes
(プレッシャーの下に置かれている 君の代わりに人生を歩いているような)

(Caught in the undertow just caught in the undertow)
(逆流につかまっている ただ逆流につかまっている)
Every step that I take is another mistake to you
(俺がとるどんな進歩も 君にとってはまたそれも同じ過ちなんだ)
(Caught in the undertow just caught in the undertow)
(逆流につかまっている ただ逆流につかまっている)

I've become so numb I can't feel you there
(俺は完全に何も感じなくなった 君がそこにいることも分からない)
Become so tired so much more aware
(とても疲れた 気づいているよりもずっと)
I'm becoming this all I want to do
(俺はなりつつある 本当になりたいものに)
Is be more like me and be less like you
(それはより俺らしく そして君らしくなくなること)

桓騎は、あえて一曲目を雪の加入による『Bloody Flame』Phase.2を決めた時にカバーしようと決めた大好きで尊敬するLinkin Parkの曲を持ってきた。
それは、雪が自分を開放してくれる前の心境とよく似ていたから。
そしてその苦境に立つ多くの人のエールになりたいから。
――歌が世界を救うとかなんて思ってねぇよ。……でも、俺らの歌が誰かを救うかもってくらいは信じてもいいじゃねぇか。
一曲歌い終わると、
「『Bloody Flame』だ……!!」
と、メンバーの顔を見て会場の全員が息を呑む。
「ようこそ『Bloody Flame』のXmasスペシャルLIVEへ……ま……楽しんでってくれよ」
それだけ言って、桓騎は二曲目に移る。
クリスマス曲の二曲目の次は『Bloody Flame』が楽曲を提供した映画の主題歌を二曲、そして更にサブスクアプリのCM曲を歌った。
みんなが知っている曲ばかりなので、会場はさながらドームのライブ会場へとなっていた。
そして一息ついた後、舞台は暗転する。
誰もが皆、次の曲はと期待する。
ジャーン!とパイプオルガンの特徴的な前奏から、観客は次の曲を察する。
そして、
――クリスティーヌは?
と。

In sleep he sang to me,
In dreams he came…
that voice which calls to me
and speaks my name…

And do I dream again?
For now I find
the Phantom of the Opera is there –
Inside my mind…

客席後方から聞こえてきたその声に、観客は一斉に振り向く。
「――雪様…………!?!!」
そこには、先程の變臉の衣装とは打って変わって他の『Bloody Flame』のメンバーと同じオリジナルの軍服を纏った雪がいた。
まだ『Bloody Flame』のPhase.2にての雪の加入は公表していないので、それには皆が驚くしかなかった。
桓騎の圧倒的歌唱力に負けることなく、雪は歌い上げる。
「改めまして……この度新たに『Bloody Flame』に加入致しましたMs.Lapis Lazuliこと……熔雪と申します」
か、加入……!?と周囲がざわめくのを、雪はスッと手を上げるだけで制する。
「……なので、まだ新曲はあまりありません。今から二曲は皆さんおなじみのディズニーソングのロックアレンジです」
最初のピアノの音で「アナ雪だ!」と子どもたちは反応する。
「めちゃくちゃかっこいいエルサだ……」
続く、キュールニングが入った続編の難曲も雪はしっかりと歌いこなす。
「ありがとうございます……次は……また桓騎とデュエットしたいな……」
「大歓迎だぜ!今度も、ディズニー繋がりのデュエットソングのロックアレンジだな……じゃ、よろしく……」
桓騎は、メンバーたちに目配せして演奏を始めさせた。
これもまた前奏で「アラジンだ〜」と分かる程有名なものだった。
原曲を壊さないロックアレンジで、聞くものを惹き付ける。
――ああ、この二人本当にお似合いだな……。
息の合うデュエットでそう思うと共に、雪の加入は『Bloody Flame』のさらなる躍進に繋がると皆が確信する。
「雪様かっこいいー!!!」
「『Bloody Flame』加入、おめでとうー!!」
子どもたちの反応で、『Bloody Flame』のメンバーは顔を見合わせる。
――いける、この先、まだまだもっと!
その時誰もが可能性を感じた。
「ありがとう……皆さんに認めてもらえて、本当によかった……では、最後に私が歌う新曲を一つ歌います……」
雪はマイクをスタンドに固定する。
そして、スッと天を仰ぐ。
その次の瞬間、雷土のドラムと黒桜のキーボードが重厚なシンフォニックメタルを刻む。

We used to swim the same moonlight waters
Oceans away from the wakeful day

- My fall will be for you -
My fall will be for you
My love will be in you
If you be the one to cut me
I will bleed forever

Scent of the sea before the waking of the world
Brings me to thee
Into the blue memory

- My fall will be for you -
My fall will be for you
My love will be in you
If you be the one to cut me
I will bleed forever

Into the blue memory

A siren from the deep came to me
Sang my name my longing
Still I write my songs about that dream of mine
Worth everything I may ever be

The Child will be born again
That siren carried him to me
First of them true loves
Singing on the shoulders of an angel
Without care for love 'n loss

Bring me home or leave me be
My love in the dark heart of the night
I have lost the path before me
The one behind will lead me

Take me
Cure me
Kill me
Bring me home
Every way
Every day
Just another loop in the hangman's noose

Take me, cure me, kill me, bring me home
Every way, every day
I keep on watching us sleep

Relive the old sin of Adam and Eve
Of you and me
Forgive the adoring beast

Redeem me into childhood
Show me myself without the shell
Like the advent of May
I'll be there when you say
Time to never hold our love

(訳)
私達 同じ月明かりの下を泳いだね
遙かな海を あの眠れぬ日から

―― 貴方のせいで落ちてゆく
貴方のせいで落ちてゆく
私の愛は貴方にある
この身を切り裂いてくれるのなら
永遠に血を流し続けるのに

世界が目覚める前の海の匂いに
貴方の元へと誘われる
青き想い出の中へと

―― 貴方のせいで落ちてゆく
貴方のせいで落ちてゆく
私の愛は貴方にある
この身を切り裂いてくれるのなら
永遠に血を流し続けるのに

青き想い出の中へと

深淵より訪れたセイレーンが
私の名前を私の追慕を歌った
今も私は自分の夢を曲に書いている
私に価値ある夢の全てを

その子は生まれ変わるだろう
セイレーンが連れてきた子
初めての子 真実の愛
天使の肩に乗って歌い
愛も喪失も気にすることはない

私を連れ帰って そうでなければ放っておいて
私の愛は闇の中 夜の真ん中
目の前の道も見えなくなってしまい
背後へ続く道に導かれようとしている

私を迎えて
私を癒して
私を殺して
私を連れて帰って
どんな道でも
どんな日でも
どれも首を絞める輪に過ぎない

私を迎えて、私を癒して、私を殺して、私を連れて帰って
どんな道でも、どんな日でも
私は眠る自分達を見続ける

アダムとイヴが犯した古代の罪を甦らせて
彼等は貴方と私のこと
愛しき獣の罪を許して

私を救い出し子供の頃を取り戻させて
殻を取り払った本当の自分を見させて
五月の降誕のよう
もしもこう言ってくれたら私は貴方の元へ行きます
私達の愛が時に縛られることはないと言ってくれたなら

―― 貴方のせいで落ちてゆく
貴方のせいで落ちてゆく
私の愛は貴方にある
この身は貴方に切り裂かれた
だから私は永遠に血を流し続けましょう

歌詞と曲の完成度で十分という長さを感じさせない曲に、観客は圧倒される。
歌い終わると、スタンディングオベーションが起こった。
「ありがとうございます……メリークリスマス!皆さんのクリスマスが、よきクリスマスでありますよう……!」
『Bloody Flame』のメンバーは、全員手を繋いで一礼した。
「今日のクリスマス会は、私が協力させてもらいたいと言ったらたくさんの人がそれに賛同してくれたという形で豪華になりました……!改めて、皆さんに御礼を!」
雪は、舞台袖にいる李牧、カイネ、騰、録嗚未を呼ぶ。
「ありがとうございました!!」
全員で、観客へと深々と一礼した。
「この後は施設に戻った後にクリスマス恒例のビンゴ大会とクリスマスディナーだということなので、皆さんどうかお気を付けてお帰りください……!」
李牧のアナウンスの後、幕が下がる。
それでも鳴り止まない拍手と歓声に、もう一度カーテンコールをする。
「ありがとうございます……!」
雪は、心からの礼をした。
その瞬間、皆がハッとする。
その時の雪が、見事な袞冕を身に纏っていたからだ。
まるでそれが雪に相応しい服であるかのように。
「――雪様……」
「雪様!!!」
皆が口々に雪の名前を口にする。
「また、お会いしましょう!」
そうして、二回のカーテンコールは終わった……。

その日の夜、『Bloody Flame』Phase.2のためとして熔雪の加入が新曲MV『権御天下』の公開と共に正式発表された。
その時の雪の袞冕を始め、李牧と桓騎、そして『Bloody Flame』全員の古典装が大反響となった。
そしてそのあまりの反響に応えるために、なんと芸能界の大手事務所と楚コンツェルンが手を組んで『天青国物語』として雪、李牧、桓騎の一代記を映像化することが新年早々大々的に発表された。
そう、あの愛と戦いと栄華に満ちた世を再び現代に蘇らせんとするのである――。

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