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美し国から来たる司書


「今日も潜書お疲れ様でーす!」
確認のため金色夜叉に潜書していた永井荷風、徳田秋声、正岡子規、森鴎外に対して、司書はハイビスカスのハーブティーを出す。
「僕がいなくて寂しくなかったかい」
永井は司書の指先にキスをしてからティーカップを受け取った。
「永井先生は強いって知ってますから!……でも、少しだけ……」
「ふふ……いつもそう言ってくれてありがとう」
――これは割と冗談じゃないんだけどな……。
こうして毎度彼らを送り出して、迎えることしかできない自分が不甲斐ないと……常に司書は思っている。
しかし、そんなことは言ってはならない。
自分は、彼らを決して不安にさせてはならないのだ。
「んん~このハイビスカスのハーブティーは酸味が癖になるなぁ……!」
いつもベースボールの後にもお世話になってるぜ、と子規は司書の持つトレーに飲み終わったティーカップを乗せる。
「今度は……はちみつレモンも用意しておきますね」
「ありがとう、司書殿」
「森先生……!ちょっと負傷してるじゃないですか!」
「……ああ……医者が怪我をするとはな……」
「補修室に行きましょう!……あっ、秋声君も怪我してる!」
「別にいいよ……これくらい」
「よ、く、な、い!!!」
司書は鴎外と秋声を連れて補修室に行く。
すると、
「どうしてなんだ……」
と、補修室に置いてあるネコのぬいぐるみを持って珍しく落ち込んでいる二葉亭四迷がいた。
「……やっぱり僕は後でいいよ。今日は司書さんの助手だし」
と秋声は四迷に気を遣う。
しかし四迷の体に物理的な傷が見当たらないことを見た司書は、
「いや、多分この四迷先生のは精神的なものだと思う……。私でなんとかするから、ちゃんと補修してきてくださいね!」
と、そのまま四迷先生行きますよと言って四迷を補修室から連れ出した。
そして司書室に戻ると、ソファに置いてある文豪たちからプレゼントされた大量のぬいぐるみを少し整理して四迷を座らせた。
ネコのぬいぐるみと四迷の取り合わせは新感覚……と横光利一の調子で感想を抱いて後、
「あのー……四迷先生……どうなさったんですか……?」
恐る恐る司書は切り出した。
「俺が図書館によく来る野良猫に触ろうとしたら、一斉に離れていったんだ……」
「えっ……どうして……?」
帝國図書館に来る野良猫は、いつしか文豪たちが可愛がって餌付けしたりなどして十数匹にも及んでいた。
――これはマズイ。
と、司書は館長に対して自分の月給を減らす代わりに猫たちに去勢手術を受けさせて欲しいと頼んだ。
館長は「君の給料から引くことはしないが、確かに無計画は繁殖は頂けないな」と了承してくれて、猫たちは滞りなく手術を受けることができた。
「我が輩も喋らなかったら……」と館長と共にいるネコはゾッとしていたが、「あなたが巻き込まれることはないでしょう」とやりとりしていたのは覚えている。
四迷によると、人馴れしているであろうその猫たちが四迷だけを遠ざけたのだという。
その時一緒にいた中島敦に「な、なにか原因があるのかもしれません」とフォローされたが、さっぱり原因が分からない……ということで落ち込んでいると、四迷は司書に補修室にいた訳を話した。
「うーん……話を聞いてる限りだと、私にも全く原因が……」
その時、
「司書さん、無事補修終わったよ」
と、秋声がドアの前で声を出した。
「あっ、秋声君お疲れ様!」
「今日の日替わりケーキは梶井君監修のレモンケーキだって。食べに行くかい?」
「梶井さん監修のレモンケーキ……気になる……!四迷先生、一緒にどうですか?」
「あぁ……」
「一回気持ちを切り替えましょう!」
ネコのぬいぐるみを四迷の腕から引っこ抜いた司書は、四迷と秋声と共に食堂に行く。
「やぁ、司書さん。君も僕監修のレモンケーキを食べてくれるのかい?」
食堂で司書たちを迎えた梶井は、3人分のケーキを用意する。
「もっちろん!レモンは梶井先生の代名詞じゃないですか」
「僕も忘れてもらったら困るな」
「高村先生……!」
司書は、そう言われて高村光太郎の『レモン哀歌』を思い出した。
「……ごめんなさい」
「ふふ……大丈夫だよ。紅茶には何を入れる?」
「えっと……私はストレートで、秋声君は砂糖で、四迷先生はレモンで……」
と、司書が言った瞬間にハッと気付いた。
「四迷先生、それ多分レモンです!!!」
「ん……何がだ……?」
その時紅茶に輪切りのレモンを入れる瞬間だったので、四迷は思わずその動作を止める。
「猫って、柑橘系の香りが苦手なんです」
その言葉の意味するところを察した四迷だったが、ショックのあまりボチャンと輪切りのレモンを紅茶の中に投入してしまう。
「ごめんなさい!!!私柑橘系の香りが好きでした!!!」
「柑橘系の香り……」
四迷は、それを聞いてハッと気付いたようだった。
「君の部屋のバスルームにある、あのボディーソープって……!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って」
秋声が思わず2人の話の流れを止めるが、
「そう、グレープフルーツの……香り……」
「そうか……朝……俺がそれを使ったからだな……」
「本当にごめんなさい……」
と、2人は話を続けてしまう。
案の定、梶井と高村は2人にしては珍しく戸惑った様子である。
更に、後ろのテーブルにいた永井と鴎外は驚愕の表情を見せていた。
秋声は居た堪れなくなって、
「司書さーーん!!!」
と、悲鳴に近い声を食堂に響かせたのだった……。
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