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天使と悪魔と契約した男


「……最後の五冊目の翻刻、終わりました」
長逸は、久秀と小十郎それぞれのタブレットにそのデータを送った。
「やれやれ、よくここまで書けたものだ」
久秀は、義輝が残したノートを見てため息をつく。
「おい、なんで俺らが押収する前に読んでやがるんだ」
今日いきなり久秀の家に呼ばれて、小十郎は今回の事件の犯人である足利義輝が残していたノートがあることをたった今知った。
「卿らが押収してしまったら、私は読めなくなってしまうだろう?それに、彼に託されたのは私だ、私が読んでから警察に提出するのが道理だろう」
久秀は、素知らぬ顔で続きを読み進めている。
「それにしても、自分の愛する女のためにここまでできる奴がいたとは驚きだぜ」
小十郎は、自分たちが調べた足利義輝と三条西綾子のデータを見比べる。
そこには、「義輝は深く綾子を愛していた」などとは書かれておらず、犯行動機も欠けていた。
今回見つかった足利義輝自筆の記録類で、被疑者死亡により不起訴……にはなるが、一応この事件に決着は着くだろう。
「愛というものは、人を強くし、弱くもさせる……そういうものだよ、片倉君」
久秀は読み終わると、ソファから立ってコーヒーを沸かし始めた。
「……天使と悪魔と……契約した男ってか」
小十郎は、ポツリとそう呟いた。
「どういう意味です?」
長逸が、耐え切れず小十郎に聞く。
「三条西綾子という『天使』と、復讐という『悪魔』と契約した男だってことだよ、足利義輝はな」
久秀が淹れるコーヒーの匂いをほんの少し心地よく感じながら、小十郎は目を伏せた。

【完】
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