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Die Neue These版ミュラー相手

「ねぇ、ミュラー。ちょっと見てもらってもいい?」
「――ええ、いいですよ」
エリザベートはミュラーに端末を見せる。
ミュラーは特に気にするでもなくエリザベートと肩を寄せ合って端末を見た。
「この配置、もう少しここを厚くしたほうがいいと思うのよね」
「そうですね、作戦の位置からしてここをこうして……」
獅子の泉で熱心に話し合う二人は、一見すると友人以上の関係にも見えた。
「随分盛り上がっているな」
「ルッツ提督」
エリザベートとミュラーは、同時に端末から顔を上げてルッツを見た。
「ホーエンツォレルン中将の作戦の綿密さに、感心していたところなんです」
「どれどれ……ほほう、これはこれは」
ルッツが端末を見ると、エリザベートとミュラーの合作でもあるそれは、確かに見事なものだった。
「さすが卿らだな」
「ミュラー提督のおかげです。同期としてこれほど誇らしい方は、他におりません」
さりとて、エリザベートもローエングラム侯を除けばかなり若い方で中将という位階にあるので、同期から見たら雲のような存在だろう。
――それに前皇帝からの御召を受け、更に断れるほどの……美貌と知略。
ローエングラム侯から“綺麗だな”と言われた長く艶のある金の髪と、菫色の瞳、それに透き通った白い肌……間違いなく“美女”である。
かつ、あの“仮面の”マクシミリアンの従卒にして娘でもある彼女は、皇帝と直談判して寵姫になることを断り、メルカッツ提督の下でアスターテ会戦などで戦功を上げる程の勇気と知略の持ち主だ。
最年少の大将でもあるミュラーと並んで、この先のローエングラム元帥府で間違いなく重要な役目をする人間だろう。
――これで“付き合ってない”のだから驚きだな。
リップシュタット戦役前までは配属先的に接点は少なかったが、今はこうして肩を並べている。
二人共、軍服でなければ恋人ではないかと思ってしまうくらいに。
「――おや、珍しい取り合わせだな」
「ワーレン提督」
「ホーエンツォレルン中将の作戦図を見ていたところだ」
「私はまだまだ至らぬ点が多く、ミュラー提督やルッツ提督にお聞きしていたんです」
エリザベートは、やんわりと微笑んだ。
「確かに、ここは色々な奴が集まってくるからな」
「――ええ、それに提督の皆様はお優しいから私にも惜しみなく教えて下さいますので嬉しい限りなのです」
「そんな謙遜しなくても、ホーエンツォレルン中将は十分すごいですよ」
ミュラーはエリザベートを励ました。
「――本当ですか?ありがとうございます、ミュラー提督」
 豊穣の女神・フレイヤの別名を冠された戦艦“ヴァナディース”を旗艦とする艦隊を率いるに相応しい美女に感謝されたミュラーは、優しく微笑んだ……。

……という一連のことをゼーアドラーで聞かされた面々は、ミュラーという男に憐れみさえ覚えた。
「逆に今まで何も発展してないのがすごいな」
「それは私が一番思ってますよ」
 ビッテンフェルトの言葉を、ミュラーは酒と共に喉奥に流し込む。
「フロイライン・ホーエンツォレルンは私心に惑わされず職務に忠実な方です。……それに皇帝陛下の御召を断った時以来、なぜかどんな人とも壁を作って接するようになりましたし」
「なぁミュラー、俺はずっと気になっていたんだがホーエンツォレルン中将が前皇帝の御召の命が下った時の詳しい経緯とはどういうものだったんだ。軍の中では“断った”しか話されていないからな」
「それは提督が御本人から聞いてみては……って、聞けないから私に聞くんですよね。……とはいえ、私もフロイライン・ホーエンツォレルンに『あなたの思う道を、私は全力で応援します。それが例え元帥への道でも』と言っただけなのですが……」
「それで、ホーエンツォレルン中将は元帥への道を選んだと……」
「フロイライン・ホーエンツォレルンの御召がかかった頃は……まだベーネミュンデ侯爵夫人が皇帝の寵を受けていましたし、代々理知聡明なホーエンツォレルン家の方々が安易に娘を皇帝の寵姫に差し出すとは思えませんでしたが……」
とミュラーが思い出しながら言っているところに、
「製菓業の方面は皇帝陛下のお墨付きを得れましょうが、本業のレーション生産の事業には『帝国全体の奉仕にならぬ』というデメリットの方が大きいとホーエンツォレルン家は判断致しました。故に、皇帝陛下に『私をゴールデンバウム王朝最初の女性士官にしてくださいませ。私は戦功によって父の代から賜った皇帝陛下よりの御恩に報いたく存じます』と申し上げて、その上で士官学校を卒業しましたの」
と、まさに話題に上がっていたエリザベート本人から事の真相を明かされた。
「ホーエンツォレルン中将!」
「こちらに来た途端、皆様が私のお話をしていらしたので……ファーレンハイト提督に断りを入れてこちらに来させていただきました。では、私は戻りますね……失礼いたしました」
 優雅な礼をして、エリザベートはファーレンハイトがいる席へと戻っていく。
 それを目線だけで見送ったミュラーは、遠くで静かにワインを飲む二人を見てこれ以上ないくらいに深いため息をついた。
「――そこは素直にホーエンツォレルン中将に『好き』だと言えばよかろうが」
 焦れたビッテンフェルトは、ミュラーにハッキリ言う。
「言って今の関係より距離が離れてしまうのは耐えられません。フロイライン・ホーエンツォレルンと修復できない関係になるくらいでしたら……」
――この想いは、ヴァルハラに持っていきます。
 これ以上聞いてはいけない……と誰もが思ったので、その話はそこまでだった。


 一方、エリザベートとファーレンハイトのテーブル。
「――シシィもなかなか大変だな」
「もう慣れてしまいましたわ……。それに門閥貴族の方々よりかは、遥かに」
 ファーレンハイトは、それを聞いて眉を寄せる。
――俺がいなかったら、シシィは……。
 リップシュタット戦役では、メルカッツ提督に殉じるつもりで――エリザベートは、自分がメルカッツ提督の“弱点”であると理解した上で――ラインハルト陣営と対立した。
 烏合の衆の貴族連合軍では当然のごとく勝てるはずもなく、門閥貴族達は破れた。
 しかし、自分とエリザベートはアスターテの頃よりラインハルトに見出されていた幸運もあって軍人生命を続けている。
 エリザベートを馬鹿にしきっていた反面、その美貌に惑わされていた門閥貴族達よりも、今の同僚は遥かに信頼できる。
 だがしかしエリザベートもファーレンハイトも一度はラインハルトに矛を向けた故、むやみに彼らと関わるのは吉でないと判断していた。
「……で、シシィ。最近非番の日はどんな菓子を作ってるんだ」
「実は最近、古代中国のお菓子の再現に余念がありませんの」
 そしてしばらくエリザベートの菓子づくりの趣味の話に花を咲かせる。
 途中から古代中国の地理書である『山海経』の話に変わり、その想像力豊かな動物たちをファーレンハイトと画像付きで見ている内に、どんどん時間は過ぎていった。
 そろそろ帰りましょうかとエリザベートとファーレンハイトがなった時、チラとミュラーたちの方を見るとロイエンタールとミッターマイヤーはすでに帰ったらしく、珍しく管を巻くミュラーをビッテンフェルトは困りながら応じているようだった。
「――珍しいわ、あんなにミュラーが飲むなんて」
「確かに、少し心配なくらいだな……」
「閣下、お代は私が持ちますので今日は先にお帰り下さいませ……。ミュラーは、通り道です故私が送っていきます」
「ん?そうか……いや、さすがに後輩に奢ってもらうわけにはいかないから今日は私が出しておくよ。気にするな、シシィ」
「恐れ入ります、閣下。おやすみなさいませ」
 エリザベートがファーレンハイトにカーテシーをしてから、ファーレンハイトはエリザベートの指先に口付けをする。
「あぁ、おやすみ。シシィ」
 ファーレンハイトはメルカッツの愛弟子に笑顔を見せてから帰っていった。
「さて…………」
 ファーレンハイトを見送ったあと、エリザベートはミュラーとビッテンフェルトの元へ行く。
「――おぉ、卿か。来てくれてよかった、ミュラーをどうしたものかと思案していたところだ」
「閣下がそう思われているかも、と考えましてこちらに来ましたの。ミュラー提督は私がお送りしますわ、ご自宅は通り道ですし……」
「――助かる!!!」
 声の調子からして余程持て余していたのだろうと察して、エリザベートはミュラーの前にいく。
「――ミュラー、家に戻りましょう」
「……エリーゼ?」
「――ええ。あなたのエリーゼよ、ミュラー」
「――エリーゼ!!」
 ミュラーはガバリとエリザベートに抱きつく。
「随分と飲んでいたようね。これ以上飲み過ぎちゃうとあなたのお兄様に怒られちゃうわ」
「エリーゼがいてくれたら、こんなに飲まなかったよ」
「あら、それでは私がいないから加減を知らなかったということ?」
「こんなに飲んだのはエリーゼのせいだ」
「――それは随分ひどい濡れ衣ですこと……お家までお送りしますから、許してくださる?」
「わかったよエリーゼ、じゃあ早く帰ろう」
「ええ。ではビッテンフェルト提督、今日はこの辺りで失礼させていただきますわ。ミュラー提督の分は……これくらいで足ります?」
エリザベートはビッテンフェルトにある程度の額を渡してから一礼した。
「お、おう……助かった、またな」
さすがホーエンツォレルン羽振りがいいなと思いながら、ビッテンフェルトはミュラーとエリザベートを送り出した……。

「……すみません、エリーゼ」
エリザベートが呼んだ車に乗ってから、水を渡されたミュラーは少し落ち着いた様子だった。
「いいのよミュラー。たまにはそんな日も必要でしょう」
「…………エリーゼは優しいですね」
「同期のよしみよ、誰にだって優しくはないわ。それに、ミュラーがいたから私は“ここ”にいる覚悟ができたのよ」
「私が……?」
「そう、ミュラーのおかげ。……そろそろあなたの家ね。あなたは二日酔いがないから大丈夫だろうけど、もし二日酔いなら明日獅子の泉かで声をかけてね。ハーブティーくらいなら淹れてあげる、あと時間があるならアロママッサージも……。とにかく、軍務に支障が出ないようにね」
車が止まると共にドアが開き、ミュラーはエリザベートの指先に口付ける。
「今日はありがとうございました、エリーゼ。また明日」
「――ええ、おやすみなさい。ミュラー……よい夢を」
お互い、少しだけ名残惜しそうに手を離してから別れた。
どちらも、
――今の関係が壊れてしまうなら、このままで。
と、それぞれ唇と指先に残った熱を抱えながら、この日の夜は過ぎていったのだった……。


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