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Die Neue These版ミュラー相手

「閣下……!」
 珍しく慌てた様子のシェレンベルク少佐に、エリザベートは緊急事態かとガタッと席を立つ。
「ガイエスブルク要塞が反乱軍の攻撃によって破壊され、ケンプ大将が亡くなられたと……!」
「なんですって……!?」
 その報せを聞いた瞬間、エリザベートは驚愕の表情を見せた。
「辛うじてミュラー提督が敗走する艦隊を指揮を取られているようですが……」
「ですが……?」
「かなりの重傷であるとのことです……」
 シェレンベルク少佐は、エリザベートに端末のデータを見せた。
 一通りそのデータを見て、エリザベートは酷い敗戦だとすぐに判断する。
 それでも残存兵力を纏め上げるミュラーは、大したものだと思う。
 恐らく、門閥貴族達だったならば反吐が出る自滅願望で更に兵を失わせていたであろうが……。
「そう……では、私が通信をしても身体に障るでしょうね……。帰還を待ちましょう、まずは無事に帰ってきてもらって……。もしローエングラム侯がミュラーを敗戦の責ありとして処罰されるというなら、私が閣下を説得しなければ」
「説得……で、ございますか」
「――私一人のキャリアをミュラーに賭けることになっても厭わないくらい、ミュラーはローエングラム侯には大切な人材よ」
「しかしそれでは閣下が」
「私は軍人じゃなかったら、ホーエンツォレルン家のアーカイブスを漁って料理史の研究をしてるくらいがちょうどいいの」
 シェレンベルク少佐の戸惑う表情も気にせず、エリザベートは手元に残っていた仕事を片すと誰かいるかもと獅子の泉へ急いだ。
「ホーエンツォレルン!」
「ルッツ提督!それにワーレン提督も……」
「ホーエンツォレルンも聞いたのか、ケンプのこと」
「ええ……それにミュラー提督が重傷で、残存艦隊を纏め上げていらっしゃるとも」
 ミュラーが重傷と口にする度に、どのくらいだろうか、起き上がれているのだろうか、食べ物は経口摂取できているのかなどの不安が募ってきて、こちらまで不安な表情になってくる。
「ホーエンツォレルン、ミュラーならばきっと大丈夫だ」
 それを読み取ったのか、ルッツはエリザベートを気遣ってくれる。
「……あ……申し訳ございません、私……提督にご心配を」
「大切な同期の安否だ、心配して当然だろう」
「――もしローエングラム侯がミュラー提督を敗戦の将として処罰されるとなった場合、私の地位と引き替えにミュラー提督を許してくださることをお願いするつもりです。そうなった場合、どうかお取次ぎいただけませんか……ルッツ提督、ワーレン提督」
「ホーエンツォレルン……」
「ミュラー提督は私以上に優秀な方、私を残してミュラー提督を廃するというのは道理が違うというものでございましょう……私、覚悟はできております故。少しだけ早い、研究生活が待っているだけですわ」
 エリザベートは、ルッツとワーレンに一礼した。
 後程、エリザベートはラインハルトの命によってミュラーが率いる残存艦隊に合流し、実質の指揮を引き継ぎ艦艇の修復先の配分や処分の決定、及び兵士、軍属の非戦闘員の救護や病院への移送をせよとの任務を請け負った。
「――謹んでお受け致します、閣下」
「卿には面倒を押し付けるようで悪いな、ホーエンツォレルン」
「もったいないお言葉……。大切な同期のミュラー提督をお迎えする任務、私に賜り光栄でございます……」
「ミュラーの無事を確認するといい。卿とミュラーにはそれが必要であろう」
「閣下のご深慮、深く感謝致します」
 ラインハルトに敬礼して、エリザベートは部屋を去る。
 そしてすぐにシェレンベルク少佐と連絡を取って救援部隊を編成し、ミュラーの艦隊を迎えに行った……。

――三日後……。
「閣下!エリザベート・フォン・ホーエンツォレルン中将からの通信です」
「エリ……ホーエンツォレルン中将から……?」
 ミュラーはエリザベートの名前を聞いて驚いた。
 今一番会いたい人でもあり、今一番会いたくない人でもあった。
 その人が、自分から来てくれたのだ。
「……分かった」
 ミュラーは通信を開け、全艦に、と通信兵に命令する。
 画面の向こうのエリザベートは、いつもと変わらぬ……否、それ以上の美しさだった。
 普段は中将なぞ雲の上の存在である尉官や兵たちも、エリザベートを見た瞬間女神フレイヤの如き輝くばかりの美しさに思わずほうと見惚れてしまう。
 エリザベートは敬礼をしながら、
「――まずは無事の帰還、何よりでございます。ミュラー提督、皆様、私は帝国軍中将……エリザベート・フォン・ホーエンツォレルンでございます」
と、挨拶する。
「………………………………」
「ミュラー提督、これより私が提督の大切な艦隊をお預かり致します。司令部は、このヴァナディースに変更となります。ローエングラム侯より、私の艦隊で傷ついた者達の手当てや艦艇の修復を手配せよとの任を拝命致しました。艦隊は、どうか我々にお任せくださいませ。ケンプ提督、ミュラー提督、並びに全ての方々は……よう戦われました。まずはどうか、一先ず休息を取ってくださいませ。皆様の安全は、このエリザベート・フォン・ホーエンツォレルンが保証致します」
「……恩に着る、ホーエンツォレルン」
「勇敢な戦士の方々に、私ができる最大の敬意でございます」
 エリザベートは、優しい微笑みを見せた。
――あぁ、エリーゼ……。
 ミュラーは、エリザベートのいる画面に向かって手を伸ばす。
――やっぱり君が好きだ。
 その言葉は、またもミュラーの喉奥に留まった。


 通信を切った後、エリザベートはギュッと目を閉じた。
「閣下……」
「ミュラーが……あんなに酷い怪我をしていたのに、ここまで帰ってきてくれた……」
「――はい」
「よかった……私は、また大好きな人を失うところだった……」
 エリザベートは、亡き父・マクシミリアンのことを思い出す。
――シシィを頼む、メルカッツ。
 自分を形見だと言い残して、父は逝ってしまった。
「……作業を始めましょう。ミュラー提督の旗艦は、補給が終了した次第にオーディンへこのまま行っていただきましょう」
 エリザベートは各艦艇に指示を出し始める。
 迅速かつ正確に状況を把握し、近隣の惑星の病院や駐留地の修復施設に配分していく。
 そして、それらの情報を紐付けしていきデータ化してより正確な損害を報告するのが此度の仕事だ。
――しかしこれは、あまりにも損失が大きい……大敗と言わざるを得ない……。
 再編には時間を要しそうだ、と上がってくる被害状況や各施設の収容人数と元の陣容編成を見比べて少し心配になる。
――ミュラー…………。
 本当は直接行ってハグをしたかった。
 勝利の凱旋だったならば、エリザベートは“疾風ウォルフ”のミッターマイヤー以上の速さでミュラーの元へ行きそうしただろう。
 ……だが此度ここまでの敗北と相成った時に、ミュラーにとって自分は顔を見たくない相手であろう。
 同期一番の優秀さを持つし、そこに表に見せぬながらも自信と野心も秘めているミュラーである……その心を慰められるだけの大切な存在には至りいえていないだろうというのがエリザベートの見解だった。
――でも……もし、ミュラーもケンプ提督と一緒に戦死なさっていたら……?
 それを想像して、エリザベートはゾッとする。
 父のマクシミリアンがエリザベートを逃した時とは違って、共に戦うこともしていない中でただ死の報だけが齎され、棺には何も……。
「……っつ……!!!」
 エリザベートは、思わず画面から目を逸らした。
 画面に書かれている戦死者百八十万人の数字に業務以上の実感が湧いてしまった。
――そういえばケンプ提督には奥様と二人の息子さんがいたはず……。
 この間獅子の泉で言葉を交わした時、エリザベートがミュラーをよろしくお願いしますと言った後に息子達にも約束したからなと優しく言ってくださったのはよく覚えている。
――“私”が、またたくさん生み出されてしまったのか。
 エリザベートは、余った軍の給金やホーエンツォレルン・カンパニーの調理研究部の報酬を慈善事業として財団を立ち上げて戦死者遺族の支援などを展開していた。
 良くも悪くも、ラインハルトやその周辺の人間達は兵士たちを「戦友」として見ている面もあるが、いわゆる「銃後」ともいえる女性や子どもたちにまでは目が届きにくいという傾向があった。
 これは当然、彼らはずっと前線の指揮を執っていたし、ほとんどが独身であるからという面があるから致し方ないのかもしれない。
 ……それでも何もしないのと何かするのとでは違うと思うから、エリザベートは困っている戦死者遺族が生活の手立てのサポートや遺族年金の申請の手続きなど支援する組織をホーエンツォレルン・カンパニーの財団として作ったのである。
 それに、手に職を付けたい者がいたらホーエンツォレルン・カンパニーで雇用している。
 幸いホーエンツォレルン・カンパニーは戦争がある限りは安泰であるから、人は多いくらいの方がいい。
 そんな組織なぞ本当は必要ない方がいいに決まっているが、子どもは社会的弱者でありやはり支援が必要である。
 それは、地球時代の産業革命の頃より変わらぬ道理である。
――後でアリアに連絡しておかないと……。
 財団の運営をお願いしている元は支援者であったアリアに頼むことを考え、エリザベートは再び業務に集中する。
 ミュラーが自身も重傷でありながら不屈の意志で導いてきた者たちだ、決してただの兵士たちではない。
――私はやれることを、やるだけ。
 それが、エリザベートがミュラーにできる最大の慰めだと信じて。

――三週間後。
 エリザベートは、ようやく任務を終えてオーディンに帰還する。
 帰還したエリザベートを迎えてくれたファーレンハイトは、ミュラーがラインハルトに敗戦の報告をした直後に気絶して搬送されたことを聞いた。
 それに、シャフト技術大将が収賄や機密漏洩などの罪で収監されたということも。
「……いささかタイミングがよすぎ、なような気も致しますが……」
「さすがシシィだな、俺も違和感はあったが……」
「良くも悪くも、シャフト技術大将はホーエンツォレルン・カンパニーの技術にもご興味がおありでしたようで、何度か兄上に面会を依頼してきましたわ。兄上は、もちろん面倒を嫌って断っていましたが」
「さすがルートヴィヒ殿、そこは手厳しいな」
 ファーレンハイトは、エリザベートの兄・ルートヴィヒの危険センサーの強さに恐れ入った。
「兄上は、そういう人ですわ。ホーエンツォレルン家の立場、私の立場などを全て把握された上で経営をなさっています」
 しかし、一歩仕事から離れたらただの妹煩悩な兄になるのだが……。
 というのは、置いておいて、エリザベートはファーレンハイトに他に起こったことなどを聞いて事態を把握しておく。
――よかった、ミュラーに罪を問うことはなされなかったのね。
と、エリザベートは安心した。
 その後に、ラインハルトの元へ行って任務完了の報告をしにいった。
 ご苦労だった、という言葉を貰うと共に、ミュラーのいる病院をラインハルトに教えてもらう。
「ありがとうございます、閣下」
「ルッツとワーレンから聞いたぞ、もし私がミュラーを罷免すると決定したら卿はその地位を捨ててミュラーの留任を願うつもりだったと」
「お、お聞きになられていましたか……」
 エリザベートは、少し言葉に詰まる。
「別に怒っているのではない。ミュラーは良い同期を持ったなと感じただけだ。もし卿が男だったならば、既にミュラーと同じ大将であっただろう」
「畏れ多きことでございます……。私はまだまだ提督の皆様の足元にも及びませぬ」
「そう謙遜するな、卿の今後の活躍に期待している」
「ありがとうございます、閣下」
 エリザベートは、ラインハルトに感謝しつつ部屋を出た。
――明日病院に行こう、ミュラーの好きなクグロフを作って行ってもいいのかしら?
 でも、クグロフよりもプレッツェルの方がいいのかしら、あるいは他の……と思っていると、そこにオーベルシュタインが通りかかった。
「――閣下」
「帰還していたのか、ホーエンツォレルン中将」
「数時間前にオーディンに戻りました、ありがとうございます」
「今回の損失率は実に九割に及ぶと聞くが」
「はい、間違いございません。報告書にも、記載させていただきました。残った艦艇は修復施設のある惑星へと配分致しましたので、そちらの方もまたご覧になっていただけましたら」
「……そうか」
「他に何かお聞きになりたいことはございますか、閣下……」
「いいや、後は卿の報告書を読ませてもらおう」
「畏れ入ります」
「そういえば、この間の白毫銀針だが」
「あ……お口に合われませんでしたか?」
「いいや、私は好きな味だった。卿が好きなものは分からぬ故に、此度は御礼の言葉のみとさせていただく」
「お気に召していただけたならよかったですわ、閣下。では、私はこれで失礼致しまする」
 エリザベートはオーベルシュタインに敬礼して執務室へ戻っていく。
 オーベルシュタインは、その姿を追ってから自らの目的のために動いた。
「おや、ホーエンツォレルン嬢」
「メックリンガー提督」
「戻っていたんだな」
「畏れ入ります、ビッテンフェルト提督。つい数時間前に帰還致しました」
 獅子の泉にいたメックリンガーとビッテンフェルトに声をかけられ、エリザベートは敬礼する。
「大変な任務だったでしょう」
「思っていたよりも、少し……」
「俺だと絶対に無理な任務だ」
「ですがメックリンガー提督は、ケンプ提督のご家族に訃報をお伝えしにいったとファーレンハイト提督からお聞きしました。それは、私よりも辛い任務だったと推察致します」
 メックリンガーはケンプの家族の悲しむ顔を見てしまったのだから、より辛いだろうと。
「そうですね……やはり愛する人の“死”というものは残された生きているものにとっては辛いものでしかありませんから」
「提督…………」
「だからこそ、先人達は死後の世界を夢想したり書いたりとしていたのでしょうね」
「ええ……人間が宇宙に進出しても、死は絶対に克服できなかったものでございます。振り向いても、そこに愛する人はいませんから」
 サラリとギリシャ神話を挿れてくるのは流石だな、とメックリンガーはエリザベートに感心する。
「ところでホーエンツォレルン中将、もうミュラーのお見舞いにはいったのか?」
「いいえ。先にローエングラム侯に報告をしようと思って、帰還してすぐに元帥府に出仕した次第でございます。明日、お好きなクグロフを作って持っていこうかと思いましたが……ちょうど先程ミュラー提督は今のご病状でクグロフをお召し上がりになれるかどうかと考えていたところでございます」
 クグロフか……クグロフなぁ……とビッテンフェルトは考え込む。
「――やはり、まだ固形物は控えた方がよろしいでしょうか?」
「…………実は閣下に報告した直後に気絶して搬送されてから、ミュラーはまだ目を覚ましてないんだ」
「……え?」
「気力を使いすぎたのだろう、と医者は言っていたが……ホーエンツォレルン中将?」
「……あ……申し訳ありません、ビッテンフェルト提督。私とミュラー提督が通信をした時は、意識がございましたので……」
――それ程不退転の意志で、撤退する艦隊を率いていたのか……。
 エリザベートは、その時のミュラーの顔を思い出してしまう。
「す、すまんホーエンツォレルン中将」
「い、いえ……こちらも申し訳ございません。ビッテンフェルト提督、メックリンガー提督……」
 エリザベートは、平静を装って返事をする。
「ですが、同期であり残存艦隊を引き受けたホーエンツォレルン嬢の言葉ならばミュラーは目を覚ますかもしれませんね」
「私にそのような力は……」
「あなたの言葉は、何よりも力がありますよ」
 メックリンガーはエリザベートに向けて優しく微笑む。
「メックリンガー提督……そうであることを、私自身祈ってもよいのでしょうか?」
 もちろんですとも、とメックリンガーはエリザベートを励ます。
「祈るも何も……ミュラーにとっての“勝利の女神”はホーエンツォレルン中将に他ならんし、自信を持てばよいのではないか」
「――え…………?」
 ビッテンフェルトはエリザベートの反応を見てしまった、という顔をしたが遅かった。
「ビッテンフェルト……あなたという人は」
 メックリンガーは額を押さえている。
「ビッテンフェルト提督、それはミュラー提督が仰っていたことですか?」
 ええ、いやぁ、あのぅ、とビッテンフェルトは明らかにしどろもどろになっている。
「どうしたビッテンフェルト、ホーエンツォレルンに古代戦術の話でもされたか」
 そこに偶然ミッターマイヤーが通りかかり、ビッテンフェルトは僥倖とばかりに
「そそそ、そう!ホーエンツォレルンはご自身のアーカイブスの古代ギリシャのサラミスの海戦のお話をされてな…………!」
と、話を適当にでっち上げた。
「なんと、それはまた貴重なものだな。俺にも聞かせてもらいたいものだ」
「ミッターマイヤー提督に教示するなど、畏れ多いことでございます」
 エリザベートは、先程までの話題と全く関係がない古代ギリシャの戦術の話題に変えるしかなかった。
 しかしそのエリザベートの叙事詩を語るような美しい言葉たちに、ミッターマイヤーもメックリンガーもビッテンフェルトも聞き入る。
――すまんホーエンツォレルン中将!
 ビッテンフェルトは、聞き入りながらも心の中でエリザベートに謝り倒した。


――翌日。
 エリザベートは結局ホーエンツォレルン社製の既製品であるチョコレートを用意してミュラーの入院先に来た。
 ミュラーが起きていなければ、置いて帰ればよいだけである。
――ミュラー……。
 面会の手続きをして部屋の案内をされる間、エリザベートは上の空だった。
「こちらです、閣下。先の戦いでかなりの気力を使い果たされてしまわれたらしく、まだ眠ったままでございます。いつ、とかはまだ我々にも……」
 医師の説明を聞きながら、エリザベートはミュラーの元へ行く。
「――ミュラー……」
 エリザベートは、そっとミュラーの頬に触れた。
「安心して。あなたが率いていた艦隊は全て我々が修復先・搬送先を手配しました。そして、完了次第再編して復帰すること、とローエングラム侯から通達されました。あなたが心配していたことは無事に片が付いたわ」
 優しく微笑んで、なお言葉を続ける。
「眠ったままだから聞こえていないかもしれないけど、私……今回の作戦で初めてあなたを失ってしまうかもしれないと怖くなったの……。アムリッツァは閣下が反乱軍との戦いで勝機を逃されなかったし、リップシュタットの時はあなた達が勝つだろうからなんとも思わなかったのに、今回あのヤン・ウェンリーと……いえ、ヤン・ウェンリーでなくてもより直接的に反乱軍と戦うと言われて……そうね……ええ……もっと要素はたくさんあるけれど……」
 そこまで言って、エリザベートは首を横に振った。
「だからあなたが無事に帰ってきてくれて、私本当に嬉しかった……。私、あなたにずっと言わないままお別れになるのかと思ってしまったの……“Ich mag dich. (あなたが好き)”って……」
 エリザベートはミュラーの手に触れる。
「ミュラー……」
 微かな温もりに触れて、エリザベートは涙を流す。
「あなたが好き……好きなの……ミュラー……帰ってきてくれて、本当によかった……」
 エリザベートの涙はフレイヤの涙のように赤くもならず、黄金にもならなかった。
 だが、一人の男の心を溶かすには十分だった。
「……ん……エリー……ゼ……」
「――ええ、あなたのエリーゼよ。ミュラー」
 エリザベートは、瞳を涙に濡らしながら微笑んだ。
「エリーゼ……」
「おかえりなさい、ミュラー」
「ただいま、エリーゼ……僕の好きな人」
 ミュラーはエリザベートの涙の伝う頬に手をやった。
「ミュラー……」
「エリーゼも、僕のこと……好き?」
「ええ……ええ!ずっと前から、好きよ」
「よかった……ずっと僕だけが、君を好きなのだと思って」
「ごめんなさい……あなたを失ってしまうかも、と思ってやっと言う勇気が出たの」
「……僕も、もしエリーゼに嫌われたらと思うとずっと言えなかった……エリーゼ……」
「ミュラー……」
 ミュラーとエリザベートは、どちらともなく唇を重ねた。
 それは、長年の想いを込めたものだった。


 ずっと両片思いだったことが判明し、遂に恋人になったエリザベートとミュラーだった。
 ミュラーの入院中、二人はこれまでの分を埋めるかのように言葉を交わした。
 そしてミュラーがようやく歩けるくらいまで回復したことがラインハルトに報告されると、ラインハルトは完全に復帰できるまでどこかで静養するといいとミュラーに通達し、その静養先にホーエンツォレルン家の領地でもあるリゾート惑星・ウィンボドナが選ばれた。
 やはりそれは、同期のエリザベートのホーエンツォレルン家の領地ならばミュラーも気を置く必要もないだろうというラインハルトやエリザベートの友人であるヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの考えがあった故だろう。
 それと共に、エリザベートも二週間ほどの休暇が与えられた。
 ちょうどウィンボドナにある大学の教授に会いに行きたいなと思っていたので、またとない休暇だった。
 ヴァナディースも、ちょうどメンテナンスの期間に入ることになったのでエリザベートはホーエンツォレルン家の艦でウィンボドナに降り立った。
「――ああ、やっぱりウィンボドナは楽園ね」
 ダイヤモンド以外の宝石が産出され、リゾート施設の集まるエリアは地球時代の大スンダ列島を再現していてオーディンに慣れた者からしたら異世界に来たように感じるであろう惑星。
 ……そのため、金持ちな一方食料自給率は少し低いという現実もあるが……それはさておき。
「ミュラー!」
 エリザベートは夕方に到着してすぐにミュラーが滞在しているウィンボドナの中でもグレードの高いホーエンツォレルン家経営のホテルに行き、ミュラーと再会した。
「エリーゼ!来てくれたんだね」
「ええ、あなたのエリーゼだもの」
 ミュラーとエリザベートは、安心したように抱擁する。
「ああ……幸せだ……僕はなんて幸せ者なんだろう。こうしてエリーゼの温もりを感じられるなんて」
「ミュラー…………」
 エリザベートは、そっと目を伏せる。
「そうだエリーゼ……もう夕食は食べた?」
「いいえ、まだよ」
「じゃあ一緒に食べよう?エリーゼが食べたいものを食べたい」
「でも、特に考えていなかったわ……」
「だったら街を歩きながら考える?」
「ミュラーがそれでいいなら……」
「むしろ大歓迎!エリーゼと歩くのは楽しいから、行こう!」
 ミュラーはエリザベートの手を取ってホテルを出た。
 街には地球時代の各国の料理の店が並んでいる。
 帝国内で、このように多種多様な文化が残っているのはウィンボドナしかなかった。
 ホーエンツォレルン・カンパニー調理研究部の学術研究としてフェザーンに行った時に反乱軍――自由惑星同盟――の学者と話したことがあるが、なるほどさすが民主主義の国だなと食生活を聞いて感心したものだった。
「ミュラーのお気に入りのお店はあるの?」
 しばらく歩いて、エリザベートはミュラーに問いかける。
「――僕はここ、ここが今お気に入りなんだ」
 ミュラーが前に立った料理店は、地球時代のイタリア料理の店だった。
「……分かるわ……私も、調理研究部でレーション開発をする時にすごく参考にした料理の国だし、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロ、ミケランジェロなどの素晴らしい芸術を生み出したのはイタリア……古代ギリシアをヨーロッパ芸術の原点とするならば、ルネサンスの時代はその爛熟期ね。ルネサンスの芸術はその後のヨーロッパ芸術にも……」
と、どんどん続けていきそうなのをエリザベートは慌てて止める。
「ごめんなさいミュラー……お話でお腹は膨れないのに」
「エリーゼ、そんなの気にしなくていいよ。エリーゼの話ならいくら聞いても飽きないし」
 ミュラーがそう言った直後、ぐうとミュラーのお腹が鳴った。
「――そうは言えども、やっぱり体は素直だからありがたい限りね。入りましょう、きっとお酒を飲みながらの方がお話も弾むわ」
 エリザベートは優しく微笑んで店に入る。
「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」
 店員に案内された席に、二人は座った。
「メニューはこちらになります。お決まりになられましたらまたお声がけ下さい」
「ありがとう」
 店員が去ったあと、エリザベートとミュラーはじっとメニューを見る。
「まずはミュラーのおすすめ、聞こうかしら」
「僕はこのアロスティチーニと、ラグーソースのパスタが好き」
「美味しそうね……ううん、でも私このクアトロフォルマッジ……ピッツァがすごく気になるの」
「ピッツァか、確かにピッツァもたくさん種類あるし僕は上から順番に食べてるから全部は食べてないな……」
「今回はせっかくだしピッツァにするわ!美味しかったら休暇中、ずっとここに来てしまいそう……」
「エリーゼとなら毎日でもいいよ」
「私もミュラーとならいいわ」
 そう言ってお互い笑い合う。
 恋人達のディナーは、ドルチェのティラミスを完食するまで続いた……。

――そして夜……。
 エリザベートはシャワーを浴びた後にミュラーの部屋に行った。
 なんとなく、そうしなくてはいけないような気がして。
「ミュラー……」
「エリーゼ……寒くない?早くおいで」
 ミュラーはエリザベートを優しく部屋に招く。
「コーヒーか紅茶……いや、寝る前にカフェインはだめだよね……」
「気遣いしなくてもいいわ……私が勝手に部屋に押し入っているもの」
 エリザベートはバスローブを脱いでキャミソール姿になる。
「エ、エリーゼ…………!?」
「もう夜も遅いでしょう、明日に備えて寝ないと……明日はウィンボドナ大学の教授にお会いするの、地球時代のヨーロッパ文学の権威で」
「すごいね……さすがエリーゼだ」
「小さい頃私に『イーリアス』と『オデュッセイア』を教えた先生よ。とっても素敵な先生だから、明日ミュラーも予定がなかったら一緒に行きましょう?」
「いいのかな、僕が行っても」
「先生は優しい方だし大丈夫、先にメッセージだけ入れておくわ」
 画面を出して数行の文章を入力し、エリザベートは送信する。
「これでよし……と」
「エリーゼ……」
 その背中を、ミュラーは抱き締めた。
「どうしたのミュラー?」
「ごめん、少しこうしてていいかな……ごめん」
 ミュラー……と言いかけた口の形を、エリザベートは閉じた。
――何も言わない方が、いい時もあるわ。
 その日の夜は、そのまま二人でベッドで身を寄せ合って眠りについたのだった……。

――翌朝。
 エリザベートに連れられて、ミュラーはウィンボドナ大学のキャンパスに来ていた。
「士官学校とは、全然違うな……」
「一緒だったらむしろ心配よ……」
 道理である、と納得したミュラーはエリザベートの背を追う。
 文学部の看板の棟につくとエリザベートは身分証明書を警備員に出したので、ミュラーも慌てて身分証明書を出す。
「ホーエンツォレルン様とミュラー様ですね。ヘルムート・リープクネヒト教授がお待ちです」
「ありがとうございます」
 エリザベートは、優しく微笑んでから入館許可証を受け取る。
「こっちよ、ミュラー」
 エリザベートの声を聞きながら、ミュラーはたくさんの短編小説が貼られている掲示板を見て活字を追う。
 ローエングラム侯による検閲の撤廃により、言論の自由が許された。
 ミュラーには最初その恩恵が分かりかねたが、エリザベートが「これはとても大きなことなのよ」と言っていたので前進であると捉えた。
 なるほど、このように自由に発想を羽ばたかせるのは素晴らしいことに違いない。
 メックリンガーの艦隊紋がペンである理由は、『ペンは剣よりも強し』の格言から来ているのだという。
「お久しぶりです、リープクネヒト教授」
「フロイライン・ホーエンツォレルン、ヘル・ミュラー、ようこそお越しくださいました」
 リープクネヒト教授は、どこかの映画に出ていそうなくらいに趣のある顔立ちをした壮年の男性だった。
 それは軍人とは違う風格を宿しているとも言えよう。
「こちらこそ、突然で申し訳ありません」
「いいえ、ヘル・ミュラーの話はよくフロイライン・ホーエンツォレルンから聞いていましたから。とても優秀な同期の方だと」
 改めて他人の口からエリザベートによる自分への評価を聞くと、なんだか面映くなってしまう。
「そんな……ことはないです」
「謙虚は美徳ではありますが、過ぎるのもよくない……とはいえ、私はその道を説く者ではありません故……。お話を変えましょう。フロイライン・ホーエンツォレルン、ヘル・ミュラー……今日はダンテ・アリギエーリのお話でも」
 この日、リープクネヒト教授にダンテの講義を受けた後に偶然美術史のアルベルト・シュナウザー教授がリープクネヒト教授の部屋に来訪し、「よかったら二人共、このまま講義を受けないか」と言われたのでエリザベートとミュラーは誘われるまま学生たちと混じってルネサンス期の美術について学ぶことになったのだった……。


「楽しかったわね……!」
 今日も今日とて夕食はお気に入りの地球時代のイタリア料理店で取っていた。
「それはきっと、リープクネヒト教授とシュナウザー教授が教え上手だからだと思うよ」
 ワインを飲みながら、ミュラーは思い返す。
――まぁ、僕はほとんどエリーゼしか印象にないけど……。
 作戦行動の時や、他の提督の前で言葉を交わすエリザベートとは違い、知識人を敬い、また人類の叡智に目を輝かせる姿を見てミュラーは何度目かの一目惚れをしてしまった。
「それもあるでしょうね、学生たちも生き生きしていたわ」
 それは多分、めったにいない美人のエリーゼがいたからだと思うよ……とは言わない。
 この銀河帝国は、決して教育の面では進んでいるとは言い難い。
 エリザベートがローエングラム侯に働きかけて男女同等の義務教育の整備や高等教育機関の女子入学を実現させようとしたことは記憶に新しい。
 「教育は全人類に与えられた天賦の権利である」と、地球時代の数々の例を取り上げてローエングラム侯を説得していた。
 それを聞いていたローエングラム侯、オーベルシュタイン、フロイライン・マリーンドルフは尋常でないエリザベートの熱量に、早急の実現を決めたという。
 それは今すぐには変わらないかもしれないけど、私が軍を辞める頃には変わっているはずよとミュラーに言ったエリザベートの顔は忘れない。
 それに彼女は戦死者遺族の支援もホーエンツォレルン・カンパニーを通じて行っている。
 軍人にしておくには惜しい人なのではないかとすら思えてくる。
 でも、士官学校入学の道をエリザベートが選ばなければ自分と彼女は出会っていなかった。
 そして、自分の恋人にはなってくれなかったかもしれない。
「エリーゼ…………」
「どうしたのミュラー?」
「僕、やっぱりエリーゼが好きだよ……大好き」
「ありがとうミュラー、私もミュラーが好きよ」
「今夜も僕の部屋に来てくれる?」
「あなたが嫌でなければ」
 嫌なことあるもんか、とミュラーは優しく微笑んだ。
 その夜、エリザベートは兄のルートヴィヒから届いていたらしいネグリジェを着てきた。
「あと、兄上からミュラーにこれをと」
 ミュラーはルートヴィヒからの手紙を受け取ってすぐに内容を確認した。
――どんな場合であっても妹を泣かせたら殺す。
 このタイミングで渡してきたということは、それは多分初夜の時含めてであるということだろうとミュラーは察する。
 もちろん、ミュラーとてエリザベートの合意がなければ抱くつもりは一切ない。
 エリザベートは大切な人だ、自分の欲望のまま抱いて傷付けるようなことはしたくない。
 だから、エリザベートが求めてくるまでは……。
「ミュラー……」
 いや……無理かもしれない……。
「エリーゼ……」
 ミュラーはエリザベートを抱き締めた。
 軍服の時よりも、普段着のスーツの時よりも、ずっとずっとハッキリ体の線が分かる服……。
――エリーゼ……僕、エリーゼが欲しいよ……。エリーゼの全部を知りたい……エリーゼ……。
「ミュラー……あのね……」
 恐る恐る、エリザベートが言葉を紡いだのでミュラーは腕に力が入ってしまう。
「私、ミュラーと……ミュラーに……“初めて”……もらって欲しいなって……」
「……僕でいいの?」
「ミュラーじゃなきゃ、嫌よ」
「エリーゼ……」
 ミュラーとエリザベートは、その先をお互い言わせまいと口付けした。
「ごめん……僕も、初めてだから……どうしたらいいか……」
「そ、そうよね……ええと、どうしたら……」
 お互いまごついていたら、ルートヴィヒの手紙より突然画面が立ち上がった。
 そこには、“そういうこと”の最初から最後までが事細かに書かれていた。
「え……ええ……」
 エリザベートが兄の行動に驚いていると、今度は一つ一つ図付きで解説され始めた。
「エリーゼ……」
「ごめんなさい!私の兄が余計なお世話を……」
 慌てて閉じようとするが、ミュラーに止められた。
「……でも、何も分からずにエリーゼに怖い思いはさせたくないしな……これがエリーゼに見えないようにはするから、僕の参考にさせて」
 ミュラーはエリザベートの視線の外に画面を追いやってから口付ける。
「ミュラー……」
「エリーゼ……かわいい……」
 少し唇を離した後、ミュラーは舌でエリザベートの唇に触れる。
「ん……」
 エリザベートが少し唇を開けると、ミュラーはそのままゆっくりと舌をエリザベートの口に入れてくる。
――このキスなら映画で見たことあるわ。
 目を伏せたエリザベートは、恐る恐るミュラーの舌と自分の舌を絡めた。
「あっ……」
 優しくミュラーのベッドに寝かされたエリザベートは、そのままミュラーの背に手を伸ばす。
――ミュラー……。
 いつものキスよりも、もっと深い恋人のキス。
 この先、自分はミュラーと……と思うと腹の奥がなんだかくすぐったい。
 それに、なんだかぼんやりして……。
 そのぼんやりしている内に、エリザベートのネグリジェはミュラーに脱がされてしまった。
――う……エリーゼ……綺麗すぎる……。
 初めて愛しい人の肌を見たミュラーは、そっとエリザベートの心臓の上に手を置いた。
――あぁ、エリーゼは生きてる……。
 愛しい人の鼓動を感じ、ミュラーは息を吐く。
「ミュラー……」
 エリザベートも、ミュラーの肌に寄って鼓動を感じる。
 お互い、生きてこうして肌を寄せられていることに幸福を感じた。
 数分程お互い目を伏せてそうした後、ミュラーは再び深いキスをエリザベートとした。
 そして今度は、快感でふるりと震えるエリザベートの胸を大きな手で包み込む。
「あ……」
「エリーゼのおっぱい……ふにふにだね」
「そ、そう……?ミュラーが喜んでくれるならいいのだけど……」
「ずっと触りたくなるおっぱいだ」
「なんだか恥ずかしいわ……」
「どうして?僕は嬉しくて仕方ないよ、僕のエリーゼがこんなに魅力的な体をしているんだから」
 ミュラーは、そのまま優しくエリザベートの胸を撫でたり持ち上げたりと愛撫する。
 その指がちょうど胸の気持ちいい所に当たるのか、エリザベートは心地よさにため息をつく。
「ミュラー……」
「エリーゼ、かわいい……」
 ミュラーはエリザベートとキスをする。
 その間もずっと胸を触って、時々ミュラーの着ているバスローブとエリザベートの胸の飾りが擦れて少しもどかしくなる。
「ん……」
「あ……ごめん……」
 察したミュラーはスッとバスローブを脱ぐ。
 それと共に、自然とエリザベートの手はミュラーの心持ち下がった左肩に添えられた。
「エリーゼ」
「……ごめんなさい……でも」
 まだお互い中尉の時、ミュラーはエリザベートを庇って左肩に重傷を負ってしまった。
 そしてそれが運悪く後見人であるメルカッツ提督のみならず、『宇宙(そら)にて美しく咲き誇るが良い』と許しを得て寵姫にならぬことを認めたが暗黙の了解で危険な任務を許可しないとしていた皇帝・フリードリヒ四世の耳にも入り、すぐさまエリザベートはイゼルローン要塞の補給物資運送部隊に配属され、ミュラーは療養後フェザーンへと配属されて危険な任務からはしばらく遠ざけられた。
 そして、ラインハルトの元帥就任の式典まで二人は会うことはなかったのである。
 だから、久しぶりに会った時エリザベートはまずミュラーの肩を見ていたのであった。
――エリーゼが無事ならよかった。
 しかし、それがきっかけで二人は数年顔を合わせることはなかったのである。
 再会した時、ミュラーは中将、そしてエリザベートは大佐になっていた。
 双方己自身の軍歴に後悔はしていないが、ミュラーはもしあのままエリザベートと歩めていたら彼女も同じ位階で……リップシュタットの時も共に戦えていたかもしれない……と、何度か思ったことがある。
――それに『シシィ』なんて。
 メルカッツ提督下でよく行動をともにしていたというファーレンハイト提督に対し、エリザベートはプライベートの時にメルカッツ提督が呼んでいた『シシィ』の呼び方をファーレンハイトにも許していた。
 それが少し、悔しかった。
 そして、自分とエリザベートの離れていた年月を思い知らされた。
 一体何年、自分はエリザベートに関わってきていた男たちに嫉妬し続けたのだろう。
 それに、何度エリザベートを想って自らを慰めたか……。
「これはミュラーと私を繋ぐものだから」
 そう潤んだ瞳で言われると、ミュラーは色々吹っ飛びそうになってしまう。
「無自覚なのも罪だよ……」
「………?」
「もっと気持ちよくなって」
 ミュラーはエリザベートの首筋をフェザータッチしながら唇の先で胸の飾りを擽る。
「あっ……」
――ごめんエリーゼ……。
 本当はもっと焦らしたかったが、ミュラーは誘惑に抗えず硬くなり始めた胸の飾りを口に含んだ。
「ミュラーっ……!」
――かわいい、かわいいかわいい、かわいい………!!
 エリザベートの初々しい反応が堪らず、ミュラーは両手で胸を触りながら左胸の飾りを必死に舐る。
 誰にも肌を許さなかったエリザベートの肌を、自分が暴いている。
 その優越感は何にも勝った。
「エリーゼっ……」
 ミュラーは胸の飾りを甘噛しながら腹や腰や太腿に優しく触れて、エリザベートの感覚を高める。
――そろそろいいかな……。
 ミュラーはエリザベートの秘められた場所に手を伸ばした。
「…………っつ!!」
「エリーゼ……いつもかわいい下着だよね」
「だってその方が気分も上がるでしょう……?」
「うん、僕もこんなかわいい下着好きだから嬉しい」
――それを脱がせるのが好きなのかもだけど。
 ミュラーは下着の上から手を這わせ、その下着が少し湿っているのに気付く。
「よかった……気持ちよくなってくれてたんだね」
「ええ……心地よくて……なんだかふわふわするの……」
「そうなんだ……気持ちいいんだね」
 ミュラーは、エリザベートとキスをしながら下着に手を入れて少し硬い場所をそっと撫でる。
「……っあ……!」
「痛くない?大丈夫?」
「え、ええ……大丈夫よ」
 エリザベートはミュラーが充分過ぎるほど気遣ってくれているのを分かっていた。
 その思い遣りが嬉しくて、エリザベートはミュラーがもっともっと好きになる。
「ごめん、かわいい下着なのに傷んじゃうよね……脱がせてもいい?」
 首肯で応えたのを確認すると、ミュラーはエリザベートの下着を丁寧に脱がせる。
「ん……」
 それと共に、ミュラーはエリザベートの太腿を撫でながら濡れた花園へと視線を向けた。
「あっ……」
 エリザベートは思わずミュラーから視線を逸す。
「ごめんね、エリーゼ……痛かったら、すぐ言ってね」
 ミュラーは濡れた花園に舌を這わせた。
「きゃっ……」
 画面にあったように、少し芯を持った場所から控えめな襞を辿って蜜壺の入口にかけてを、丹念になぞる。
 エリザベートの切ない声が、ミュラーの理性を蕩かしてゆく。
――エリーゼの中、柔らかそう。
 ミュラーは、恐る恐る蜜壺の中へと指を一本差し入れた。
「んんっ……」
 蜜壺の中に入れる生理用品を使っているから異物が入ること事態は初めてではないものの、それでもやっぱり体温のある指が入る感覚は全然違った。
 それに、ミュラーの手は大きいから指の一本でも普通の生理用品よりかは太い……。
「エリーゼ……」
「ミュ、ラー……?」
「エリーゼの中、温かいね……」
「そ、う……?あまり慣れていなくてごめんなさい」
「これからゆっくり動かしていくけど、我慢しないでいいからね」
 ミュラーはエリザベートの膝にキスをして深呼吸くらいの速さで蜜壺の中の指を出し入れする。
 その間も、適宜胸と芯を刺激し続けて快感を与えるのを忘れない。
「ああっ……!ああっ……!!」
 大好きなミュラーに自分の体の全てを見せていて、ミュラーは欲情した顔をしていて、エリザベートの体の奥が疼いた。
「ミュラー……っ!」
「エリーゼ……?」
「ミュラーも、気持ちよくなって……?」
「……っつ!!」
 ミュラーは、思わず手で口元を覆った。
「ミュラー……」
「わかった……ひとつになろう、エリーゼ」
 覚悟を決めたようにエリザベートに覆い被さったミュラーは、下着をずらして張り詰めていた自身の熱とエリザベートの濡れた花園を擦り合わせる。
「ああっ……」
 ミュラーとエリザベートの声が重なった。
「いい……?エリーゼ……深呼吸してね……」
「うん……」
 ミュラーは、エリザベートにキスをしてから蜜壺の中へとゆっくり熱を沈めていく。
「やっ……ああっ……!!」
 指よりももっと太いミュラーの熱が蜜壺を押し拡げてエリザベートの奥へ奥へと入っていく。
 異物感や痛みはあるものの、それよりもミュラーが自分の中にいてくれることの喜びの方が大きかった。
「んっ……全部入ったよ……エリーゼっ……!中……すごいっ……うねってるっ……!」
「だって、ミュラーがビクビクゥって……!」
「エリーゼの中が、気持ちいいからっ……!!」
 ミュラーは、想像以上の快感に最後の理性を渡してしまいそうだった。
「ミュラぁっ……!」
「エリーゼ……!!……ごめん!ごめんっ……!!」
 その体の奥から湧き出てくる衝動に抗いきれず、ミュラーはエリザベートの蜜壺で快楽を得ようと腰を持って動き始める。
「あっあっ……!ミュラーっ……!」
「気持ちいいっ……!エリーゼっ……!気持ちいいっ……!」
 息をするのに必死で、エリザベートはくぐもった声しか出せない。
 しかし胸の刺激とミュラーが感じている声だけで自分も快感を得てしまい、身を震わせて何度か頭が真っ白になってしまう。
「ううっ……!!エリーゼ……好き……!エリーゼっ……イク……!あっ、ああっ……!」
 ビクッ!と一際身を震わせたミュラーがエリザベートをキツく抱き締めて、中で熱を開放する。
「ああっ……ミュラー……っ……!」
 エリザベートはまた息苦しくなって頭が真っ白になる。
 しばらくそのまま、二人で抱き合っていた。
 そして、ようやく落ち着いたらキスを交わす。
「エリーゼ……愛してる……好き……大好き……」
「ええ……私もよ、ミュラー……」
「ずっと傍に居てくれる?」
「もちろん……私の命が尽きるまで」
「嬉しい……ありがとうエリーゼ……」
 この後も、お互い大好き、愛してると繰り返しながらシャワーを浴びたりお茶を飲んだりしたあとに眠りについたのだった……。

――翌朝。
 一緒にホテル近くのカフェで朝食を取っていると、
「おはようございます、閣下。ホーエンツォレルン提督」
昨夜、ウィンボドナへ到着したというミュラーの副官・オルラウが挨拶に来てくれた。
「おはようございます、オルラウ准将」
「息災だったかオルラウ?」
「ありがとうございます、先に療養を終えさせて頂いておりました」
「ミュラーと近い惑星で療養していただいてよかった、私やミュラーには貴方やシェレンベルクのような方が必要なので」
 物怖じせずに意見してくださる副官が、とエリザベートが言った瞬間、
「あっ!ホーエンツォレルン中将だ!」
昨日の講義にいたらしいウィンボドナ大生たちがエリザベートに声をかけた。
「あなた方は……昨日の」
「覚えていてくださったんですか!?」
「少しだけ……」
「ホーエンツォレルン中将は本日何かご予定はあるのですか?なかったら僕たちとウィンボドナ美術館に……」
と、言いかけたところで、学生たちはミュラーがものすごい殺気を向けていたのに気付いて後退る。
 それに気付いて、
「ごめんなさい、今日はナイトハルト・ミュラー大将と一日作戦会議なの」
と、エリザベートは差し障りない答えで誘いを断った。
「それは……失礼しました!」
 学生たちは、逃げるように去っていった。
「……学生相手に殺気を向けないの」
「でもエリーゼ、ああいう男は下心があるんだよ。悪いけど、僕は嫉妬深いからね」
「そんなことしなくても、私はミュラーにしか興味ないわ」
「ちょっとエリーゼ……!オルラウがいるのに!」
「小官、お邪魔なようなので失礼します」
「えっ、そんなことないって!」
「よかったですね閣下……長年の片思いが叶われて……おめでとうございます」
 ずっと「エリーゼはかわいい」などの拗らせたミュラーの言葉を聞いてきたオルラウにとっては、ようやくそれも開放されると思っての心からの祝辞だった。
「まぁミュラー……あなたオルラウに見破られていたの?」
「えっ、いや、その、エリーゼ……」
 ミュラーは、あまりの恥ずかしさに顔を覆ってしまった。
 しかし、その翌日に今度はシェレンベルクにミュラーへの想いがバレバレだったことを話されエリザベートが顔を覆う番だった。
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