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SSのログ

「ホーエンツォレルン中将は、私服はどうなさっているのだ?」
「あら、ビッテンフェルト上級大将はそのようなことが気になるんですか?」
ラインハルト元帥府の上級大将たちから歓迎会のお誘いを受けたエリザベートとファーレンハイトは、その誘いを受けることにした。
どうやら上級大将たちは、帝国史上初の女性士官であるエリザベートともっと話をしてみたいようだった。
「まぁ……そう言われたら……そうなります」
「閣下たちと同じくスーツな日もあれば、貴族の婦人の方々と同じ格好もいたしますよ。後者は、本当に稀な場合でございますが」
「稀?稀とはどのようなケースで?」
しれっとエリザベートの隣に座っているロイエンタールが、エリザベートのグラスに酒を注ぎながら尋ねる。
「そうですね……」
エリザベートは、そこから滾々と考え始めた。
そして数十秒後、彼女の頬は薔薇色に染まる。
――あー、これは…………。
ロイエンタールは、全てを察した。
「ホーエンツォレルン中将は、母上や兄上に会われる時にはスーツでは会わない」
なぜファーレンハイトが答える?という疑問は、ファーレンハイトとエリザベートが士官学校時代の先輩・後輩という立場のみで解消されてしまった。
「それは身内のことをお聞きして申し訳なかった」
ビッテンフェルトは、エリザベートに謝罪する。
「あ……いえ、そんな……お気になさらず」
「そういえば、ホーエンツォレルン中将はかつて先代の皇帝から後宮入りの御召があったとお聞きしておりますが……」
ミッターマイヤーが、遠慮がちに言葉を発した。
「ええ、確かに皇帝陛下はそのように仰せになられましたが……ベーネミュンデ侯爵夫人に阻止されて叶いませんでしたの。……と、説明はしていますが実際のところ陛下と直接お話をして『戦って、武功を立てることで陛下の御役に立ちたい』とハッキリ申し上げました。その時の驚いた陛下のお顔は忘れもしません、それに……」
――あの方は、実のところ確かに暗君ではあるが人を見抜くお力はあったのではないか?
ラインハルトの元帥府の下に集まる皆は、とてもエリザベートの言葉を信じる訳がないと思い、言葉を続けるのを辞めた。
そうでなければ、士官学校にいた士官候補生という身分、そして自分の言葉などの全てを権力という皇帝の持ちうる武器により破壊して、エリザベートを自身の下に跪かせただろう。
――それか、幼き頃の『あの話』を三長官の誰かが皇帝に話していたか……。
父やメルカッツ提督と共に戦艦に乗り、すぐそばで指揮を学んで突拍子もない策で何度か勝利に貢献したことを。
いずれにせよ、フリードリヒ四世は自分を後宮に召出すのを諦めた。
それが、結果的にラインハルトより姉のアンネローゼを奪ってしまうことになってしまったのかもしれないが……それは、考え過ぎだと思いたい自分がいた。
「それに、その頃はもう士官候補生でしたから」
と、適当だと思われるような理由を挙げて締めくくった。
「そうでしたか、ホーエンツォレルン中将はなかなか数奇な運命をお持ちの方ですね」
ミッターマイヤーはエリザベートに屈託のない笑顔を見せる。
「私が軍人になろうとしたのは、父やメルカッツ提督をずっと身近で見ていたからでしょう。そうでなかったら、おそらくそこらの貴族令嬢とあまり変わらなかったかと」
「それはそれで、男性の引く手数多でしょうな」
「そうでしょうか……自分から見たら、あまりそう美人ではないと思うのですが」
メックリンガーの言葉に、彼女は困ったように笑う。
――この方は、自らの美しさが人を狂わせていくのを知らない女性だな……。
そして、それに嵌った男は……身を滅ぼされてもいいと思うまでに生涯を狂わせていく。
今のところ、この中で狂わされているのはファーレンハイトのみだと見受けられるが……。
――彼女を害する者が現れた場合、注意しなければならないのだろう…………。
それは、ひいてはラインハルトに楯突く者となるかもしれないから。
「そんな、謙遜なさらずとも。あなたは充分にお美しいですよ」
「ロイエンタール上級大将に言われたら、なんだか本当だと思ってしまいそうです……。あなたのその美辞麗句を心待ちにしている女性たちは、私の他に数多いるでしょうに」
その言葉を聞いたビッテンフェルトはゼーアドラーのフロアを一通り見てから、
「そうか?男も女も皆ホーエンツォレルン中将に見惚れているように思うが」
と、遠慮なく発言した。
「……物珍しさからだろうさ」
ファーレンハイトが少し不機嫌そうな声を発する。
「閣下、どうか機嫌を損ねられないで。皆様、私のことが気になって仕方ないのですから」
エリザベートは、ファーレンハイトの背を慣れた手つきで擦る。
その様子を見て、ようやっと恋の機敏に疎いミッターマイヤーやビッテンフェルトも全てを察した。
そしてキルヒアイスを援護しようとして自らの簪をアンスバッハの頸動脈すれすれに突き刺したにも関わらず、助からなかったキルヒアイスの前で呆然とするエリザベートを抱き締めたファーレンハイトの行動も総合して、ファーレンハイトとエリザベートの間には何者にも入れない関係があるのだと理解する。
――ファーレンハイト、お前は相当な人物に惚れ込んでるな…………。
「だが、卿が好奇の目に晒されるのは軍人としてどうかと思う……」
「もう慣れていますから……私は平気です」
「いいや、だめだ。亡きフレーゲル殿のように君に手を出しかねない男もいるかもなのだぞ」
「あの方は、私、平手で追い返しましたから……」
ガイエスブルクで、そんな面白いことがあったのかと上級大将たちはエリザベートとファーレンハイトの会話に耳を傾ける。
「それでも、あの時たまたま何人かの目撃者がいたから助かったのであって……力ずくで押さえ込まれていたかもしれないんだぞ」
「私、そんなミスは致しません!」
エリザベートは、プイッとファーレンハイトから顔を背けてワインを飲む。
「ですが男と女ではやはり決定的な体力差があるのですよ…………フロイライン」
エリザベートのワイングラスを取り上げたロイエンタールは、彼女の手首を握った。
「閣下?」
彼女は、ロイエンタールの手から逃れようと思ったが強く握りこまれてそれができない。
「どうしました?」
「あの…………手が…………」
「手が?」
「……申し訳ありません、手をお離しいただけませんか」
エリザベートが自身の発言の軽さを認めると、ロイエンタールはゆったりと笑って手を話した。
「これは失礼致しました、フロイライン。ですが、くれぐれもありとあらゆる男性には注意なさいますよう……でないと、後ろにいるあなたの恋人の心臓がいくつあっても足りないでしょうから」
ロイエンタールに言われた恋人、という響きを唇で繰り返すと、途端にエリザベートの顔が紅潮する。
「そんな……そんなこと、仰らないで……」
恥ずかしそうに薔薇色に染めた頬を手で包むその姿を見て、やはり勇猛果敢な軍人といえども根は貴族令嬢なのだなぁ……と、上級大将たちは微笑ましいようにも思う。
「あまりホーエンツォレルン中将をからかわないでいただきたい」
見かねたファーレンハイトは、エリザベートの肩を持った。
「あ、あ……閣下、お許しになって……」
ますます恥ずかしくなったエリザベートは、ファーレンハイトの懐に顔を埋める。
「ファーレンハイト、お前それ見せつけてるのか?」
ミッターマイヤーが、呆れつつもファーレンハイトを嗜めた。
「……なっ……そんなつもりは……!!」
明らかにファーレンハイトは動揺している。
「なぁ、こんなこと聞いて野暮かもしれねぇけどよ……お前ら、付き合ってどれくらいなんだ?」
ウイスキーを飲んだビッテンフェルトが、その酒の勢いのままファーレンハイトに聞く。
「付き合って……どれくらい……だと……?」
「そ、恋人と名乗れる関係になってどのくらいかってことだ」
「……そうだな……二週間……程だろうか?」
二週間、と言われて他の上級大将たちはこの二週間に思いを馳せる。
――その頃は、ちょうどオーディンを制圧した頃ではなかったか……。
つまりガイエスブルクであのような行動をした時には『恋人』ではなかったという。
もしや、あの時から彼らは更に距離を縮めたのではないかと推測する。
エリザベートの師匠でもあるメルカッツ提督が生死不明になり、またラインハルトによって門閥貴族たちの選民思想から開放された二人には、もう何も阻む者はいなかったはずだ。
そうして、晴れて『恋人』になったのだろう。
孤高の騎士は、ようやく守るべき姫を見つけたのだ。
それは、祝福すべきことである。
「それはそれは、これからたくさんの経験をするでしょうな」
「ですが閣下、世には『Amantes amentes.』という格言もございます」
メックリンガーの言葉に、ようやく顔を上げたエリザベートはラテン語の格言を以て受け答えする。
「そうなるかは、あなたとファーレンハイト提督次第ですよ。恋人ながらも、あなたたちはきっと軍務を全うできるでしょう」
「閣下がそうおっしゃるなら、なんだか頑張れそうな気がしてきました」
エリザベートは誰もを虜にする華のような笑顔を見せた。
「さて、そろそろ我々はお暇しようか。ホーエンツォレルン中将」
「そ……そうですね、閣下。あまり遅いと、明日に響きますからね……。では皆様、本日はありがとうございました。またお誘いくださいませ」
エリザベートは、優雅に一礼する。
「美しいあなたとなら、いつでも大歓迎しますよ」
彼女の手を取って、ロイエンタールは口付けた。
それを、慣れた様子でエリザベートは受け取る。
エリザベートとファーレンハイトは、そのままゼーアドラーを出ていった。
「……なんというか、ファーレンハイトは意外とやるやつだな」
ミッターマイヤーは、ふぅ……と一息ついた。
「メックリンガー、『Amantes amentes.』とはどういう意味だ?」
「『愛する者に正気なし』というラテン語の格言ですよ」
「恋は盲目……みたいなもんか?」
「そうとも取れますね、ですが……二人の愛は、あらゆる障壁を乗り越える……とも捉えることができます」
なるほど、とビッテンフェルトは納得する。
「『Amantes amentes.』……あの二人には、ピッタリの言葉かもしれないな」
去り際に見た二人の信頼と愛に満ちた表情を見て、ロイエンタールは確かにその言葉の示すものを感じたのだった。
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