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SSのログ

――シシィを頼んだ、メルカッツ。
窮地に陥った自艦隊を少しでも多く逃がそうとしている「蘭陵王」と呼ばれた彼の最後の顔は、その名の通り仮面を着けていたものだった。
戦友・マクシミリアンに「我がバルドルに来い」と言われたメルカッツは、マクシミリアンに頼まれて艦橋で嫌だ自分も父と共に敗戦の責を取ってヴァルハラに行くと泣き叫ぶエリザベートを抱えてバルドルから脱出した。
そして戦後オーディンに戻ったエリザベートは、何も口にせず、執事のティルピッツすらも音を上げそうなほど廃人同然となっていた……。


――男だったら、きっとこの子は私や君以上に軍や貴族に嫌われていただろうね。
だからといって女に産まれたことを簡単に喜んでやることもできないけど、と艦橋で仮眠しているエリザベートを見てマクシミリアンはメルカッツに話していた。
エリザベートが父と幼いながらも戦場にて時間を共にし始めた頃から、マクシミリアンはそのおどろおどろしい古代文明の仮面を外した。
メルカッツが理由を聞くと「シシィが『怖い』ってさ」と、兵たちに「畏怖」を抱かせるためにしていた仮面を娘の一言であっさり外したマクシミリアンに呆れたのは今でも覚えている。
しかしその美しい親子は、華やかに勝利を重ねていった。
そしてそれと共に、門閥貴族達は更にマクシミリアンとエリザベートを憎むようになっていった。
聡い親子が、それに気付かないはずはなかった。
しかし、それよりも親子は将兵たちと戦場を共にすることを望んだ。
それに、どこか彼らは思っていたのだろう。
――反乱軍に勝利し続ける間は、軍は我々を殺させない。
そう、実際「軍」は親子を殺さなかった。
殺したのは「門閥貴族」だった。
自分たちの兵力を使い、彼らは反乱軍との戦いにおいて混戦状態に持ち込ませマクシミリアンの艦隊ごと攻撃したのだ。
特にマクシミリアンの旗艦・バルドルは執拗に狙われた。
それは、確実に殺すという意志のこもったものだった。
マクシミリアンは、そこでようやく悟ったのだろう。
――俺は退場しろということか。
「いいか!このまま反乱軍を突っ切って双方のアウトレンジに離脱して……」
兵たちに指示を出していたエリザベートを、マクシミリアンは抱き締めた。
「シシィ、お前は美しくなったな」
「い、今はそんな状況ではありません父上」
「そうだな、私は少し思考に入る。このままシシィは先程と同じ戦い方で進め、進み続けろ!」
「御意!父上!」
エリザベートは、再び兵たちに司令を出し始めた。
マクシミリアンは、それを見つつメルカッツに連絡を取った。
『マックス、大丈夫か!?』
「いや……正直なところ、だめだな。だが、せめて、父親としてシシィだけは逃してやりたい……我がバルドルに来れるか?……いや、来い」
『分かった……40分ほどあればなんとかなりそうだが、どうだ?』
「それくらいなら、シシィが持たせてくれる」
『マックス、死に急ぐなよ。皆、マクシミリアン大将の応援に行くのだ!』
通信を切った後、マクシミリアンはため息をついた。
――メルカッツが来る前にバルドルが沈むなら、それまで。
父親としてエリザベートに生きていて欲しいと思う反面、自分と同じように「門閥貴族」に利用されるならいっそ……。
いや、もしかしたらあの皇帝の寵姫として請われるかもしれない。
ベーネミュンデ伯爵夫人シュザンナのように、「誰か」に流産させられてしまうかもしれない。
男の美しさより、女の美しさの方が人を狂わせるというのは、有史以来の理である。
マクシミリアンの頭に様々なエリザベートの将来が過り、心に影が差す。
いやでも、しかしと考えが纏まらない中、
「――そのまま敵の背後に回れ!」
と、涼やかな声がマクシミリアンの頭に響いた。
――ああそうか、やはりエリザベートは私と同じ道を歩むのか。
マクシミリアンは、どこか達観したような笑みを見せた。
――ならば、シシィには何としても生き残ってもらわねばならない。
「よいか、我々は道に迷える子羊達に撤退の道を教えねばならぬのだ。一隻でも多く!一人でも多く!撤退させねばならない!」
マクシミリアンはエリザベートの肩を持って続けて兵を鼓舞する。
「父上…………!」
「共に最後まで戦おう、シシィ」
「御意…………!行きましょう父上!」
マクシミリアンの部隊は、混戦状態から脱した。
そしてそれと共に、メルカッツから通信が入る。
『マックス、今合流する』
「ありがとう、メルカッツ」
「父上はメルカッツ提督をお呼びしてたのですか、さすがです。これで百人力ですね!」
さて、この先我々はどうしようか……とエリザベートが思案に耽る姿を見て、マクシミリアンは我が子の美貌と才をこの目に刻みつけんとする。
――ああ、いつかシシィが幸せになる世界が来たらいいのに。
それはもしかしたらこの世界では叶わぬ夢なのかもしれない、と囁く本能がある。
――だがそれでも、前を見て生きていてくれたら。
この世界にエリザベート・フォン・ホーエンツォレルンありと唱えてくれるなら。
マクシミリアンは思案に耽る彼女の傍に立つ銀髪で金の甲冑を纏った光の神の幻視を見る。
――ヘイムダル…………。
未来が分かる、白いアース…………。
そばに彼がいるなら、彼女の未来は光り輝くだろう。
どうかそうであって欲しい。
「閣下、エリザベート様、メルカッツ提督がお越しです。お通ししますか?」
「拒む必要なんてありません、ね、父上」
「ああそうだな、疾く来るようにと」
マクシミリアンはエリザベートをしっかり抱き締めた。
「父上…………?」
「いやなに、まだシシィは幼年学校を出た程の年というのに立派に指揮官をしているなと感動しているんだ」
「私、父上のお許しがあれば士官学校に行きたく……」
「ああいいとも、お前はお前の好きなように生きたらいい」
――それが私に出せる最後の「許し」。
エリザベートとマクシミリアンは、しばらくそのまま抱き合っていた。
そしてしばらくして、
「マックス!エリザベート!無事か!」
「ようやく来たか、メルカッツ」
メルカッツが、バルドルの艦橋に姿を見せた。
「閣下!」
マクシミリアンの背後から、ひょっこりとエリザベートは姿を見せた。
「無事なようだな……よくあの弾幕を」
「私や父上の力だけではありません、この艦……いえ、我々に従ってくださる全ての兵や艦にいてくれる非戦闘員の方たちのおかげで切り抜けられたというもの。その者たちをどうか最初にお褒めください」
エリザベートは自身を誇る事なく、兵たちこそがすごいと言い切る。
――マクシミリアンと同じことを……。
メルカッツは、父と笑い合うエリザベートを眩しげに見る。
――育て上げれば、きっと名将に……だが……。
それは、本当に彼女にとって最善の幸せなのか。
もっともっと、別の生き方があるのではないかとメルカッツは考える。
だがそれは、門閥貴族の端くれでもある自らのワガママではないのか……。
「シシィ、よく聞くんだ」
「はい、父上」
マクシミリアンは、エリザベートを抱き上げた。
「私が“全て持っていく”から、シシィは私を“超える”んだ」
「父上…………?」
「――シシィを頼んだ、メルカッツ」
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