Fate/The Knight of The Blue Carbuncle~千年古都と幻の聖杯~
――朝。
「――おはよう、マスター」
「うわっ!これはこれで、ものすごく心臓に悪い!!」
目覚め一番、端正な顔のホームズに起こされた自分は一気に意識を覚醒させた。
「おや、なら明日からは起こさないが……」
「いや、起こしていただけると嬉しいです……冬はマジで……」
「――構わないがね」
そう言うと、ホームズは部屋の外に行った。
それを見届けた後に伸びをして、着替えたり授業に必要なものを鞄に入れたりしてから、今日は余裕で家を出る。
「――あ、そうだ……今日の夜はサークルの忘年会だから、夜遅くなりそう」
「そうかい、ならば自分は君が指定する場所で待っているとしよう」
「霊体化していてもいいんだよ?」
するとホームズはあからさまに顔を顰め、
「――いや、にぎにぎしい場所は推理の気が散る」
と即答した。
「ですよねー……」
「授業が終わったら、大学の図書館に来たまえ。今日も調べたいことがあってね、そこにいるよ」
「はーい」
そうして、2人は別々に別れた……。
――夕方。
授業が終わると、自分はホームズを探しに大学の図書館に行く。
すぐに見つかったホームズは自身の得意分野である化学の本を抱えながら、京都の歴史の本が配架されている本のコーナーで落ち込んでいるようだった。
落ち込んでいる、というのは青ガーネットの量がいつもより減っていて勢いがないから……というので判断したので、先程より明らかに顔に出ている訳ではないが。
「あの……セイバー……」
「拷問だ……名探偵に歴史を必要とさせる問題を出すなんて……」
「ああ……歴史にはあんまり興味ない公式設定が……」
「――興味がないんじゃない、必要なかっただけだ」
「歴史なら、多分春水さんのが詳しいよね」
「……」
ホームズは、それを肯定せざるを得ないのを悔しがるように無言になった。
「その本、借りる?二週間くらいだけど……」
「いや、いい。何冊か、もう読んだ……歴史の本も、ね!」
「じゃあ、戻しに行ってから河原町に行こう」
本を元々あった場所に置いて、外に出る。
「すっかり真っ暗だね……」
「まだ17時だろう……?」
「冬至の前は仕方ないって」
冷える前にマフラーを巻いて、大学の最寄りのバス停へ行く。
そうするとちょうどタイミングよく河原町へ行くバスが来たので、それに乗る。
「……人、多くないかい?」
「いや……今日はまだ平日だから、少ない方だよ……てか、霊体化しないで乗ったから、二人分払わないとだね……。……まぁ、回数券なんで、支払いは楽でいいんですけど……」
「すまない、苦学生に申し訳ないことをした。それは素直に謝ろう」
「いや、そこまでしなくても……。……で、どこで待ち合わせするかなんだけど……」
と、一応ホームズに意見を伺う。
するとすぐさま
「紅茶が美味しいところを希望しよう」
と、案の定予想の範囲内の答えが返って来た。
「うーん……じゃあ、高島屋の向かいにあるスターバ●クスコーヒーで!」
「僕の話を聞いていたかい……?」
「いや……あそこの紅茶もそれなりに美味しいんですよ……」
「……分かった、バス代の詫びに意見を受け入れよう」
話の決着がついた直後に四条河原町のバス停にバスが到着して、2人はバスを降りる。
「えーっと、場所はどこだったかな……」
スマホを取り出して場所を探りつつ歩いていると、
「――昨夜はごめんなさいね」
「春水さん!!」
突然春水に声をかけられて、思わず顔を上げる。
「……春水、この者たちは?」
「私の友達です、趙様」
「ほう……」
春水に趙、と呼ばれた人物が自分とホームズを一見した。
「今日は何かあったの?」
「サークルの忘年会なんです」
「なるほど、確かにもうそんな時期ね」
「春水さんは……?」
「趙様と、高台寺に行っていたの」
ホームズは、改めて春水の隣にいる彼を観察していた。
――コンシェルジュの彼女の、今のクライアントか。仕立てのいいスーツ……流暢な日本語……だが、なんだこの違和感は。
本来適性がないとされるセイバーのクラスになろうとも、自らの推理に狂いはない。
そう、狂いは何一つないはずである。
しかし思考を妨げてくる「何か」がある。
まるで平伏することしか認めない、と言ったような「何か」が。
「――春水、あまり彼女を引き留めてはならないと思うが……」
「……!そうですね……ごめんなさい、また今度じっくりお話しましょう」
「はい、また連絡させていただきます」
「――ええ、そうしてね。……そうだ、あなたのその行きたい店は、二本目の通りを左に行けばすぐ見つかるわ」
春水は、指を少しだけ動かして道を示した。
「ありがとうございます、春水さん」
「楽しんできてね。趙様、お待たせしました」
「大丈夫だ。何ら差し支えない」
春水は安心したような顔を見せて、そのまま自分たちの前から去っていった……。
******
忘年会の一次会が終わると、友人に連れられて「雑誌で見た」という木屋町の人気のバーに行く。
「ジョリー・ロジャー……?」
「ここのカクテルが、ものすごくおしゃれなんだって」
「なるほど……?」
いまいち実感がないまま、店内に入る。
「――いらっしゃいませ、お2人ですか?」
「はい!」
「こちらへどうぞ。今はカウンター席しか空きが無くて申し訳ありません」
店長らしきバーテンダーがコースターを置くと、友人は躊躇いなく席へ行く。
自分も、一拍遅れて席へと座る。
「ご注文は、いかがいたしましょうか」
「この間雑誌で見たマリブハーブ&ベリースウィズルで!」
「えーっと……」
「――お困りなら、どうぞこちらを」
迷っていると、背後から金髪碧眼の目が覚めるような美男子がメニューを出してきた。
「ありがとうございます……」
「好きなお酒はある?なかったら、ドリンクでもいい。カルピス、ネクター、パインジュース、マンゴージュース……別に京都だからってことでもないが、抹茶でも、ほうじ茶でも、紅茶でも。メニューになくても、作れないという訳じゃない」
「ほうじ茶……で、カクテルができるんですか?」
「ああ、ほうじ茶リキュールを使ったものやカルピスでまろやかにしたのとか」
「ほうじ茶とカルピスの、気になるんでもらってもいいですか?」
「OK!マスター!俺が作った方がいいよな?」
「ああ、そうしてくれ。ロバーツ」
「ロバーツ……!やっぱり噂になってる『ものすごく顔がいいバーテンダー』ってあの人だったんだ……!」
いいなぁ……と友人が羨ましそうに呟いて、自分は戸惑いがちな笑いを浮かべるしかなかった。
「来れて……よかったね」
「お待たせしました、マリブハーブ&ベリースウィズルでございます。お客様も、ロバーツを見にここへ?」
「そうなんですよ……!京都の情報誌のインスタグラムのアカウントで紹介されたこのお店の写真に写ってた店長の鴫野さんの横にいたイケメン……ロバーツさんが、今ちょっとした話題になっていて」
友人は既にお酒も入っていて饒舌であり、何か失礼なことをしないかと自分は冷や冷やしていると、
「ありがたいことで……そういうお客様のおかげで若い女性の方もこの店にいらっしゃるようになりましてね、ロバーツには感謝しないと」
と、店長は優しい笑顔で応対している。
すると、
「――んん?なんか言ったか?お待たせしました、カルピスとほうじ茶のカクテル……その名もほうじオ・レ!」
と、ロバーツが流れるような仕草でグラスを置く。
「ありがとうございます」
自分の前に置かれたカクテルからは香ばしいほうじ茶の香りがほんのりとして、それだけでも飲みやすそうだと分かって思わず感嘆の息をついた。
「ロバーツの口調が軽くて、申し訳ありません。日本語を学んだきっかけが、どうやら日本のアニメらしくて……」
「ロバーツさん、すごく日本語が流暢ですね!」
友人は、どうやらすっかりロバーツのファンになってしまったらしい。
瞳が完全に、恋する乙女のそれであった。
ロバーツは気にする風でもなく、
「そうか?まぁ、そうなのかもしれないな……自分ではあんまり考えてなかったが」
と、答えつつ瞼を伏せて考え込む。
またその仕草が、悩まし気で乙女を虜にするだろうなと自分は一歩引いた目で見ていた。
――ホームズのが、私にはかっこいいと思うけどな……。
******
「……っくしゅん!!」
ホームズは高島屋のビルの屋上の隅で彼の聖典の挿絵にあるような椅子に座った格好をして、交差点を見下ろしつつ……くしゃみをした。
……訂正、推理をしようとしていた。
閉店時間などで移動するのが面倒だと思ったホームズは、結局スターバ●クスコーヒーでおすすめされたゆずシトラスティーを買って後に現在の場所に落ち着いた。
ここには喧噪もなく、ただ風の音のみだった。
「――初歩的なことだ、友よ(Elementary my dear )」
それは、自らの精神宮殿に入る合図でもあった。
そこには、いつも自分に問いかけてくる “誰か”がいる。
――まずは一つ……京の都の聖杯とは、いかなるものか。
「キャスターから提示された説から僕が今考えている可能性は、言葉通りに京の都の聖杯……京聖杯は『概念であり形而上の存在でしかないため、ある条件下の場合にのみ顕現し得るもの』であり、『顕現せねば誰にも把握されない』聖杯」
――ならば、次の謎が見えてこよう。……いかにして出現するのだ?
「キャスターは『記録上今まで一度も聖杯の顕現はない』と言っていた。それは恐らく、今まで我々サーヴァントのように強力な魔力を持つ者が一挙に京に集中していなかったからだろう。あの安倍晴明も人間の肉体の範囲内で可能な魔力しか保有できず、聖杯の顕現は叶わなかった。我々サーヴァントの魔力は、肉体の檻を持つ人間の比にはならない」
――なるほど、お前は肉体を檻と表現する……。では“私”からお前に問おう……お前の“それ”はなんだ?
「それ……?」
ホームズは“それ”という指示語が何を指すか分からなかった。
――まさか、稀代の名探偵自身がセイバークラスで顕現したという大いなる謎を解かずに聖杯戦争を勝ち抜こうとは思っていまいな?
「……思ってはいないさ、証拠があまりにもないだけで」
ホームズは“青いガーネット”で刀を作る。
「キャスターに言われて、しばらく観察したよ。僕の青いガーネットは感情により多少の増減をする。そして僕から離れた瞬間、儚く消えていく。『聖典』の題名から、僕の魔力の結晶かとも仮定した……だが、鉱物学上“青いガーネット”は『天然では存在しない』……つまり……これは僕の魔力を含んでいるとはいえ、実証的な方法を使う僕自身を証明するものではない……“これ”は……なんだ?」
疑問を口にした瞬間、ホームズはハッと目を開けた。
「――マスター……」
マスターが自身を探しているのに気付き、ホームズは思考を止めて霊体化し、彼女の元へ行った……。
******
「寒い!!!!」
ロバーツはコートを羽織り直した。
――時は少し遡る。
大学生らしき若い女性2人組が帰った後、それと入れ替わりのようにアーチャーとそのマスター・氷見亜蓮がやってきて、例の如く作戦会議と相成った。
そして、カードで負けた方が……●家の牛丼を買ってくるというアーチャーとの勝負に……ロバーツは完敗したのである。
「わざわざ遠いところの牛丼屋を選びやがって……!!」
店長であり自身のマスター・鴫野貴征に店を開けさせる訳にはいかなかったので、ロバーツが引き受けるしかなかった。
「それにしてもマジで寒いな……京都の人間はよく耐えられるぜ」
早足で歩いていた時、ふと困っていそうな外国人の女性とすれ違う。
「――おい!!」
ロバーツは、思わず振り返って彼女に声をかける。
「……私……?」
「――お前以外に、誰がいるんだよ」
「……それも……そうね……」
女性は、周辺を見回してようやく納得した。
「もうすぐ日にち変わりそうだってのに、こんなとこで一人で歩いてたら危ないだろ」
「友達が、もうすぐ大学から帰るって連絡が来たから……三条京阪の駅に……」
「見事に逆方向だな……」
駅名を聞いて、ロバーツはため息をつく。
「――いいぜ、俺もちょうどその近くに用があったから連れて行ってやるよ。三条京阪の駅は、こっちだ」
ロバーツは、それだけ言い残して歩き出した。
しばらくして、ようやく女性も自分の近くに追いついてくる。
「あなたはどうしてこんな夜中に歩いているの?」
「まぁ……カードに負けて牛丼を買いにだな……」
「あなたのお相手は、なかなか狡猾な方ね」
「――あいつには勝てねぇだろうな……ホームズでない限り」
「ふーん……」
三条大橋を渡ろうとした時、一段と風がきつくなった。
「――ああ、海が懐かしいな」
ロバーツは足を止めて鴨川の方を向いた。
「あなたは海のある場所の出身なの?」
「いいや……だが、長い間海に関する仕事に携わっていてな……今でも、恋しい存在だ」
「何かに焦がれる気持ちは、よく分かるわ……それに滅ぼされようとも構わないくらい、愛おしくなるものを持つというのも……人間が持つ側面」
「さて、あと少しだ……見えるか?どこで待ってろって言われたか覚えてるか?」
「ブック●フのあるところって……」
女性は、少し考え込んでから回答した。
「なるほどな、じゃあ信号渡ろうぜ……寒いだろ、そこに自販機があるから何か買ってやる」
「紅茶はあるかしら……」
「レモンティーでいいか?」
ロバーツは、自販機でペットボトルのレモンティーを買って彼女に渡す。
「じゃあな、気を付けて帰れよ。もし来なかったら、ここに連絡しろ」
「ええ……」
彼女に名刺を渡したロバーツが帰ろうとした時、女性はそっと彼の頬にキスをした。
「――ありがとう、とても優しい人ね……あなたは」
「さあな、たまたま気分がよかっただけかもだぜ」
ロバーツは未練なく振り返らずにその場を後にした……。
「――おはよう、マスター」
「うわっ!これはこれで、ものすごく心臓に悪い!!」
目覚め一番、端正な顔のホームズに起こされた自分は一気に意識を覚醒させた。
「おや、なら明日からは起こさないが……」
「いや、起こしていただけると嬉しいです……冬はマジで……」
「――構わないがね」
そう言うと、ホームズは部屋の外に行った。
それを見届けた後に伸びをして、着替えたり授業に必要なものを鞄に入れたりしてから、今日は余裕で家を出る。
「――あ、そうだ……今日の夜はサークルの忘年会だから、夜遅くなりそう」
「そうかい、ならば自分は君が指定する場所で待っているとしよう」
「霊体化していてもいいんだよ?」
するとホームズはあからさまに顔を顰め、
「――いや、にぎにぎしい場所は推理の気が散る」
と即答した。
「ですよねー……」
「授業が終わったら、大学の図書館に来たまえ。今日も調べたいことがあってね、そこにいるよ」
「はーい」
そうして、2人は別々に別れた……。
――夕方。
授業が終わると、自分はホームズを探しに大学の図書館に行く。
すぐに見つかったホームズは自身の得意分野である化学の本を抱えながら、京都の歴史の本が配架されている本のコーナーで落ち込んでいるようだった。
落ち込んでいる、というのは青ガーネットの量がいつもより減っていて勢いがないから……というので判断したので、先程より明らかに顔に出ている訳ではないが。
「あの……セイバー……」
「拷問だ……名探偵に歴史を必要とさせる問題を出すなんて……」
「ああ……歴史にはあんまり興味ない公式設定が……」
「――興味がないんじゃない、必要なかっただけだ」
「歴史なら、多分春水さんのが詳しいよね」
「……」
ホームズは、それを肯定せざるを得ないのを悔しがるように無言になった。
「その本、借りる?二週間くらいだけど……」
「いや、いい。何冊か、もう読んだ……歴史の本も、ね!」
「じゃあ、戻しに行ってから河原町に行こう」
本を元々あった場所に置いて、外に出る。
「すっかり真っ暗だね……」
「まだ17時だろう……?」
「冬至の前は仕方ないって」
冷える前にマフラーを巻いて、大学の最寄りのバス停へ行く。
そうするとちょうどタイミングよく河原町へ行くバスが来たので、それに乗る。
「……人、多くないかい?」
「いや……今日はまだ平日だから、少ない方だよ……てか、霊体化しないで乗ったから、二人分払わないとだね……。……まぁ、回数券なんで、支払いは楽でいいんですけど……」
「すまない、苦学生に申し訳ないことをした。それは素直に謝ろう」
「いや、そこまでしなくても……。……で、どこで待ち合わせするかなんだけど……」
と、一応ホームズに意見を伺う。
するとすぐさま
「紅茶が美味しいところを希望しよう」
と、案の定予想の範囲内の答えが返って来た。
「うーん……じゃあ、高島屋の向かいにあるスターバ●クスコーヒーで!」
「僕の話を聞いていたかい……?」
「いや……あそこの紅茶もそれなりに美味しいんですよ……」
「……分かった、バス代の詫びに意見を受け入れよう」
話の決着がついた直後に四条河原町のバス停にバスが到着して、2人はバスを降りる。
「えーっと、場所はどこだったかな……」
スマホを取り出して場所を探りつつ歩いていると、
「――昨夜はごめんなさいね」
「春水さん!!」
突然春水に声をかけられて、思わず顔を上げる。
「……春水、この者たちは?」
「私の友達です、趙様」
「ほう……」
春水に趙、と呼ばれた人物が自分とホームズを一見した。
「今日は何かあったの?」
「サークルの忘年会なんです」
「なるほど、確かにもうそんな時期ね」
「春水さんは……?」
「趙様と、高台寺に行っていたの」
ホームズは、改めて春水の隣にいる彼を観察していた。
――コンシェルジュの彼女の、今のクライアントか。仕立てのいいスーツ……流暢な日本語……だが、なんだこの違和感は。
本来適性がないとされるセイバーのクラスになろうとも、自らの推理に狂いはない。
そう、狂いは何一つないはずである。
しかし思考を妨げてくる「何か」がある。
まるで平伏することしか認めない、と言ったような「何か」が。
「――春水、あまり彼女を引き留めてはならないと思うが……」
「……!そうですね……ごめんなさい、また今度じっくりお話しましょう」
「はい、また連絡させていただきます」
「――ええ、そうしてね。……そうだ、あなたのその行きたい店は、二本目の通りを左に行けばすぐ見つかるわ」
春水は、指を少しだけ動かして道を示した。
「ありがとうございます、春水さん」
「楽しんできてね。趙様、お待たせしました」
「大丈夫だ。何ら差し支えない」
春水は安心したような顔を見せて、そのまま自分たちの前から去っていった……。
******
忘年会の一次会が終わると、友人に連れられて「雑誌で見た」という木屋町の人気のバーに行く。
「ジョリー・ロジャー……?」
「ここのカクテルが、ものすごくおしゃれなんだって」
「なるほど……?」
いまいち実感がないまま、店内に入る。
「――いらっしゃいませ、お2人ですか?」
「はい!」
「こちらへどうぞ。今はカウンター席しか空きが無くて申し訳ありません」
店長らしきバーテンダーがコースターを置くと、友人は躊躇いなく席へ行く。
自分も、一拍遅れて席へと座る。
「ご注文は、いかがいたしましょうか」
「この間雑誌で見たマリブハーブ&ベリースウィズルで!」
「えーっと……」
「――お困りなら、どうぞこちらを」
迷っていると、背後から金髪碧眼の目が覚めるような美男子がメニューを出してきた。
「ありがとうございます……」
「好きなお酒はある?なかったら、ドリンクでもいい。カルピス、ネクター、パインジュース、マンゴージュース……別に京都だからってことでもないが、抹茶でも、ほうじ茶でも、紅茶でも。メニューになくても、作れないという訳じゃない」
「ほうじ茶……で、カクテルができるんですか?」
「ああ、ほうじ茶リキュールを使ったものやカルピスでまろやかにしたのとか」
「ほうじ茶とカルピスの、気になるんでもらってもいいですか?」
「OK!マスター!俺が作った方がいいよな?」
「ああ、そうしてくれ。ロバーツ」
「ロバーツ……!やっぱり噂になってる『ものすごく顔がいいバーテンダー』ってあの人だったんだ……!」
いいなぁ……と友人が羨ましそうに呟いて、自分は戸惑いがちな笑いを浮かべるしかなかった。
「来れて……よかったね」
「お待たせしました、マリブハーブ&ベリースウィズルでございます。お客様も、ロバーツを見にここへ?」
「そうなんですよ……!京都の情報誌のインスタグラムのアカウントで紹介されたこのお店の写真に写ってた店長の鴫野さんの横にいたイケメン……ロバーツさんが、今ちょっとした話題になっていて」
友人は既にお酒も入っていて饒舌であり、何か失礼なことをしないかと自分は冷や冷やしていると、
「ありがたいことで……そういうお客様のおかげで若い女性の方もこの店にいらっしゃるようになりましてね、ロバーツには感謝しないと」
と、店長は優しい笑顔で応対している。
すると、
「――んん?なんか言ったか?お待たせしました、カルピスとほうじ茶のカクテル……その名もほうじオ・レ!」
と、ロバーツが流れるような仕草でグラスを置く。
「ありがとうございます」
自分の前に置かれたカクテルからは香ばしいほうじ茶の香りがほんのりとして、それだけでも飲みやすそうだと分かって思わず感嘆の息をついた。
「ロバーツの口調が軽くて、申し訳ありません。日本語を学んだきっかけが、どうやら日本のアニメらしくて……」
「ロバーツさん、すごく日本語が流暢ですね!」
友人は、どうやらすっかりロバーツのファンになってしまったらしい。
瞳が完全に、恋する乙女のそれであった。
ロバーツは気にする風でもなく、
「そうか?まぁ、そうなのかもしれないな……自分ではあんまり考えてなかったが」
と、答えつつ瞼を伏せて考え込む。
またその仕草が、悩まし気で乙女を虜にするだろうなと自分は一歩引いた目で見ていた。
――ホームズのが、私にはかっこいいと思うけどな……。
******
「……っくしゅん!!」
ホームズは高島屋のビルの屋上の隅で彼の聖典の挿絵にあるような椅子に座った格好をして、交差点を見下ろしつつ……くしゃみをした。
……訂正、推理をしようとしていた。
閉店時間などで移動するのが面倒だと思ったホームズは、結局スターバ●クスコーヒーでおすすめされたゆずシトラスティーを買って後に現在の場所に落ち着いた。
ここには喧噪もなく、ただ風の音のみだった。
「――初歩的なことだ、友よ(Elementary my dear )」
それは、自らの精神宮殿に入る合図でもあった。
そこには、いつも自分に問いかけてくる “誰か”がいる。
――まずは一つ……京の都の聖杯とは、いかなるものか。
「キャスターから提示された説から僕が今考えている可能性は、言葉通りに京の都の聖杯……京聖杯は『概念であり形而上の存在でしかないため、ある条件下の場合にのみ顕現し得るもの』であり、『顕現せねば誰にも把握されない』聖杯」
――ならば、次の謎が見えてこよう。……いかにして出現するのだ?
「キャスターは『記録上今まで一度も聖杯の顕現はない』と言っていた。それは恐らく、今まで我々サーヴァントのように強力な魔力を持つ者が一挙に京に集中していなかったからだろう。あの安倍晴明も人間の肉体の範囲内で可能な魔力しか保有できず、聖杯の顕現は叶わなかった。我々サーヴァントの魔力は、肉体の檻を持つ人間の比にはならない」
――なるほど、お前は肉体を檻と表現する……。では“私”からお前に問おう……お前の“それ”はなんだ?
「それ……?」
ホームズは“それ”という指示語が何を指すか分からなかった。
――まさか、稀代の名探偵自身がセイバークラスで顕現したという大いなる謎を解かずに聖杯戦争を勝ち抜こうとは思っていまいな?
「……思ってはいないさ、証拠があまりにもないだけで」
ホームズは“青いガーネット”で刀を作る。
「キャスターに言われて、しばらく観察したよ。僕の青いガーネットは感情により多少の増減をする。そして僕から離れた瞬間、儚く消えていく。『聖典』の題名から、僕の魔力の結晶かとも仮定した……だが、鉱物学上“青いガーネット”は『天然では存在しない』……つまり……これは僕の魔力を含んでいるとはいえ、実証的な方法を使う僕自身を証明するものではない……“これ”は……なんだ?」
疑問を口にした瞬間、ホームズはハッと目を開けた。
「――マスター……」
マスターが自身を探しているのに気付き、ホームズは思考を止めて霊体化し、彼女の元へ行った……。
******
「寒い!!!!」
ロバーツはコートを羽織り直した。
――時は少し遡る。
大学生らしき若い女性2人組が帰った後、それと入れ替わりのようにアーチャーとそのマスター・氷見亜蓮がやってきて、例の如く作戦会議と相成った。
そして、カードで負けた方が……●家の牛丼を買ってくるというアーチャーとの勝負に……ロバーツは完敗したのである。
「わざわざ遠いところの牛丼屋を選びやがって……!!」
店長であり自身のマスター・鴫野貴征に店を開けさせる訳にはいかなかったので、ロバーツが引き受けるしかなかった。
「それにしてもマジで寒いな……京都の人間はよく耐えられるぜ」
早足で歩いていた時、ふと困っていそうな外国人の女性とすれ違う。
「――おい!!」
ロバーツは、思わず振り返って彼女に声をかける。
「……私……?」
「――お前以外に、誰がいるんだよ」
「……それも……そうね……」
女性は、周辺を見回してようやく納得した。
「もうすぐ日にち変わりそうだってのに、こんなとこで一人で歩いてたら危ないだろ」
「友達が、もうすぐ大学から帰るって連絡が来たから……三条京阪の駅に……」
「見事に逆方向だな……」
駅名を聞いて、ロバーツはため息をつく。
「――いいぜ、俺もちょうどその近くに用があったから連れて行ってやるよ。三条京阪の駅は、こっちだ」
ロバーツは、それだけ言い残して歩き出した。
しばらくして、ようやく女性も自分の近くに追いついてくる。
「あなたはどうしてこんな夜中に歩いているの?」
「まぁ……カードに負けて牛丼を買いにだな……」
「あなたのお相手は、なかなか狡猾な方ね」
「――あいつには勝てねぇだろうな……ホームズでない限り」
「ふーん……」
三条大橋を渡ろうとした時、一段と風がきつくなった。
「――ああ、海が懐かしいな」
ロバーツは足を止めて鴨川の方を向いた。
「あなたは海のある場所の出身なの?」
「いいや……だが、長い間海に関する仕事に携わっていてな……今でも、恋しい存在だ」
「何かに焦がれる気持ちは、よく分かるわ……それに滅ぼされようとも構わないくらい、愛おしくなるものを持つというのも……人間が持つ側面」
「さて、あと少しだ……見えるか?どこで待ってろって言われたか覚えてるか?」
「ブック●フのあるところって……」
女性は、少し考え込んでから回答した。
「なるほどな、じゃあ信号渡ろうぜ……寒いだろ、そこに自販機があるから何か買ってやる」
「紅茶はあるかしら……」
「レモンティーでいいか?」
ロバーツは、自販機でペットボトルのレモンティーを買って彼女に渡す。
「じゃあな、気を付けて帰れよ。もし来なかったら、ここに連絡しろ」
「ええ……」
彼女に名刺を渡したロバーツが帰ろうとした時、女性はそっと彼の頬にキスをした。
「――ありがとう、とても優しい人ね……あなたは」
「さあな、たまたま気分がよかっただけかもだぜ」
ロバーツは未練なく振り返らずにその場を後にした……。