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外伝、ifもの


――12月某日。
「今日もこんなに……」
帝國図書館に届くたくさんの手紙を整理していると、ふと「帝國政府」という差出人の手紙を見付けて司書は飛び上がる。
「――何、どうしたの」
司書は慌ててその封筒を開封した。
そして、どんな重大なことかとドキドキしながら中身を見たら、
「えっ……?」
それは……特務司書同士の交流を兼ねたクリスマスパーティーの招待状だった。

******

「――で、どうするんだい」
本日の助手の永井荷風が司書から渡された招待状を見て、彼女の出方を問う。
「どうって……行かなきゃダメでしょ……」
そうは言いつつも、司書は微妙な面持ちである。
「どうしたんだい、あまり気が進まないようだね」
「いや……まぁ、ね……」
「確かに君はあまりこういった賑やかな場所は好まないかもしれないが、人付き合いは大切だよ」
「そうですね……」
「司書殿、一体どうしてそこまで拒むのかな?」
煮え切らない司書に少しの苛立ちを露わにして、永井は単刀直入に聞いた。
ならば致し方あるまい、と言った様子で司書は答える。
「じゃあ聞くわね……。このパーティーのエスコート役、誰がするの?」

******

「文豪は即談話室に全員集合!!!!!!」
永井の勢いの良い館内放送で、文豪達は何事かと大慌てで集まる。
「どうしたんだ、永井君」
「余程のことですか、永井先生」
永井と親しい森鴎外や谷崎潤一郎が、この帝國図書館に転生している文豪全員が談話室に集合してから永井に問いかける。
「ただいまより!!!司書殿が招待された帝國政府主催のクリスマスパーティーの同伴者を決めたい!!!」
朗々とした永井の口上に、文豪全員が衝撃を受けたような表情をする。
すると真っ先に二葉亭四迷が
「彼女は俺の恋人だ!!!俺以外の誰がいる!!!」
と、司書を抱き締めながら永井に反抗した。
「えっ、でも二葉亭さんは確かあまり帝國政府の人とお付き合いしたくないんですよね?」
「ぐっ……!!!」
「四迷先生、無理しなくて大丈夫ですよ……」
「司書殿……でも俺は……」
永井と司書にそう言われてしまい、ようやく四迷はこのクリスマスパーティーに司書と共に確実に参加できる権利が自分にはないのだと気付いた。
「……分かった、今回は平等にいこう」
と言いつつも、四迷は司書を抱き締めたままである。
「永井先生……続けてください」
司書は、自分に構わず永井に議論をするよう促した。
「では、今回は機会均等を企図して先着順で立候補を募りたい!立候補者は挙手したまえ!」
その永井の宣言の直後、
「はいはいはいはいはい!!!そんなの俺に決まってるでしょ~~!!!」
と、太宰治が勢いよく名乗り出た。
すると、それに続いて
「おっ、なかなか今回は面白そうだから俺も立候補者するぜ」
「寛もするなら、僕もしようかな」
芥川龍之介と菊池寛が立候補する。
「おーい、俺もいいか~!」
そして志賀直哉が、司書に声をかけた。
「すごい……めっちゃキラキラしいメンツばっかり……」
司書がメモ帳に立候補者の名前を書いていると、
「司書殿、俺も立候補して良いだろうか」
森鴎外が司書の左手の指先を掬って口付けた。
「……オッケーです!!!」
「一番に招待状を見た、僕もいいだろう?」
「はい……!!!」
「森さんも永井さんもいいが、俺を忘れるなよ」
四迷は、司書の持つペンを取って自分の名前を書く。
「皆、あとはどうだい????」
「クリスマスには、正岡とシュトーレンを食べましょうと約束していますから」
「それに、サンタさんが来るっていう日だしね……」
等々、夏目漱石や萩原朔太郎は遠慮の一言を入れていく。
「じゃあ、僕と森先生と二葉亭さんと志賀さんと太宰君と芥川君と菊池……という感じか」
「――ねぇ、秋声君と春夫先生は立候補しないの?」
その司書の一言で、一斉に2人に視線が集まった。
「司書さん……僕がそういった集まりには向いてないの、知ってるだろう?」
「あー……別に行ってもいいけど、この図書館に『初めて来た』だけでその特権は要らないぜ……」
「私は秋声君の正装見てみたいな……。あと、会場にはシャガールの絵があるそうですよ……春夫先生」
司書の言葉に、2人はグッと喉を鳴らす。
「……全く、立候補だけだよ」
「仕方ないな……俺もそこにとりあえず書いておくだけにしてくれ」
司書の期待に沿わないのは申し訳ないと2人は思ったのか、立候補のリストに加えることを是とした。
「では、全部で9人ということだね……。司書殿、どうやって決めるんだい?」
「あみだくじ」
「……え?」
「ここは平等にあみだくじでしょ」
はい、じゃあ線を書きたい人は書いてねと司書は作成したあみだくじを参加しない文豪たちに回す。
「お司書はん、1人一本?」
「見にくくならない程度なら、1人何本でも」
織田作之助の質問に対して司書がそう答えると、坂口安吾や三好達治、宮沢賢治、新美南吉などは嬉々として線を書き足していく。
そして司書の手元に戻って来た時にはカラフルなあみだくじになっていて、司書は思わず笑ってしまう。
「これ、誰がしようか」
「そなたがすればいいと思うぞ」
「じゃあ、紅露時代のお二人が立会いしてくださいます?」
「全く……仕方ないな」
尾崎紅葉の提案で巻き込まれた幸田露伴は、司書の傍にやってくる。
「はーい、じゃあ早速あみだくじをやりたいと思います」
司書は一人一人名前が書かれているスタート地点から下のゴールラインを目指して辿っていく。
名前の書かれている文豪は、その様子を固唾を飲んで見守っている。
すると途中であたりに当たった文豪がいたのか、司書は赤ペンでそのルートをなぞった。
「おお、決まったな」
「不正がないのは、俺と紅葉の名前で保証してやろう」
「……で、誰になったんです?」
司書と引き離されていた四迷は、2人に尋ねる。
「――今回の同伴者は、永井荷風だ」
それと同時に、司書はあみだくじの紙を掲げた。
「えっ……僕でいいのかい?」
「あみだくじだから、神命でしょ」
司書は、すっかり納得した様子で永井に微笑みかけた。
「……不正してないのに掴み取るとか、永井さんはどれだけ強運なんだ……」
春夫は苦々しい表情をしている。
「うわーん!!悔しい!!ドレス姿の司書さんと踊りたかったよ!!!」
太宰のその言葉を聞いたら、
「――あら、私はこの制服で行くわよ?」
と、司書はあっさり返事をした。
そう解答した次の瞬間には、永井と鴎外、四迷が一斉に司書の前で土下座をして、
「それだけは勘弁してください!!!!!!!!!」
と、大声で司書に懇願した。
「えっ……何……怖……」
司書は、思わず本音を漏らしてしまう。
「頼むから、パーティーくらいでは君も格好をもっと気にしてくれ……派手にしろというわけではないが……」
「永井君がこれだけ頼んでいるんだ……俺からも頼む」
「君は俺のせめてもの楽しみすら奪うのか」
大男3人の土下座というものすごい取り合わせに、文豪たちはざわめく。
「これはすごいね……取材しよう……」
島崎藤村はメモを取り出して何やら書き出す。
「永井先生、何もそこまでなさらなくても。でも、御寮人様の正装が見てみたい気持ちは私も同じですよ」
谷崎は、慌てて永井を抱き起こす。
「分かった……少し、考えさせてくれる?」
ため息をついてから、司書は談話室を出て行った……。

******

図書館の勤務が終わった後、司書は街へ出た。
世間はすっかりクリスマスムードで、イルミネーションなどが華々しく光っている。
「そうだ……今月のフレーバー、まだ食べてない」
月替わりで新しいフレーバーを出してくるお気に入りのアイス屋の新作を味わっていないことを思い出し、司書はそこへと向かう。
その途中、様々なドレスが売られている服屋が目に留まった。
「……ドレス、か」
このような店に入るのは、大学の卒業式に着るものを選んで以来ではないだろうか……と思いつつも店に足を踏み入れる。
「――いらっしゃいませ」
この時間帯での客は少ないのか、店員はすぐに声をかけてきた。
「何かお探しですか?」
「えっと……その、私の体型に合うドレスって……ないですよね……?」
「お客様の体型だと、長身なのでマーメイドラインのドレスがいいかと思いますよ」
「へ……へえ……」
「クリスマスパーティーですか?」
「そんなところですね……」
こういうタイプの店員さん、ちょっと苦手なんだよな……と、思っていると別の店員が来て、司書はヒッと身構える。
「――店長が呼んでるよ、この人は私が引き受けておくから」
と、後に来た店員は先にいた店員をバックヤードに引っ込める。
「――失礼しました。……あの、確か帝國図書館の司書さんですよね……?」
「……えっ!あ、はい……そうです……」
「――覚えてませんか、ミケランジェロの資料を探してくださった時にはお世話になりました」
「……ああ!あの時の!無事その美術展は楽しめましたか?」
司書は「ミケランジェロの当時の評価が分かるものはないか」というレファレンスを受けた時のことを思い出した。
『この図書館で一番西洋美術史に詳しい人は、この人ですよ』
と、泉鏡花を介して受けたその仕事は、いつになく様々な資料を紹介してしまったと司書は反省していた。
「はい、おかげさまで。やはりルネサンス期はいいですね」
「でしょう?でもミケランジェロ好きならマニエリスムも楽しめるかと思います……!」
また図書館にいらしてくださいね、とその店員に言うと店員は嬉しそうな表情を見せる。
「それで、クリスマスのパーティー用のドレスをお探しでしたよね……」
「――そうなの、少しは良く見える姿になれるドレスを探したいのだけど……」
「お連れ様などはいますか?」
「あー……一応は……でも、恋人じゃないし……」
その時、司書のスマホが鳴った。
『今どこにいるんだい?二葉亭さんと外にいるんだが』
「……数分したら、来るっぽいです」
SNSのDMを送って来た永井に対して、司書は場所だけを返信する。
想定通り、10分以内に2人はその店を見つけて入って来た。
容姿端麗な2人を見て、店内にいた人々はざわつく。
「……こっちの髪の長い方が今回の同伴者で、こっちの背の高い方が恋人です」
「なるほど……お二人は、司書さんにドレスの希望はありますか?」
すると永井はスマホの画面を店員に見せた。
「ああ……性癖に……忠実というか……」
「――僕は彼女に一番似合うドレスを纏って欲しいだけだ」
「確かに、司書さんはこれが似合いそうですね……似たようなものをご用意します。試着なさいますか?」
「……お任せします」
司書は、もうこれは彼らに任せる方がいいだろうと決心した。
「――じゃあ、始めましょう」
店員は司書を連れて試着室に行った……。

「――お疲れさま」
四迷は司書の額にキスをした。
「ええ……ありがとうございます……選んでもらって」
結局、司書は店員と永井、四迷に着せ替え人形にされて彼らの妥協点のドレスを購入することになった。
「帰りに、君の食べたかった新フレーバーを食べに行こう」
「嬉しい!私四迷さんに……そこのアイス食べてもらいたかったの」
「――そんなに美味しいのか?」
「レモンシャーベットは絶品ですよ」
そんなやり取りをしながら、3人はアイス屋に向かう。
四迷は、司書に言われるままレモンシャーベットを頼んで口にする。
「……美味しい!!」
「でしょう?後は、今月の新フレーバー……ラズベリーチョコクッキーも最高ですよ」
「僕は抹茶味がベターだね」
「そうか……また君と来たいな」
3人は楽しく話しながら図書館に帰った。

******

――パーティー当日。
「これが……私?」
美容院でメイクと着付けをしてもらった後、司書は鏡に映る自分を見てそう呟いた。
「――とても綺麗だ」
同じく正装して来ていた永井に褒められる。
「そ……そう?」
「君は今日の主役だからね」
永井は、優しく司書の手を取った。
「行こうか」
「――ええ」
2人は、パーティーの会場に歩き出す。

「あっ!!」
会場に着くと、司書は声をかけられた。
「――あっ!!菫さんだ!!」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ありがたいことに、ものすごく元気です」
司書は、自身の同僚である特務司書・野田菫に向けて礼をした。
「おお、別の図書館の永井を見るのは初めてだなぁ」
「それを言えば、こちらも別の図書館の正岡さんを見るのは初めてですよ」
「いつもは何だっけ、『次元の壁』……に阻まれてるんだっけか」
――全ての侵食者に対して勝利した者が、「正史」になる。
その事実を政府に通達されていないため、特務司書たちは「多方面から文学を守っている」くらいにしか任務を把握していなかった。
「その菫色のドレス、とても似合ってますね」
「ありがとうございます、正岡先生が選んでくれたんですよ」
菫と正岡は、幸せそうな笑顔を交わした。
「そうなんだ……やっぱり、図書館ごとによって個性でるなぁ……」
他の特務司書を見てみるとパートナーの文豪が違うのはもちろん、服装にも違いが伺えて興味深く観察してしまう。
「司書殿、あまりそれは感心できないな」
やんわりと永井に注意され、司書はハッと我に返る。
「――ごめんなさい」
「君に見つめられた男は、誰もが誘惑されていると本気になってしまうからね」
「いや、それはない……」
どうだか、と言いつつ永井は司書にシャンパンを渡す。
「でも、今日の格好……すごく素敵ですよ」
「永井先生と……四迷先生が、選んでくれたんです」
菫の言葉に、司書は思わず恥ずかしくなって俯いた。
「えっ!二葉亭四迷先生がいるんですか……?」
「え、ええ……」
「――彼、結局私の図書館には来なかったんです……」
「大丈夫ですよ……私のところには、坪内逍遥先生がいないんで……」
「お互い……大変ですね……」
「そうですね……でも、これからも頑張りましょう」
「――ええ」
2人は、固い握手を交わしたのだった……。

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