ko-chan
名前設定
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足音が一つ、二つ。一人、二人。並んで歩くだけで、とくんとくん。バレないように心臓が跳ねる。
知らないままじゃいられない。
「じゃ、またね」
「..うん」
名前が拗ねた顔で意地を張る。
「何でそんな顔すんの」
「わかんないの?」
ダルそうにムッとされたって分かんないんだけど。ていうか、分かって欲しいのは俺の方だし。
都会で借りた狭過ぎない間取りの部屋。扉を重だるげに開けて鍵を閉めたら、さっきのことを思い出して深い溜息を零す。何で拗ねてたんだろう。とか、でもあの顔も可愛かったなぁ。とか。
「なんなんだよ」
アイツのことばっかり考え過ぎてるせいか、なんか頭痛くなってきた気がする。こういうの何て言うんだっけ。えっと、あー、これだ。恋やつれ。気恥しさと目眩を感じて、開けたばかりのカーテン閉めても意味ないや。
幼馴染の名前とはそれこそ竹馬の友ってやつで、社会人になった今も、気兼ねなくご飯とか遊びに誘うし誘われる。
「あ、返信来た」
航平だから気にしなくていいよね。とか言ってスマホを触るのはいつものこと。いや、気になるし。誰?とか聞けないし。
素直に聞けないのがよそよそしい。
何だこの気持ち。なんかモヤモヤするけどムカつくとも少し違う。言葉という形に当てはめられそうにない。
きっと今日も分かんないや。
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「泊まってもいいよね」
「別にいいけど...」
ビックリするくらいヘタレな航平との関係は、頭がイイ人の言葉を借りると、竹馬の友ってヤツらしい。
さほど頭が良くない私は、そこそこの頭でそこそこの大学を出て、そこそこの企業に務めている。対して、負けず嫌いの航平はバカみたいに良すぎる記憶力で、天才とか秀才ってのが集まる大学をストレートで卒業。そんでなんか凄い人達が集まる企業に務めながら、テレビに出たりなんかもしちゃってる。
置いてかれてる気がしたこともあったけど、航平の鈍くてアホな性格も長男なのに末っ子みたいな所も全然変わらなさ過ぎて、そんなこと考えてる私の方がアホみたいに思えたからやめた。私は航平よりアホじゃないもん。
「じゃあ帰るね」
「え、まだ八時だけど。今日休みなんじゃないの」
「休みだよ」
じゃあ何で。と言いたげな顔が朝日に照らされてる。きっと今日も一緒に居るもんだと思ってたんでしょ。
あそこ行きたいって言ってたから。とか、それっぽい言葉を紡いで飾って見せてる。違う、私が欲しいのはもっと奥にあるやつ。
航平がもう一言、何かを言おうとしてグッと息を詰まらせた。とどのつまり、言いたいことがあるんでしょ。
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光るパネルをスワイプ。数回カコカコっと音がして、数秒後にピコンと音がして、また数回カコカコっと音がして。その繰り返し。返信ばかり。つまんないの。
誰だか知らないけど、その人とのトークの方が楽しいのかよ。目の前に居るのは俺なのに。俺の知らない誰かじゃなくて、今くらい俺と話してよ。
...帰ろうかな。
「そういえば、この前伊沢さんがさ」
「イザワサン?誰だっけ?」
「うちのCEOね」
派手に話題を取り替えてみる。
興味が無い人は名前も顔も覚えられないその性格で、よく営業職やってんなと思う。でもそれは、俺には興味があるってことで。いや、幼馴染だからかもしれないけどさ。それでもそう考えると嬉しいじゃん。痘痕も靨ってこういう事か。ちょっと違うか。
あ、またスマホ。本当に誰なんだよ。男の人?まさかその人が好きとか?長年一緒に居ても、どうしても見えないそのほの字。
あー、気に病む。
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「はぁ...」
小さく溜息をついた航平に視線を向ける。これはたぶんバレないように息を吐いたつもりだし、ちょっとネガティブな考え事してる。眉を下げたその顔がちょっと可愛い。
「スマホを触り出してから心なし、ちょっとしょげてるね」て、言えないし。だってわざと返信ばかりしてたのは、いつも通りムッとするかなと思ったから。
都会に出て来てからと言うもの、デートもといお出掛けは昔に比べてたどたどしい気がする。お互い少しずつ大人になって、幼い頃みたいに感情をストレートにぶつけ合わなくなったせいか、航平から探る様な視線を向けられることが多くなった。
けど、私。想う気持ちは、ずっと変わらないんだよ。
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「航平って女々しいよね」
「はぁ?」
男らしい。って言われないし。僕だけどうやら片思い。まぁ、分かってたけど。
ムッとしたって、ちょっとしょげたって。余裕がないのは俺だけで上手く行かずにすれ違い。結局、知らない誰かと言葉を交わす名前に遠慮しがち。俺には答えてくれないのにね。
..だから女々しいって言われるのか。
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雑踏の中を並んで歩く。
「ぶつかるよ」
航平の柔らかく温かい手に優しく引き寄せられて、肩が少し触れて。
触れないで。やめてほしい。ドキッとしたのがバレそうだから。なんて思ってる間に、航平が少し離れて。今度は私が心の中で少しムッとして。やめないでよ。
「そっちじゃなくてこっち」
触れて..触れないで。
「寄り道しないって言ったでしょ」
もぉやめて..やめないで。
「名前、こっち来な」
触れて..触れないで。
「もうちょいだから起きて」
もぉやめて..やめないで。
「ほら、降りるよ」
触れて..触れないで。
もぉ...。
「ばか」
「何か言った?」
「何も!」
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「何も!」
いや、気になるし。って聞けないし。
「泊まってもいいよね」
「別にいいけど...」
ちょっと嫌そうにしてみる。素直じゃないのがよそよそしい。
変な事しないでよね。って、した事ないだろ。好きだから大事にしたいし、してるんだって。何で気付かないんだよ鈍感。そりゃ言わなけりゃ、気付くわけもないけどさ。もうちょっと分かってくれたっていいじゃん。
「じゃあ帰るね」
まだ朝の八時なのに帰るって言い出す名前をどうにか引き留めてみようと試みるけど、そういうの下手くそな俺には難しくて。いっそ、まだ一緒に居たいって言ってやろうか。言葉にしかけたそれをグッと飲み込んで、視線を落とす。
「航平」
「なに」
「言いたいことがあるんでしょ?」
諭すみたいな言い方。なんだよ、言っていいなら言ってやる。どうなっても知らないからな。気まずくなったとしても、全然気付かなかった鈍感な名前が悪い。
「..一緒に居たい」
「それもだけど。それだけじゃなくて」
その後に続けられた言葉の意図も含めて名前が言いたいことがよく分からなくて。やっと視線を上げて顔を見た。少しだけ口を尖らせてムッとしてるのに、耳まで真っ赤で、目は潤んでて。
あ、鈍感だったのは俺の方だったんだなって、やっと分かった。
「言いたいことはないんですか?」
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