ko-chan
名前設定
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「おれ、先輩が好きです。名前先輩が好き」
何で、こうなったんだっけ。
航平とはTQCで知り合った。学年も専攻も違うのに何故か平成ライダーとポケモンが好きというだけで"名前先輩!"と懐いてくれるものだから、当時から可愛くて可愛くて。航平に誘われて入ったQuizKnockにアルバイトからそのまま就職したこともあり、今でも時間が合えば呑みに行く仲だ。呑みに行くようになったのは航平が前の彼女さんと別れてからだけど、私達の間柄に疚しさ等はなく、いつだって嗜む程度に呑んでお喋りをしてまた明日と手を振るだけ。最近は裏方を務める私の数倍は忙しそうにしていて、顔を合わせる時間も随分と減ってしまった。必然と呑みに行く回数もうんと減ったものだから、呑みに行こう!と航平が甘えてこないのが少しだけ寂しい。
『先輩は寂しいゾー』
文字を打ち込んではデリート、打ち込んではデリート。二ヶ月前から動きのないトーク画面に素直な言葉を送り付けるか、大好きなライダーのスタンプを送り付けるか。何度も悩んでは結局どちらもやめるを繰り返す。お昼休憩からずっとこんな感じで仕事が身に入らない。やるべき事はちゃんとやってるんだけど、どうにも集中が続かない。あまりにも立て続けにコーヒーを飲んでいたら、須貝さんに飲み過ぎ注意と止められてしまった。
気合いを入れ直してどうしても終わらせておきたい仕事を片付けたらデジタル時計が表示している時刻は20:48。慌てて帰り支度を済ませてオフィスを出ると、スマホがカバンの中で震えていることに気付く。画面を見ると航平から着信。
「もしもし?どうしたの航平」
『名前せんぱーい。いまどこですか!』
「今?オフィス出たとこだけど。航平酔ってるでしょ」
『まだ酔ってないけど、むかえにきて』
酔ってる。絶対酔ってる。
あざとい彼女が彼氏に酔って甘える時の様な台詞を言う航平からなんとか場所を聞き出して急いで向かう。電話が来たことに喜ぶ暇もない。幸いオフィスから一駅だったおかげで直ぐに着いた。公園のベンチで空を仰ぐように座り込む航平に声をかけると、顔を上げて嬉しそうにしたかと思えば、一瞬にして拗ねた顔に変わる。何だその顔は。ちゃんと来たじゃないか。
「せんぱいおそい!」
「ごめんごめん。一人で呑んでたの?」
「かわむらさんかえった」
あのアンダーリムめ。面倒だから私に押し付けたな。明日コーヒー奢ってもらおう。
「航平。帰ろう?」
来る途中で買っておいたお水を飲ませて帰るよう促すと、ん!と左手を私に向けてくる。恐らく立たせてくれの意。航平の左手を両手で引っ張ると大人しく立ち上がってくれる。若干脚が覚束無いけど、真っ直ぐ歩けない程ではなさそう。現状に一安心しつつ右手を離してくれないから左手だけでスマホを操作して航平の帰りの電車を調べる。酔っ払い航平を送って自分の家に帰り着くのは日付を越える前くらいが妥当かな。
航平のペースにあわせて駅に向かって歩く。何度か手を離すよう試みたけど、その度にヤダの一言と共に航平の左手に力が入るので諦めてドキドキなんてしてないフリをする。いつもだったら楽しくお喋りしながら駅まで帰るのに、今日に限って何も喋ってくれないし、私が話題を振っても適当な返事しか返ってこない。そのくせちゃっかり車道側を歩いてくれるし、自転車が来たら肩が触れるくらい寄ってくるから余計に心臓が五月蝿くなるばかり。
手汗かいてない?私ちゃんと歩けてる?右手と右足一緒に出たりしてない?なんてことを考えてる間に駅に着く。改札を通るために離された手に安心したのも束の間、改札を通ったら直ぐに右手をさらわれた。
「待って航平、こっち」
「先輩ん家は二番線のやつでしょ」
酔ってるくせに。迎えに来させといて何でそういう所はしっかりしてるんだよ。航平のくせにドキドキさせやがって。
ホームに音楽が流れた後に電車がホームに入ってきた。一緒に電車に乗り込む辺り、酔ってるなりに送ってくれるつもりらしい。電車の扉に背中を預けて航平と向かい合う形で電車に揺られる。航平はどんな顔をしてるんだろうと、チラリと盗み見ようとしたらバッチリ目が合ってしまって慌てて視線を逸らす。繋がれた手にキュッと力が入れられる。
結局何の会話もなく、部屋の前に着いてしまった。
「大丈夫?帰れる?」
「先輩がハグしてくれないと帰れない」
「は?!」
本当に今日はどうしたの!?河村くんに変なものでも食べさせられた!?それともしこたま飲まされたとか!?
私の反応が気に食わないのか、またムスッとして拗ねてみせる航平はあどけなくて可愛い。可愛いけども。
「航平、いい?夜の寒さで寂しくなったのかもしれないけど、そういうのは好きな人にお願いしな?ね?」
「だからお願いしてるんじゃないですか」
そして冒頭に至るわけですけども。
航平と過ごす時間は楽しくて、話せない日が続くと寂しくて。薄々自分で気付いてた。それでもこの仲を壊したくなくて、航平は弟みたいなものだと自分に言い聞かせてきた。言い聞かせてきたのに。どうしよう。これでからかってみただけですとかドッキリですなんて言われたら私は何も信じられなくなるぞ。
「からかってませんからね。おれそんなこと出来るほど器用じゃないし」
「..心を読むんじゃないよ」
「先輩が分かりやすいんですー」
ねぇ早く。
上手く会話を逸らせたとも思わせてくれない航平に腕を広げられてしまえば、大人しくその腕の中におさまるしかない。意外にも広い背中に腕を回すと、少し苦しいくらい強く抱き締められる。航平ってこんなに力あったんだ。背中を撫でると少し力が緩まった。心臓は相変わらず五月蝿いけど、航平の腕の中は暖かくてなんだか安心する。
「寂しかった」
「ん?」
「先輩に全然会えなくて寂しかった!」
耳元でヤケになって大きな声を出すものだから耳がキーンとなる。ご近所迷惑も気になるから大声は控えて欲しい。
「私も寂しかった」
「嘘だ」
「ほんと」
両腕を背中から首に回して落ち着けるように頭を撫でると、またぎゅっと航平の腕に力が入る。踵が浮いて腰が少し反る形になり少々しんどいが文句は言うまい。夜中で人が通らないとは言え、いつお隣さんが出てくるかも分からないのでそろそろ部屋に入りたいのだけれどそれもあえて言うまい。
何も言わず航平が満足するのを待っていると、航平の腕が緩んで身体が少し離される。至近距離で見詰められているこの状態はマズイ気がする。妙な予感は的中するもので、徐々に詰められる顔の距離に慌てて間に右手を入れて航平を止めるとまた拗ねた顔を向けられる。
「ちょちょちょちょちょ!」
「なんですか」
「なんですか。じゃ、ありませんが!?何を考えているのだねチミは!!交際してもいない男女が接吻など不埒な!!」
「ぶはっ!」
笑いどころではなーーい!!!な〜にが、先輩おもろ!だ!!私は混乱しているのだぞ!!からかっているだけならやめたまえ!!酔ってたので覚えてませんなんて私は許してやらんぞ!!
よく分からない口調のまま思っていること全部ぶつけてやったら、ちゃんと分かってますよだとよ。
「何を分かっていると言うのだね」
「先輩がかな〜り慎重派とか?」
「やっぱりからかってるな」
「からかってない。本当は酔ってないし」
「は?」
「やべっ」
アパートの一角。私が借りてる部屋のダイニングキッチン。テーブルを挟んで向かい合う私と航平。器用に椅子の上で正座をする航平に痛そうだなぁなんて関係ない考えを溜息と共に流していく。
「呼び出した時は本当に酔ってたけど、駅まで歩いてる内に酔いが覚めてきたと?」
「はい、すみません」
「まったく。何でそんなことしたの」
「だって名前先輩、鈍いし慎重過ぎるから」
「酔ったフリしなくたっていいでしょ」
「ごめんなさい。でも、先輩が好きなのは本当なんで」
信じてくれと言わんばかりの強い瞳で真っ直ぐ見詰められてしまえばグゥの音も出ない。何で私が言い負かされてる風なんだよ。
「変な感じになったけど、おれと付き合ってください」
「よくこの状況で言えるな..」
「今言わないと先輩逃げるじゃないですか」
うん、否定はしない。しないけども。タイミングと雰囲気って言葉はどちらも航平の辞書に載ってるかい?それとも本当の本当は酔ってたりする?今なら、酔ってて覚えてませんをギリで許してやらんこともないぞ?
現実逃避の脳内独り言をツラツラと並べておきながら、顔では真面目に考えてますの素振り貫く。
「航平はさー、友達のままのが楽だと思わないの?」
「 そりゃ思った時もあったけど、そんな風に割り切れるほどおれが器用な大人じゃないの分かってるでしょ」
分かってるけどさぁ〜と駄々を捏ねてみる。いつの間にか脚を崩した航平は、迎えに行った時にあげた水を飲む程の寛ぎよう。初めてお邪魔する他人ん家だぞ。ちったァ居心地悪そうにしなさいよ。
「先輩みたいな人のことなんて言うか知ってます?」
「おうおう、何だね急に」
「強情。頑固。意地っ張り」
失礼だなぁ。どうせ言うんなら褒め言葉にしてくれたっていいじゃない。
「おれのこと好きじゃない?」
「好きだけど」
「そんなに付き合うのが嫌?」
「嫌じゃないけど」
「意気地無し」
その言葉で先日須貝さんと話したことを思い出す。
"渡辺の気持ちも汲んであげな"
意訳:好い加減腹を括ってどちらかを選べ。で、間違いはないと思う。自分でもこんなに意気地無しだとは思わなかった。引き摺るような過去があるわけじゃない。ただあまりにも心地好い友人としての時間が長過ぎて、気付けば一歩を進める足が随分と重くなってしまった。歳を取れば取るほど腰まで重くなっちゃってやーね。
「こーへー」
「何すか」
「降参」
「は?」
「好きだよ」
「..え、うそ、まじ!?」
なんだよ。待たないって言ったの自分じゃん。
「っしゃ!!!」
「じゃあそういうことで。お疲れっしたぁ」
航平に鞄を持たせて帰るように促すと、ギャースカ言われるのを左耳から右耳へと流して玄関へと押し遣る。あ〜、照れくさいったらありゃしない。
「名前先輩」
「なんすか」
なんすかの後に一回。
「好きです。また明日!」
また明日の前に一回は流石に欲張り過ぎじゃない?とか言ったら野暮だって怒られるんだろうな。航平の熱が残る唇が上がりそうになるのを無理矢理への字に曲げる。多分今の私は変な顔してる。
ご機嫌な顔で手を振る航平に手を振り返したら、やっぱ無しは無しですからね!と念を押して帰ってった。そこまでチキンじゃないっつの。