ko-chan
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「山本さん、蕎麦行きません?」
「蕎麦?」
「蕎麦」
こうちゃんとご飯を食べに行くのは知人の中でも少なくはない方だけど、何を食べるのか指定して来るのはちょっと珍しい。良いお蕎麦屋さんでも見付けたのかな。
こうちゃんに連れられて入ったお店は凄くお洒落で正直驚いた。昼間の外に比べて少しだけ暗めの店内は都内にしては割と広めだと思う。こうちゃんもこんなお店知ってたんだ。
「いらっしゃいませ。あ、こんにちは。今日はお2人ですか?」
「はい」
「こちらにどうぞ〜」
席へ案内してくれる物腰の柔らかい店員さんの笑顔は僕達の年齢と変わらないくらいに見える。
「知り合い?」
「いや、最近ちょこちょこ来るから覚えてくれたみたいで」
「そうなんだ」
使い込まれた木のテーブルはシックに見えるのに温かみを感じる。小さな音量で聴こえてくる店内BGMは昔流行ったポップスのジャズカバー。ゆっくりとした曲調も相俟って店内全体が落ち着ける雰囲気がある。
「夜は1品料理もあるんだ」
「鰹のたたきめちゃくちゃ美味かったですよ」
「えー、どうせなら夜に呼んでよー」
まあまあ。と、メニュー表を蕎麦のページに捲くるこうちゃんは何処か落ち着きがない。話したいことがある顔をしてるけど、まだ話す気になれないのかな?
結局こうちゃんは料理を待ってる間も食べてる間も、ソワソワしてるだけで何も話してくれなかった。それでも、僕は何を話したいのか分かってしまったかもしれない。
「ありがとうございました」
「あの、また来ます」
「お待ちしてます」
嬉しそうに綻ぶ店員さんの反応に、照れくさそうに笑って会釈をするこうちゃん。本当に何でも顔に出ちゃうんだよなぁ。
こうちゃんがやっと本題に入ったのは、お店を出て直ぐだった。
「どう思います?」
「ん?凄く美味しかったよ」
「それは良かった。良かったんだけど!」
山本さん本当は分かってるでしょ!と口を尖らせて睨んでくるこうちゃん。皆がこうちゃんに意地悪したくなるの何か分かるなぁ〜。
「かわいい店員さんだったね」
「やっぱり彼氏いるかなー」
超能力は使えないからそれは分からないなぁ。お店を出て直ぐの横断歩道が赤になって止まってる間に、どういう経緯があったのか聞いてみたら、こうちゃんは思い出しながらゆっくり話し始めた。
「1か月前くらいだったと思うんですけど。こんな所に蕎麦屋とかあったんだなーって思ってお店の前で突っ立ってたら、あのお姉さんが出てきて」
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「あ、ごめんなさい。今日はもう完売したんです」
「じゃあまた出直します」
「お待ちしてます」
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「その、お待ちしてますの笑顔に惚れたと」
「そう。で、覚えてないと思うじゃん?そんな会話色んなお客さんとしてきただろうし。次の日行ったら覚えてくれてたんですよぉ。そんなの、あ、覚えてくれてたんだ!って嬉しくなるじゃないですか」
そうだね、好きになっちゃうね。と、適当に返したら、そうなんですよぉ!と声を上げるこうちゃん。うん、声のボリュームちょっと落とそうね。
「せめてLINEだけでも交換出来たらなぁ…」
「良かった!まだ近くに居た!このスマホ、お客さんのですよね?」
「えっ…。うわ!本当だ!ありがとうございます!」
あっぶね〜。とスマホを受け取るこうちゃんを肘で軽く小突くけど、頭の上に?を並べて僕の言いたいことは伝わらない。こうちゃんも超能力は使えないからなぁ。
スマホを指差して小さく口パクで、ら、い、ん!と言うと、ハッと目と口が開くこうちゃん。その顔ちょっと面白いね。
「スマホ、渡せて良かったです。私はこれで失礼します」
「待って!..ください!あの、もし、良かったら、良かったらって言うか、嫌じゃなかったらなんですけど、その、連絡先、交換してくれま、せん、か…」
すっごい歯切れが悪いし何か挙動不審だけど、それでも言いきったんだから凄いよこうちゃん!
作務衣のポケットからネームペンを取り出して、書くものお持ちですか?と聞くお姉さんに、咄嗟に右の掌をお姉さんに向けるこうちゃん。流石にそれはちょっとと思って鞄からノートを出したら、既にお姉さんはこうちゃんの掌に何か書き始めてた。こうちゃんはというと、不可抗力?とは言え手に触れられて顔が真っ赤になってる。
「21時以降なら出れると思います」
失礼します。
ぺこりと頭を下げてお店に走って戻るお姉さんはこうちゃんと同じ顔してた。走るの速いなぁ。スポーツやってたのかな?
「山本さん…」
「ん?」
「どうしよう、手洗えない」
右の掌に書かれた数字の羅列を見つめるこうちゃんに、一つ歳上の僕からアドバイスを授けよう。
「手汗で滲んで分かんなくなる前に登録したら?」
「それだ!」
慌てて左手に持ったスマホのロックを解除して、電話帳を開くこうちゃんは初々しい。何度も数字を間違ってないか確認してから登録を完了させて、よし!と小さくガッツポーズをする横顔は本当に嬉しそうで見ているこっちも嬉しくなる。
歩行者信号がカッコウの鳴き声で報せてくれる青信号に、何だか良い予感がするのは、僕だけかな?
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