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『今日の1位は牡牛座のあなた!気になってる人を誘ってみて!ラッキーカラーは緑で』
そこまで聞いてテレビの電源スイッチを押した。
「な〜んか違うんだよなぁ」
「もういいでしょ。ココアあげるから仕事しなさい」
出勤したら給湯室で渡辺がまじまじと誰かの横顔を見ている。渡辺の背中で顔は見えないけど、声からして恐らく苗字だ。
苗字は服やコスメが好きでリップの色やアイラインの色が日によって様々。服装も系統やブランド等に囚われない自由なファッション。髪色服装自由な職場かつ表仕事ではないとは言え、紫のリップをつけてきた時は男だけでなく女性陣も目を見開いていた。当の本人はと言うと、他人からの見られ方や評価なんてお構い無しの気にしない質。TPOはしっかり弁えているので俺から言うことは何も無い。
「あ、伊沢さん。おはよーございます」
「はよー」
氷の入ったアイスココアを片手に給湯室から出てきた渡辺と挨拶を交わす。給湯室の出入口から中を見るとやはり苗字がコーヒーを淹れる用意をしていた。
黒いハイウエストのパンツと白のTシャツか。今日はシンプルだな。出入口から三メートル手前で給湯室に入るか考えていると苗字が俺の視線に気付く。
「おはよ。コーヒー飲む?」
「おっす。飲む」
苗字の言葉に誘われるがまま給湯室へ入って、さっきの渡辺と同じようにコーヒーを淹れる苗字の横顔を見つめる。確かにいつもと何か違う。福良さんだったらこういうことに直ぐ気が付くんだろうけど、如何せん俺はメイクというジャンルに対する興味が薄いので、"何か"という違和感を晴らすためには苗字の顔をまじまじと観察する必要がある。
「なに?惚れた?」
「かもな」
あまりにもじっくりと見過ぎたのだろう。苗字から暗に見過ぎだと言われる。いつもだったら笑いながらちげーわって返す所を、馬鹿真面目な顔して肯定してみると、ギョッとした顔でやっと俺の方を見る苗字に顔を近付ける。ああ、マスカラが違うのか。いつも黒だもんな。
「ひっぱたいていい?」
「それはやめてほしい」
「じゃあ離れて」
「分かった」
淡々と会話をしているが、目の前の苗字は耳が真っ赤になっている。こいつ結構可愛いとこあんだよなぁ。
離れる前にベージュの唇を堪能しようとしたら鼻を摘まれた。
「セクハラで訴えるよ」
「誕生日だから許してくんねぇ?」
「恋人じゃない人間にタダでくれてやるほど私は易い女じゃないことくらい、伊沢なら知ってると思ってたんだけど?」
いつから易い男に成り下がったの?と冷めた視線で睨まれる。あらま。怒らせちった。まぁ今のは明らかに俺が悪いわな。
ごめんと一言謝って大人しく引き下がり距離をとると、天麩羅が食べたいだと。へいへい。
「今から今夜の予約取れる天麩羅屋とかあるか?」
「別に今日じゃなくていいんだけど」
「俺は今日がいい」
苗字の予定も確認せず、スマホで良さげな天麩羅屋を調べながら温くなったコーヒーを受け取る。無理とは言わないから多分空いてんだろうな。あ、そうだ。執務室へ出る前にご機嫌取りをひとつ置いて行こう。
「そのマスカラ。俺は好き」
「そのスニーカーも。私はいいと思う」
仲直り完了。あとはお互いに誕生日を祝って上手い天麩羅を食うだけだな。福良さん辺りが良いとこ知ってねぇかなー。夜がだんだん待ち遠しくなる気持ちを押し込めて、戦闘の準備を抜かりなく整える。
情報の海の中から苗字が気に入りそうな所に目を付けつつ、温いコーヒーを胃に流し込むと、河村さんが出来上がった資料を渡しに来た。
「お前やっと苗字さん口説く気になったの」
「ははっ、うるせぇ〜」
俺の誕生日に同じ誕生日の好きなヤツ口説いたっていいだろ。
心の中で俺自身に言い訳をしながら視線を下に向ける。緑色のスニーカーにひっそりと目を細めた。緑色のマスカラの方に目をやると、イベントの企画書に目を通しながらご機嫌に目を細めている。小さく笑みを零して仕事に集中した。
「お疲れー。みんな気を付けて帰れよー」
「お疲れ様でしたー」
数分前にオフィスを出た苗字の後を急いで追う。少し歩くと信号待ちをしてる苗字を見付けて、息を整えてから声をかける。
「お姉さん天麩羅好きそうだね。俺いいとこ知ってんだけど一緒にどう?」
「何それ、口説いてるつもり?」
今日は気分が良いから特別に着いてってあげる。
楽しそうに笑って差し出した俺の右腕に左手を添えてくる姿に、柄にもなく心臓が忙しなく働き出す。あれだ、これは筋トレだ。
「あ、そうだ」
「ん?」
「誕生日おめでとう拓司クン」
ふふんと鼻を鳴らして悪戯な笑顔で名前を呼ぶんじゃねーよ。折角の誤魔化しが効かんだろう。あ゙ークソッ、顔があちぃ。決戦の日にするつもりだったのに、これじゃ格好すらつかねぇじゃんかよ。
「おー、サンキュ。そんで、誕生日おめでとう名前チャン」
「ありがとう」
ダイジョウブを三回手のひらになぞって飲み込みたい気持ちだけを飲み込んで、張り詰めた気持ちを後押しするこの夜をどんどん好きになるとするか。
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