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ppppp... ppppp...
「ん゙ー…なんじ..」
朝八時半。何でこんな時間にアラームが鳴ってんだ。起きるには少し早いだろ。二度寝を、
「八時半!?」
やばい。寝坊した。いや、厳密に言えば遅刻しない時間ではあるけど、そうじゃなくて。兎に角朝飯はコンビニで買ってオフィスで食うとして、顔を洗って、歯磨きと着替えと、あ゙〜寝癖!!
バタバタと部屋の中を駆け回って家を出る準備をする。黒のパンツを履いてベルトを通したら、昨日洗ったピンチハンガーに干したままの適当なTシャツを手に取る。..やっぱりこっちにしよう。ハンガーラックにかかっている白とスカイブルーのシャツに腕を通す。出る前に鏡でサッと確認して、家を飛び出した。
結局オフィスに着いたのは九時半だった。もう出てるだろうなと思いながら、執務室に荷物を置いてキッチンへ向かう。
「あら。おはよう、乾」
まだ居た。よかった。
今日はベージュのパンツスーツ。毛先がゆるく巻かれている髪はアレンジされたハーフアップ。全体的に昨日より柔らかい印象で、綺麗だけどそれでいて可愛らしい。そして、やっぱり普段の苗字さんからは想像が出来ない。
「おはよう、ございます。あ、昨日はカフェオレありがとうございました」
「いえいえ。皆には内緒だからね」
「はい」
にやりと笑って見上げてくる顔に親近感を覚える。少し緊張が解れたせいか、欠伸を我慢出来なかった。慌てて口を覆うと、今度はクスクスと笑われる。ちょっと恥ずかしい。
「眠そうだね〜。昨日も早かったけど、編集行き詰まってる?」
「いや、..まぁ、そんなところです」
貴方のその姿が見たくて早起きしました。とか、貴方のせいで眠いんです。とか。言えるわけがない。気持ち悪がられるに決まってるし、自分が何とも思ってない人にそんなこと言われたら多少なりとも気持ち悪い。
「そっか。じゃあ頑張ってる乾に紅茶を淹れてあげようじゃないの」
紅茶。そうだ、聞きたいことがあった。
「あの、香水使ってますか?」
「使ってないよ。どうして?」
「昨日、紅茶みたいな匂いがしたから」
なるほどね〜。と、含みを持たせるように微笑む横顔に見蕩れてしまう。
こんな風に色んな笑顔を見せてくれる人だっけ。見てなかっただけか。じゃあ、よく見ていれば、普段もこんな顔が見れるのかな。須貝さんならもっと色んな表情を知ってるのかな。
「それはこの匂いじゃない?」
差し出された紙コップから、昨日と同じ匂いがした。
紅茶が好きで仕事を始める前に気分に合わせたものを飲むのだと教えてくれた。ちなみにこれはニルギリらしい。あとで紅茶について調べてみよう。
「乾、ちょっと屈んで」
「?はい」
「ちょっと触るね。ふふ、この寝癖どうなってんの?」
苗字さんと目線を合わせるように屈むと、優しく髪を撫でられる。真近で見る笑顔に心臓が高鳴った。あ、好きかも。
当たり前だけど俺より顔小さいな。リップ何色なんだろう。なんか色っぽく見える。やばい、引き寄せてキスしたい。
ポーカーフェイスを保つ顔とは裏腹にトクトクと強くなっていく脈。知らないフリをしたくて視線をずらすと、時計が目に入った。出なくて大丈夫なんだろうか。
「そろそろ行かなくていいんですか?」
「ホントだ、もう出なきゃ。じゃあ私行くね」
頑張ってどうにかしようとしてくれていた手が離れていく。
名残惜しい。もう少しだけ撫でて欲しい。寂しい。
紙コップを傾けて紅茶を飲み干す喉がコクリと揺れる。丁寧に潰された紙コップをゴミ箱へ捨ててキッチンを去る背中に声を掛けて引き留めることを試みる。
「あの!行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
昨日と同じ様に小さく振ってくれる手。振り返した自分の手はぎこちなかったかもしれない。引き留められたのだって二言分だけ。
でも、昨日は言えなかった言葉を今日は言えた。振り返ってくれたその笑顔は昨日より輝いて見えた。その笑顔と紅茶の匂いが、また強く結び付いた。
「はぁ〜....」
大きく息を吐きながらしゃがみこむ。入れ替わるように入ってきて、うぉっ、と声を上げる須貝さんなんて気にもならない。だって脳内で苗字さんが笑いかけてくるから。
「なーにやってんの」
「何でもないです」
苗字さんって学生の時はどんな感じだったんですか。普段からよく笑う人なんですか。恋人とか好きな人とかいるんですか。
こんな事この人に聞いたら絶対大笑いされる。でも気になる。
だから先ずは、普段の冴えない苗字さんを観察することから始めよう。さっきから速い脈も気のせいかもしれないし、好きだとしても憧れとか推しみたいな好きかもしれない。
「そろそろ仕事しろ若人」
「はーい」
グッと一気に飲み干した紅茶は思っていたより飲みやすかった。