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梅雨。日本の夏の象徴の一つ。五月末から七月初旬にかけて雨が降り続く期間。空一面を覆った鼠色の雲が雨を降らすおかげで日中でもどこと無く暗いし、ジメッと張り付くような湿気も相俟って、何とも言えない心地悪さが続いている。
鍵を右手の中で遊ばせながら、エントランスの窓ガラス越しに駅へと続く歩道をぼんやりと見詰める。待ち侘びた傘の色がとことことこちらへ真っ直ぐ歩いてくるのが見えて、私の心にまで蔓延っていた心地悪さが徐々に晴れ出す。
「名前ちゃん!」
エントランスを出ると、私を見付けて嬉しそうに手を振ってくる彼の姿は正に癒し。かわいくて太陽みたいに明るい彼が、梅雨時期に生まれたとはまるで思えない。
「おいで〜よしくん」
「わ〜」
ここが人目に付くマンションのエントランスであることも無視して腕を広げると、嬉しそうに傘を閉じて駆け寄ってくる姿はまるで子犬。私が濡れないように傘を遠ざけつつ片腕で抱き締めてくれるところもパーフェクト。少し離れてニッコニコの笑顔と見つめあったらもう一度抱き締め合う。もうほんとにかわいい!
「お邪魔しまーす」
「どうぞー」
暫く雨だからお家デートにしよう!と提案したのは祥彰だった。雨の日に外へ出るのがあまり好きではない私を甘やかして、この時期はだいたいお家デートで私の部屋に来てくれる。前に祥彰に直接、甘やかし過ぎだと思うって言ったら、伊沢さんや河村さんにも同じこと言われたんだって。続けて、でも名前ちゃん会いに行くって感じがいつもワクワクして楽しいよ!と言ってくれたのは少しだけ照れたけど嬉しかった。
「靴下濡れた?」
「今日は大丈夫!」
雨の日のお家デートで私達が毎回するやりとり。いつでも泊まれるようにお互いの部屋に諸々置いてはいるんだけど、祥彰の靴下だけうちに多めに置かれてる。もちろん、雨で濡れたとき用に。
「名前ちゃ〜ん」
「よしよし、かわいいね祥彰」
手洗いうがいをしたらマスクを外してスキンシップタイム。祥彰はスキンシップが大好きで、付き合って二年は経つけど付き合いたての当時と変わらず、二人きりになると甘えたでひっつき虫だ。そこがまたどうしようもなくかわいいし、勘繰らずとも愛されているのが伝わってくるので女冥利に尽きる。
パワーチャージするみたいに思いっきり抱き締め合ったら、バードキスをしてまた抱き締める。それを二度程繰り返したら満足したのか、抱き締める腕が緩まった。今のうちに抜け出して用意しておいたものを寝室に取りに行こう。
「ちょっと待っててくれる?」
「はーい」
想定通り大人しく離してくれた祥彰の頭を撫でたら、心地良さそうに目を瞑る顔がかわいい。
ベッドサイドテーブルに置いといたそれを手にリビングに戻ると、祥彰は早速本棚から先日来た時に読んでた漫画の続きを読んでいる。結構ハマるものがあったみたい。
「はい。誕生日プレゼント」
「毎年ありがとう。開けてもいい?」
「どーぞ」
中身は腕時計。新しいのが欲しいとも言ってたし、まだプレゼントしたことなかったし。これからも祥彰と一秒でも長く同じ時間を過ごせますようにという願いも込めて。
箱を開けて時計を見た途端、パッと顔を上げて私と目を合わせる。
「覚えててくれたんだ!」
「そりゃもちろん」
「ありがとう〜!凄く嬉しい!」
優しい手つきで時計を付け替える姿に見蕩れる。
「どう?似合う?」
「うん、似合ってる。かわいいよ」
「そこはかっこいいって言ってよ〜」
ニコニコと嬉しそうに笑う祥彰は本当にかわいい。喜んでくれてよかった。親身になって色々出してくれた店員さんありがとう。貴方のおかげでかわいい彼氏の喜ぶ顔が見れました。
「よしくんはかっこいいねぇ」
「感情がこもってないよ!」
もう〜!と笑う祥彰の頭を撫でれば、また心地良さそうに目を閉じるから、かわいい以外の何者でもない。そのまま両手で両頬を包みんでむにむにと撫で回す。
「はい、お終い」
頬を包む両手を上から重ねられたかと思うと、私側に体重をかけてそのままソファの座面にダイブさせられる。私の顔の横に左手をついて近付いてくる顔に目を閉じたら、おでこにキスを落とされる。おでこ?いつもだったら..と考えながら目を開けると、視線を合わせたまま唇も重ねられた。真っ直ぐに黒い瞳で見つめられながらゆっくりと離れていく唇に、あ〜そうだったこの人急にかっこよくなるんだったと呑気に思い出す。
「あんまりかわいいばっかり言うと、もっと酷い意地悪するよ」
「は、はひ...」
呑気に思い出してる場合じゃなかった。
山本祥彰はかわいいだけじゃなくかっこいい。を心の中で何度も反芻して、慌てて脳に刷り込ませる。これは私が明日を無事に迎える為にも必要な格言である。
びっくりさせてごめんね、と引き起こしてくれる祥彰にまだドキドキして落ち着かない。こうしてたまに仕掛けてくるからその度に油断出来ないなぁと毎回思うのに、そんなことどうでも良くなるくらい祥彰が世界一かわいいから直ぐに忘れてしまう。引き起こしてくれた手が繋がれたままであることにすらドキドキするから、戻ってきた初心が祥彰の代わりに意地悪を働いているに違いない。
「じゃあ今度は僕からも」
「ん?」
「これは提案だから、名前ちゃんに選んで欲しいんだけど」
そう前置きをしてソファの座面で正座をする祥彰に倣い、私も正座で祥彰と向き合って、初心には思い出の引き出しへと帰って頂く。
「結婚を前提に同棲して「お願いします」はやっ」
最後まで言わせてよ〜なんて笑いながら言われても、私達の間柄でわざわざ正座してまで改まって言われることなんて、同棲か結婚だって想像付くんだもん。前々から結婚より同棲が先だと二人で話し合っていたから、同棲の話で間違いないだろうと予想出来たし。
「でも本当にいいの?結婚を前提にだよ?」
「それを聞くのは僕の方じゃない?」
「私は祥彰以外なんて考えられないから」
「いつもストレート過ぎて、たまに名前ちゃんがかっこよく見えるよ」
褒め言葉に照れつつ、スマホでお互いの職場からアクセスが良い立地を考えたり、お互いの親に挨拶しておくべきか日取りはいつにするか話し合ったりする。初心とはまた違ったドキドキとワクワクが胸を占める。
祥彰に幸せそうな笑顔を向けてもらえる幸せを噛み締めながら、ふと二年前の同じ日を思い出す。寂しそうな顔をして電車を待つ横顔へ素直に気持ちを伝えて良かった。
私の視線に気付いて、首を少しだけ傾げる祥彰は大変かわいい。腕を広げると嬉しそうにぎゅっと抱き締めてくれる本日の主役に、改めてお祝いの言葉を贈る。
「誕生日おめでとう祥彰」
「ありがとう。三年目もよろしくね」
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