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「野球部の須貝先輩ってカッコイイよね〜」
「分かる。めっちゃ爽やかで笑った顔とかかわいいし。付き合ってる人居るのかな〜」
耳に入ってきた同じクラスの女の子達の言葉。入学したばかりなのに、何で関わりのない先輩の名前なんて知ってるんだろう。ていうか、浮いた話をわざわざ図書室でしなくたっていいのに。心の中でこっそりと文句をたれて、四限の物理で出された課題を進める。
「この問題はaじゃなくてbが正解」
「え?」
「間違いやすいから気ぃつけてな」
んじゃ。
間違いを訂正して図書室を出てく背の高いその人は、恐らくスガイ先輩。何故ならさっきの女の子達が目をカッと開いてズンズンと私に近付いてくるから。
「苗字さん!」
「須貝先輩と知り合いなの!?」
「知らないから静かにして..」
司書さん睨まれてるから...。
スガイ先輩のせいで散々なお昼休みだった。司書さんだけでなく周りの目が怖くて図書室から逃げ出した結果、女の子達に本当に知り合いじゃないのかだの何を話したのだの質問攻めにあって、結局課題はまともに進まなかった。家でしたくないから休み時間の間に済ませたかったのに。
五月に入って体育祭の準備が始まった。
四月の末に行われた結団式で、スガイ先輩が同じ団のリーダーだと知った数名の女の子は教室で歓喜していた。学校の人気者なんだなー。
陽射しにジリジリと焼かれるお昼前。残暑がキツい九月では熱中症の恐れがあるため、今年から五月になったらしいけど、五月とは言え日中は充分過ぎるほど熱い。温暖化を肌で感じながら、顎を伝う汗を拭う。
「苗字ちゃん、ちゃんと水分補給してる?」
「スガイ先輩」
間違いを指摘されたあの日から、スガイ先輩は何かと私に声をかけてくる。廊下で擦れ違う時、図書室でバッティングした時、部活の帰り等々。体育祭の通し練習も、三年生の招集がかかったついでに、わざわざ一年生の塊に寄っては、こうして声をかけられる。お陰でクラスの女の子達からは変な勘違いをされて、色々聞き出そうとされるけど私はこの人のことをちっとも知らない。何故この人が私の名前を知ってるのかすら知らないのだから、彼女の有無なんてもっと知らない。
「忘れてきたから自販機で買ったんですけど、温くなってきて最悪です」
「はっはっは、それは忘れたのが悪い」
次のリレー走るからちゃんと見といてな。
その言葉を残すスガイ先輩に周りの女子達が騒ぎ出す。私はと言うと、それは本番の時に言うべきでは?なんてことを思ったり。まぁ、練習でも本番でも変わらず応援はするんだけど。
The体育会系の部活動に所属している私は、例え普段は話さない苦手な子でも、それが知らない人でも同じ仲間という意識さえあれば、大声で応援することに抵抗がない。そのうえイベント事が大好きで全力で楽しみたいタイプだ。普段はクラスの隅っこで、同じ部活の騒いだりしない友達と談笑しているので、クラスの皆に驚かれたけど応援することの何が悪いってんだ。本当は応援したいのにクールなフリをして、歳を取った時にもっと楽しめば良かったと思うより余っ程良い。
「って、アンカーじゃないんかい」
見とけなんてカッコよく言うくらいだから、てっきりアンカーだと思ってたけどスガイ先輩は三番手。それでもリレーメンバーに抜擢されるんだから脚が速いことは事実。なんだけど、今日は調子が悪いのか最後にバトンを渡した先輩の顔は悔しそう。私より気合を入れて応援していた隣の女の子の、練習だから!を右から左へと聞き流した。
「フォークダンス。なーんでギリギリで苗字ちゃんに辿り着けないかねぇ。苗字ちゃんに回ってきたら、大股で列乱して1周してやんのに」
「先生に怒られますよ」
「苗字ちゃんさ、体育祭の練習中と普段の差が凄すぎん?その寒暖差で風邪引きそう」
練習後で暑いのに凍える仕草をするスガイ先輩が面白くて思わず小さく笑うと、先輩は嬉しそうに笑う。図書室で課題を進めると高確率でスガイ先輩が来て、隣で受験勉強をしながらたまに話しかけてくる。邪魔にならない程度だし、分からない所は教えてくれるので寧ろ助かっている。
「リレー。明日の本番は期待してますね」
「..まじ?期待してくれんの?おっしゃ、本気で頑張るわ」
「頑張ってクダサーイ。課題終わったんで、本借りたら教室に戻ります」
「あいよー。またなー」
練習でも本気だったことは何となく分かるけど、それを言うのは野暮な気がして。あえて言葉にせずに図書室を出た。
雲ひとつない快晴。天気予報も降水確率はゼロ%。無事に体育祭は開催された。
フォークダンスは結局先輩まで回って来なかったし、私達の団は最下位で終わった。それでも三年生のリレーでスガイ先輩は、最下位で渡されたバトンを二位まで押し上げて渡した。これでもかってほど応援して本当に良かった。
『それでは、団長やリーダーの指示に従って解団式を行ってください』
先生のアナウンスに従って団ごとに円が出来る。
既に泣いている人達も居る中、団長を始めリーダーの先輩方が一人一人最後の挨拶をしていく。気持ち的にスガイ先輩の顔を見づらくて、先輩の足元を見つめる。
「みんなのおかげでスゲー楽しかった!ありがとう!」
スガイ先輩のその言葉に顔を上げてやっとその顔を見る。何でそんなに清々しい笑顔で居られるの。私はよく分からない虚しさで、涙が視界を滲ませていると言うのに。
多分今にも泣きそうな顔をしていると思う。目があったスガイ先輩が困った顔をしてるから。ポロポロと我慢していたものが溢れてしまった。
リーダーの先輩方が後輩にはハイタッチや握手、リーダーと仲のいい先輩同士ではハグをして回る。そんな中、未だに私は謎の涙を止められず静かにすすり泣きながら、片手でハイタッチをしてもらう。スガイ先輩が回ってきて、先輩の匂いでいっぱいになったかと思うと、周りの女子が歓声を上げる。ああ、私は今スガイ先輩に抱き締められてるのか。
「あ〜、苗字ちゃん泣くなって〜。俺まで泣いてまうやん」
「だって、勝手に涙が」
「悔しいよなー。俺も悔しい」
わしわしと私の頭を撫で回して、来年と再来年は絶対優勝なと無茶ぶりを押し付けて笑う先輩に泣き笑いで頷くと、残りを駆け足でハイタッチをして回って行った。ちなみにスガイ先輩の後ろに居たリーダー達は、スガイ先輩にハグされてる間に私を飛ばして行った。
それからスガイ先輩は野球と受験勉強で忙しそうで、先輩が図書室に来ることも廊下や部活帰りに見かけることもなく、話す機会もないまま卒業してしまった。
「っていうわけで、陰キャオタクの私にもアオハルな思い出の一つや二つくらいはあるのよ?」
「へー。陰キャオタクの苗字さんでもアオハルな思い出があるんですね」
「川上くん。君は本当に私の扱いが適当だねぇ」
あれから数年。先輩が進学を選んだことは知ってたけど、どの大学に行ったのかまでは知り得なかった。連絡先は交換してないし、先輩と共通の友人が居るわけでもないので、先輩が今どうしてるのか私には知る由もない。過ぎ去った唯一のアオハルは素敵な思い出として昇華したが、友人とも好きだった人とも言い難いあの先輩が今どうしているのか、たまに思い出しては気になってしまう。
「お、来たかな。須貝さん、こっちです」
スガイさん?まぁ、まさか同じ人なわけがないか。聞き覚えのある苗字にほんの一瞬だけ湧いて出た期待に封をする。
「お邪魔しまーす。初めまして須貝ですー。田村に言われて来たんだけどー、あれ?田村居ないの?」
うそだ。
数年ぶりに聴いた声に心臓が一度だけ痛いほど大きく飛び跳ねたかと思うと、ドクドクと強く速く脈打つ。何故か咄嗟に彼が居ない川上の方を向いて片手で顔を隠す。
「知り合いですか?」
「わ、かんない」
「何だそれ。てか、顔真っ赤だけど大丈夫なんですか?」
「ダイジョウブ」
自分でも何でこんな事をしているのか分からない。こんなにドキドキしている理由も分からない。お酒だってまだビール1杯すら飲み切ってない程度。いつもはこの程度じゃ、ほろ酔いすらもしないのに。
「苗字ちゃん大丈夫?」
「苗字?」
「は、はい」
私の向かいに座る福良くんの言葉に反応した先輩だった人がこちらを見る。
「まじ!?本当に苗字ちゃん!?」
「お久しぶりです..スガイセンパイ」
「やっぱり知り合いじゃないですか」
そうなんだけど。そうではあるんだけど!まさか覚えてくれてるとは思わないじゃない!?そりゃあ陰キャオタクの私には唯一のアオハルだったから私は覚えてるけど!根明のこの人ならもっと輝かしいアオハルなんてきっと幾つも経験してきただろうから、一ヶ月程度喋ってあげただけの私の事なんて忘れられてると思うじゃない!!
周りが気を使って私の隣にスガイ先輩を座らせる形で、先輩の紹介がされて歓迎会が続く。始終ひたすら緊張していつもじゃ有り得ないペースで飲んだのに全く酔えなかった。酔ってないのに何を話したのか全く覚えていない。覚えているのは最後の方で川上に飲み過ぎだとお冷が入ったグラスを持たされた事だけ。
「本当に一人で帰れるんですか?」
「結構飲んでたでしょ」
「大丈夫!ほんっとに頭は冴えまくってるから!じゃ!」
川上と福良くんの心配を押し退けて逃げるように帰路に着く。
兎に角このドキドキから逃げたかった。思い出の中の人と会える日が来るとは思わなかったとか、その思い出を話していたタイミングで会えただとか、二度目は奇跡とか色んな思いや考えがグルグルと頭の中を駆け回る。振り払うようにワイヤレスヘッドホンをつけて、お気に入りのプレイリストから最近特別気に入ってる曲を探す。
「苗字ちゃん」
またドキリと心臓が大きく飛び跳ねた。ノイズキャンセリング搭載とは言え、流石に何も音を流してなければ外部の音はもちろん耳に入る。人混みや雑踏の中でも自分の名前や、関係があったり興味のあったりするキーワードを自然に聞き取る現象。カクテルパーティー効果。
ヘッドホンを外して振り返ると案の定その人で。
「スガイ先輩」
「苗字ちゃんもこっち?送ってくわ」
「全然大丈夫です。一人で余裕なんで!」
「いいや、女の子を一人で帰すわけには行かん。駅までの間だけ我慢してくれると嬉しいんだけど」
そんな顔をしてそんな事を言わないで欲しい。確かに嫌がりはしたけれど、貴方とどんな顔をしてどんな話をするのが最適なのか、分からなくて緊張しているだけだから。
じゃあお願いしますとぺこりと頭を下げると、ほーいと歩き出すスガイ先輩の後ろを着いていく。
「なぁ、覚えてる?体育祭」
「..リレーかっこよかったです」
「それあん時聞きたかったわ〜」
もちろん今聞いても嬉しい!ニカッと歯を見せて笑う顔は爽やかで、当時と何も変わらない。その笑顔に懐かしさと安堵感を覚えて、今になってやっと少し緊張が解れてくる。気が抜けるみたいに笑みを零すと、先輩も同じ様な顔で笑う。
「やーっとこっち見て笑った」
「緊張してたんで」
「俺はまだ緊張してる」
「うっそだー」
「これは本当と書いてマジ。実は飲み会の時から手汗がやばい」
その言葉に彼の手を見るけど、見せるわけなかろうと笑いながら握り拳を作ってしまった。見られたって減るもんじゃないのに。
「まさか苗字ちゃんにまた会える日が来るとか全く思ってなかったから、適当な格好で来てめちゃめちゃ後悔してるわ」
「大丈夫です。さっきまで緊張して先輩の服装どころじゃなかったんで、今やっと変なTシャツ着てるなぁって認識しました」
「何が大丈夫なのか全然分からん」
楽しそうに笑いながらツッコミを入れてくれる先輩につられて私も笑う。それにしても本当に変わったTシャツ。こんなのどこで見付けてくるんだろう。
「苗字ちゃん明るくなったな。高校ん時はもっとこう、クールだった」
「寒暖差で風邪引きそうなくらい?」
「そう!リレーとか棒倒しとかスゲー気合い入れて応援してくれんのに、休み時間はスンって」
急に真顔を作るものだからおかしくて声を上げて笑う。相変わらず面白い人だなぁ。それにしても本当にこの人緊張してるのか?あまりにも気さくに話してくれるものだから、緊張感が全く伝わってこない。これが年の功ってやつだろうか。
「懐かしいなぁ。ちゃんと覚えてますよ、解団式」
「うわ〜、だよな〜。やっぱり嫌だったよな〜」
皆の前でやっちまったしと大きく溜息をつきながら頭を抱える姿は、何と言うか彼らしくないように思う。恐らくマイナスの意味で気にしてたんだと思う。当の私はプラスの思い出として残っていると言うのに。大きくゆっくり一歩ずつ。先輩の半歩先を進みながら、また当時のことを走馬灯のように思い出す。
「先輩にとっては黒歴史かもしれないけど、私にとってはアオハルですよ」
「アオハル?」
「そ。一ヶ月だけのアオハル。楽しかった思い出です。あ、でも先輩とフォークダンス出来なかったのは、ちょっとだけ残念だったかな」
振り返って笑ってみせると、先輩が立ち止まる。合わせて立ち止まると、先輩が貫くように真っ直ぐ私を見る。
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ」
「俺はかなり残念だった」
「私はちょっとだけで〜す」
ご機嫌にまた一歩ずつ進み出す私の後ろを、スガイ先輩がウガウガ言いながら着いてくる。何を言ってるのか全然分かんないのが面白くてまた笑う。ふと気が付く。先輩は私が明るくなったと言ったけど、緊張が解れ出してから先輩と話すのが楽しくてつい笑ってしまう。だから明るくなったように感じたんだと思う。
「また先輩と後輩からやり直しましょーよ」
「振り出しに戻るだなー」
「そうです。なんたって私が先輩について知ってるのは、苗字がスガイで野球部だった二つ上の男性って事だけですから」
「うっそだー」
「本当と書いてマジです。野球部だったスガイ先輩ってことしか知りません」
え、まじ?
まじ。
先輩には衝撃事実だったんだろう。ウワッハッハッと声を上げて笑い出すものだから、街行く人から大注目を浴びる。どうにも彼の笑い方にはつられてしまう。スガイ先輩が落ち着くまで、私も頬が痛くなるほどに笑った。一頻り笑ってから一呼吸置いて先輩が楽しそうな顔でサラリと言葉を並べる。
「どうせ耐えらんないだろうし、バレてると思うから言っとくわ。ずっと名前ちゃんのことが好きやったし、今も好き」
「私はまだ先輩として好きです」
「まだな」
「うん、まだ」
まだに込めた小さな期待とドキドキも、連絡先を交換して初めて知ったフルネームも、またねと手を振るこの時間も。全てが楽しい予感を膨らます材料となっていく。どう転んだとしても、きっとスガイ先輩とは良い関係を築けると思うから。少なくとも楽しい関係が続くように私も彼に対して誠実でいよう。そのためにも先ずは、今来たメッセージに返信しようかな。
"覚悟しとけよー。本気で嫌がるまでアピールしてくからなー"
"まだ、ただの先輩と後輩なんで落ち着い頂いて"
"冷たっ。やっぱり寒暖差で風邪引くわ"
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