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この子が辛い時、いの1番に頼る場所になりたい。
5つも歳下のいつだって笑顔の女の子が、啜り泣く姿にそう思った。
人当たりが良く、ミスをしたり遅刻をしても「そういう時もあるよ!」と、許してくれる笑顔はむさ苦しいオフィスに爽やかな風を吹かせてくれる。山本が彼女を「名前ちゃんってなんかチューリップみたいだよね」と例えた時心底激しく同意した。
どんなに疲れてる時もそれを感じさせない笑顔を見せる俺らのマネージャーはチューリップだ。
最近苗字ちゃんの仕事用スマホの通知がやたら鳴る。マナーモードでバイブ音のみにしていても分かるほどに。
最初こそ仕事の依頼が増えてきたのかと思っていたが、スマホが震える度にいつもの笑顔がどこか困った様な顔に変わる苗字ちゃんに、不審感を覚えた俺達はある作戦を立てた。その名も、マネージャーを労りつつ悩みを聞き出そう作戦。…ネーミングセンスねぇな。
「名前ちゃん疲れてない?お菓子食べる?」
「それやっとくんで少し休んでください」
「苗字さんカラオケ好きだったよね?仕事終わったらカラオケ行こう!」
「はいはい、ありがとう〜」
歳下組はあからさまにマネを労り始めた。こうちゃんは特に嘘が下手だから聞き出すより労る方をメインにさせたのは正解だったな。
「最近、疲れてるみたいだけど大丈夫?久々に連休の調整しようか?」
「最近その○○出版の編集者からよく着信きてるみたいだけど、面倒な相手なら僕が代わるから」
「お気遣いありがとうございます!大丈夫です〜!」
P組もタイミングを見て上手いこと話を振るけど、こちらも笑顔でかわされる。う〜ん、手強い。
皆が帰って暫く経った22時過ぎ。俺と伊沢と苗字ちゃんで残った仕事をしている時に伊沢が動いた。
「苗字ー」
「はーい?」
「前より明らかに仕事量増えたし、しんどいならマネージャー1人増やすけどどう?」
「えっ」
苗字ちゃんから聞いたことない声が出た後に、ボールペンが落ちる音がする。おっと?
「それは、御役御免ってことですか…?」
震える声に、今にも泣きそうな顔をする苗字ちゃんに伊沢が珍しく慌てた顔を見せる。
「思考回路ぶっ飛び過ぎだろ!?違うからな!?」
「だって、最近みんなヤケに優しいし、ふくらさんには連休の調節しようか?なんて言われるし、挙句の果てにはいざーさんまでそんなこと言うから、暇ってことかと…」
「ちょっと男子ィ!?なに名前ちゃん泣かせてんのよォ!」
視線で助けを求める伊沢に見兼ねて裏声でふざけて場を誤魔化しながら、俯いてポロポロと涙をこぼす肩を優しく引き寄せると大人しく胸に頭を預けられる。
ちいせぇなぁ…。
こういう時、腕が長くてよかったと思う。片手で頭を撫でながら、ティッシュを片手で引き寄せる。
「ここだから頑張れるのに、追い出されたら、私はどこに行けばいいんですかぁ」
「ごめんごめん、不安だったよな。でも皆、苗字ちゃんが好きだから頼られたいのよ」
「辞めろって意味じゃなくて、苗字が必要なら新規雇用を前向きに考えるって意味だから」
大の男2人がかりで女の子を慰める。いつもは揶揄う側の伊沢も落ち着かせるように言葉を並べる。
俺らのチューリップだって、ちゃんと人の子で女の子だ。俺の胸でしゃくり泣きながら、ここだから頑張れると言う姿は少し幼く見える。今までが大人過ぎたくらいだ。これくらいで丁度いい。
落ち着いて俺から少し離れてやっと見えた目は少し眠そうだ。
「副交感神経優位になって名前ちゃんはお眠かな〜?」
「うるせえ」
伊沢にからかわれて少々口が悪いが、どうやら眠いのは本当らしい。目を擦ろうとする手を、腫れるからやめなさいと制したら口をへの字に曲げて大人しく手を下ろす姿は、先程にも増して幼く見える。
「今日はもう解散。須貝さん、苗字よろしく。俺は寝まーす」
「はいよー」
「おやすみ伊沢」
「伊沢さんな?おやすみ」
欲しかったツッコミを貰ってご機嫌なのか、ケラケラと笑う顔はいつもと同じ。伊沢と顔を見合わせて安堵で笑いあった。
苗字ちゃんに仮眠室を使わせるのはそれはもう一苦労だった。ぜんっぜん、俺の提案聞いてくんねーの。もう頑固も頑固よ。
「家まで送られるか、ここで寝るかの2択しかお兄ちゃんは許しません!」
「じゃあ執務室のソファで寝ます!」
「ダメで〜す!何故なら明日の朝、女の子をソファに寝かすなって俺が怒られるからで〜す!電気消しま〜す!」
「眠くなるからだめ!」
「うるせー!!苗字はベッド!須貝さん執務室のソファ!社長命令!」
伊沢の鶴の一声で、やっと苗字ちゃんは床に就いた。
最後の最後まで、動画出演メンバーにソファを使わせるなんて…とかブツブツ言っていたが、まるっと無視してやった。
たまには大人しく甘えなさい。
あれから数日経ったがあまりにも口を割らない。それに会社に泊まることが増えたような気がする。痺れを切らした伊沢が表向きには撮影と称して、苗字ちゃん抜きの緊急会議が開かれた。歳下組に足止め役を頼んだが、いつまで続くか分からないので念の為にも良い感じにサクッと終わらせたい。
「おかしい。アイツ明らかにおかしい」
「流石に疲れてるだけじゃなさそうだもんなぁ」
「やっぱり、○○出版の▲って編集者かな。着信がくるとあからさまに嫌そうな顔をするようになったし」
神の方の秀才眼鏡の言葉に皆が顔を上げる。そんな有力情報いつの間に。
「河村よく分かったね」
「うん。何度かトイレ行ってる間に着信履歴見たから。気持ち悪いくらい同じ名前が並んでるから、相当執拗い仕事の電話かプライベートかってところかな」
会社の携帯だし、いいかなって思って見ちゃった。
神眼鏡はこうして語尾に♡でも付きそうなお茶目な言い方をしてよく誤魔化そうとしてるけど、まじで何も誤魔化せてないからね貴方。
「問題はそれをどうやって知るかだな」
「聞いて教えてくれる性格じゃないからねー」
「可愛げねぇからなー」
「ごめんなさいねぇ?可愛げがなくてぇ」
ピシッ。多分今の俺達を漫画で描かれたら付いてくる効果音はこれですね。はい。
上げた視線の先。撮影部屋の扉に背を預けて腕を組み今まで見たことない笑顔を向ける俺らのチューリップは、まっっっじで怖い。開いた扉の向こうで廊下から両手を合わせる歳下組と、それに反応する余裕もなく冷たい視線に凍り固まることしか出来ない俺ら。
……俺しーらね。
多分考えてることが同じだった俺と神とPは、CEOを残してスっと黙って立ち上がる。
「まだ終わってないのにどこへ行こうって言うんですかぁ?」
聞いたことない猫撫で声で暗に座れと命令されれば、大人しく座るしか出来ない大人3人。うん、女を怒らせると怖いって正にこういうこと。
「で?何でしたっけ?私に可愛げがない話?」
「いっ、いやぁ?ソンナコト ナイヨウ」
俺知ってる。漫画やラノベとかでこういうシーンよくある。
片言で視線を彷徨わせるCEOは可哀想だが、この場において自分ほど大事なものはないので他人のフリ。
「私が何で怒ってるか分かります?あ、可愛げがないって言ったのは別ですよ?」
ドンマイ伊沢君。ご機嫌取り頑張りたまえ。この前、駅前の洋菓子店が気になると言ってた情報を君にあげるからそんなに気負わないでさ。
「せめて私に分からないようにしてくださいます?何であの子達だけ置いてくんです?隠すの下手って分かってますよね?そもそも何で撮影部屋?昼休憩に外でやるとかあったでしょう?なに?馬鹿なんですか?高学歴のくせに?」
はい。すみません。仰る通りです。の3言を良い感じにローテーションで使う。ごめん社長、やっぱりさっきの情報は俺が使うわ。俺らもご機嫌取りに励む必要がある。
「で、○○出版の▲って編集者ですけど」
「え、話してくれるの?」
「話さないと仕事が進まないでしょう」
マネージャーの言葉に返す言葉もなく小さくなるP。野菜食べさせた時でも、小さくなるなんてことはなかったのにな。
「ぶっちゃけ言うと元彼です。この前、打ち合わせで○○出版に行った際にたまたま会って名刺交換した結果、まぁこの有様です」
QuizKnockに合わない内容の仕事半分、痴情のもつれ半分です。
そう言いながら、テーブルに置かれたマネージャーの仕事用スマホの画面には殆ど同じ名前が並ぶ着信履歴。これじゃあ、ストーカーのそれと大差ないぞ。伊沢がスマホを手に取って過去の着信履歴を遡るのを横から覗き込む。うわ、夜中までかけてきてんなコイツ。
「お嬢さん、流石にこれを1人で解決は無理があるんじゃない?」
「そう思って警察にも行ったんですけど、流石にこれだけじゃ取り合ってもらえなくて」
にしてもだろ。苗字ちゃんのことだから、痴情のもつれ込みで職場に迷惑かけるのはーとか思ってるんだろうけどそんなの今更だ。人間として生きてる以上、迷惑かけてなんぼだろ。
「お前さぁ、何で頼んないの?」
「ただでさえ有難くも忙しくなってきたのに、個人的なことで、しかもほぼ痴情のもつれで職場に迷惑はかけられません」
「今まで散々あのディレクターはセクハラだなんだとかって地団駄踏んで愚痴りながら、大人しく俺らから守られてたくせに?」
伊沢の鋭い言葉に今度は苗字ちゃんが視線を逸らした。バツが悪そうに口を噤む姿は悪い事をした自覚がある小学生みたいだ。
「まあまあ伊沢。苗字ちゃんも俺らが心配してたのは分かるよね?」
「..はい」
「君が変な仕事から僕達を守るように、僕達も君を守りたいんです」
「それが仕事だからじゃなくて、苗字ちゃんが仲間だからそうしたいんだよ」
流石に福良と河村から優しく説教されるのは堪えるのか、涙を滲ませて下を向き頷く姿に、扉の向こうでずっと様子を伺っている歳下組が心配そうに見つめてる。
もう〜、コイツらす〜ぐ泣かすんだから。
近くにあったティッシュを手に取り傍に寄って視線を合わせると、まだ怒られると思っているのか怖々とあげた瞳に溜まった涙は今にも零れ落ちそうだ。
「大丈夫だって。苗字ちゃんが悪い事したわけじゃないんだから。な?」
そう言って頭を撫でれば、1つ2つと落ちていく涙はやたら綺麗に見える。本当は泣くほど怖かったんかもなぁ。
「あー、ほら、おいでなさい」
適当に数枚出したティッシュを持たせて泣き顔が見えないように包み込んでやると、手に持ったティッシュで顔を抑えたまま胸に顔を埋めてくる。
やっぱりちいせぇんだよなぁ。庇護欲がそそられるというか。
「あー、須貝さんが泣かしたー」
「はァ!?泣かせたのどう考えても貴方達でしょ!」
ねぇ!?と腕の中に同意を求めると、泣き笑いながら震える声で、伊沢が悪い。ですって。扉の中からも外からも、伊沢のせいだ!と同調する声に今度はケラケラと楽しそうな笑い声。
貴方、伊沢君弄り好きね。お兄さんちょっとジェラシー感じちゃう。
「一先ず僕に預けてもらっていい?」
例の野郎から連絡が来たら河村に対応してもらうこと。暫くは念の為にも1人で帰らないこと。今後は遠慮せずちゃんと誰かを頼ること。の3つを苗字ちゃんに約束させて緊急会議はお開きになった。
それから1週間も経たないうちに、事は丸く収まり着信履歴は正常に戻った。どうやったのかは神のみぞ知るってことで。
ちなみに、CEOは可愛げがない発言を許してもらうのに3日はかかった。
俺はと言うと、念の為にオフィスから家まで送り続けて1ヶ月経った。2週間経った頃に、もう大丈夫だと言う苗字ちゃんを説き伏せて家まで送り届ける日々。背だけじゃなくて歩幅も小さくて可愛いの何の。たまにご飯やお互い好きなアニメの映画にも行ったりなんかして、距離は縮まってると思うんだけども。やっぱり好きな子になると分かんねぇ〜!
隣で昨日一緒に観た映画について話す横顔は本当に楽しそうで。安堵した視線の先、前から来るチャリが目に入る。
「危ない」
「え?」
そこそこのスピードで走って行ったチャリから庇うように引き寄せる。
まったく危ないったらありゃしない。チャリが跨って走る場合は、基本的に歩道じゃなくて車道の一部。但し自転車専用道路もあるからその辺は気を付けるように!
とかなんとか、通ってったチャリの兄ちゃんに心の中で注意しておく。
「あぶねー。大丈夫だった?怪我してない?」
「はい、ありがとうございます」
俯いてお礼を言う苗字ちゃんの耳は真っ赤。
おや?これは?もしかして?
「今日はここで大丈夫です!ありがとうございました!また明日!」
早口でお礼を言うと、もう目と鼻の先のマンションまで走ってく後ろ姿を今日は追いかけないでおく。律儀に下げられる頭が上がった時に一瞬見えた頬は確かに赤らんでいた。
いの一番に頼られるにはもう少し時間がかかりそうだけど、久しぶりにお兄さんにも春が来そうです。