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名前設定
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「名前ちゃんさぁ、本当は彼氏いないんでしょ?写真とか全然見してくんねぇし」
団体が大きくなると、どうしてもこの手の輩が必ず一人は出てくる。たった一度の飲み会で目を付けられて以降、執拗に絡んでくるこの人は私が特に苦手とするタイプの人間。何度彼氏がいるからと距離を取っても付き纏ってくるものだから、本当に気持ちが悪くてしょうがない。
嗚呼、拓朗に会いたい。
元々異性に対して苦手意識を持つ私が珍しく気が合い、同じサークルの人から友人という壁も難なく超えて、サラリと彼氏という席に座ったのが一つ歳下の川上拓朗だった。お互いこの手の話題で周りにからかわれたりするのが好きではない為、誰かに聞かれたら教えるというスタンスの元、公にはしてこなかったのが今となって痛手になるなんて思いもしなかった。
本当はスマホの写真データを見せ付けて、この場から逃げてしまいたい。でもこの人に教えて拓朗のことを、"こんな奴"呼ばわりもされたくない。"こんな奴じゃなくて俺にしときなよ"的なことを言われた暁には、私がこの人をぶっ飛ばしたい気持ちでいっぱいになるだけ。良いことなんてひとつもない。
バレないように小さく溜息つきながら、服の上からチェーンに通したペアリングを触ると、会いたかった人の声に名前を呼ばれる。
「名前さん」
「拓朗」
「川上じゃん。なぁ聞けよ、名前ちゃんがまじつれねぇの」
拓朗の方へ一歩二歩と近寄ると、いつもより少し大股で寄ってきてするりとその人との間に入ってくれる。安心して少しだけ肩の力が抜ける。ホッと一息をついてもう半歩だけ拓朗の傍に寄ると、大きな手に優しく頭をひと撫でされて嬉しくなりつつも、違和感と疑問を覚える。今まで人前でこんなことされことがない。
「でしょうね」
「は?」
「この人、俺のなんで」
その言葉に驚いて拓朗の顔を見上げてる内に、襟から手を入れられて優しくチェーンを引かれる。素っ頓狂な顔をしている目の前の人に、私のと拓朗の揃いのリングを見せ付けてから、分かりました?それじゃあと私の腕を引く拓朗の顔は私からは見えない。暫くは大人しく拓朗に腕を引かれるまま後ろを着いて行ったけど、あまりにも止まらず歩き続けるものだから怒らせてしまったか不安になってくる。
「拓朗、たくろ」
「なぁ、アンタが思ってるよりアンタのことそういう目で見てる奴がおるって自覚ある?」
殆ど使われない非常階段の踊り場で止まったかと思うと、振り向いた拓朗の顔で瞬時にお説教が始まるんだなと察して口を噤む。何だか覚えのないことを聞かれたので、取り敢えず首を小さく横に振っておく。
「はぁ..やっぱりな。俺が周りに牽制してるのも知らんやろ」
「それは、知らなかった..。何と言うかちゃんと好きでいてくれてたんだね」
思ったことをそのまま言葉として零すと、拓朗にキッと睨まれて私は余計小さくなる。よく、目が蛇っぽいなぁとか思っているけど、この顔は特に蛇に似ている。蛇に睨まれる蛙とは正に今の私のことだ。
「は?当たり前やろ。俺がどんだけ頑張ったと思ってん」
「えっ、頑張ったの?」
「サークルに勧誘した時から明らかに男と話すん苦手そうやし、さっさと手篭めにしたいのを堪えて、心開いてくれるまでじっくり距離詰めましたとか。一目惚れした相手に言うと思います?」
..ん?今なんと仰いました?さっさと手篭めにしたい?じっくり距離を詰めた?一目惚れ?全てが初耳で脳の処理がまるで追い付かない。て言うか待って、一目惚れ?
「え、拓朗が?一目惚れ!?」
「うるさい」
あらまぁ。あらあらまぁまぁ!拓朗が照れてる。あの拓朗が!照れている!
「何ニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い」
「拓朗にこんなにも愛されてたんだなって思ったらニヤニヤしてしまうんですよ」
照れているせいかいつも以上に毒舌に磨きがかかってる気がするけど、照れてまともに目を合わせてくれない拓朗が大変かわいいのでそれ所じゃあない。
拓朗と居ると楽だな〜なんて言葉に、じゃあ付き合います?と返されたやり取りから始まった交際。拓朗と居る時間を重ねれば重ねるほど好きになっていくけれど、交際スタートの言葉をあまりにもサラッと言われたし、拓朗は好きだなんて言葉を言わないうえに普段からクールだからかスキンシップも少なめで。ハッキリ言うと彼の愛情表現は私には分かりづらい。愛されてるどころか恋愛対象として好かれてるのかすら怪しいと思ってたけど、どうやら恋愛対象としても彼女としても好かれてるらしい。それが分かった今、ニヤニヤせずに居られないわけがない。
見んなと言われても拓朗の顔を見続けていたら右頬を摘まれてしまった。
「ご、ごえん」
「..俺ってそんなに分かりづらいですか」
「あー、うん。かなり」
素直に頷けば今日一大きな溜息をつきながら、私の右頬を摘む手を離して壁に手を着く拓朗。こんなに悲壮感が漂う感じは初めて見た。ちょっと可哀想にすら思えてくるけど、分かりづらいのは本当なんだもの。
「拓朗、付き合ってから一度も好きとか言ってくれないし、あんまり顔に出ないうえにスキンシップも少ないから」
「..すみません」
「まぁでもほら、好きでいてくれてるのちゃんと分かったから」
今後はもう少し言葉をくれると分かりやすくて嬉しいかなぁ。と、フォローを入れつつ自分の願望も伝えて背中を優しく撫でる。なかなか見ない落ち込みように、おいでと腕を広げれば無言で腕を引かれて抱き締められる。人の目につくかもしれない場所なのに珍しい。
「名前さん」
「なに?」
「好きや」
そっと触れるだけのキスは優しくて、何度もしてきた筈の行為なのにドキドキしてしまう。何だか恥ずかしくなってきて下を向く。優しく頭を撫でられた辺りでよく知った声に現実へと引き戻される。
「お取り込み中失礼するけど、そろそろ午後の授業始まんぞ〜」
「伊沢さん..」
空気読めよ的な拓朗の顔から察するに、伊沢くんが居たのは知ってたらしい。知らなかったのは私だけかつ、伊沢くんに見られていた事実に少し別の意味で心臓がドキドキし出す。大変恥ずかしい。顔が熱くてたまらない。
「い、いつから」
「川上が、この人俺のなんでって言った辺りから」
ほぼ全部では..?今度は顔からサァッと血の気が引いていく。全部見られていたとしたら恥ずかしいどころの騒ぎではない。そんな私の反応を見てか、また伊沢くんが口を開く。
「呼びに来ただけで何してたかは全然知らんから。んじゃ」
口笛を吹く伊沢くんを見送ってから、ホッとして大きな溜息をつく。この数分で色んなドキドキのジェットコースターを味わった気がする。赤くなったり青くなったりする私が面白いのか小さく笑う拓朗の頬に一回だけ唇を押し付けたら、目を丸くさせた後に大きく溜息をつかれた。拓朗の耳が赤いのはあえて黙っといてあげる。
「行こ」
「ん」
小指同士を絡ませて伊沢くんの背中を二人でゆっくりと追った。
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