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「まさか、苗字がこんなお店を知ってるとは」
「大衆居酒屋の方がお似合いだって言いたいんでしょ」
「いやいや、そんな失礼なこと言いませんよ」
「絶対思ってんじゃん」
給料日。今月も頑張ったし、いつもよりちょっと良いご飯食べるぞー!って気分になる給料日。
「あれ、こっちじゃないの?」
オフィスを出て、駅とは反対方向に進むと声をかけてきたのが同期の河村だった。
「や、ご飯食べて帰ろうかなって」
「ふーん。僕も着いてっていい?」
「えっ」
その言葉があまりにも意外で、驚きが言葉となって溢れ出た。
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ行こう」
私を置いて先に歩き出す河村に驚きが止まらない。
河村ってこんなに強引だったっけ…。
確かに、動画や企画はそれが面白いと分かっているから推し進める所はある。大学から長年一緒にやってきて、他人に対しては物理的にも心的にもスペースは広く取る人だと思ってたけど、本当はそんなことないのかもしれない。
「行かないの?」
「河村の奢りね」
「え、やだ」
_______________________
「ここ」
特に会話をすることもなくオフィスから歩いて5分。駅までは歩いて15分ってところか。小ぢんまりとした店先にはイタリア国旗がはためいている。風に揺られる国旗の下には、"benvenuti"と書かれた小さな看板。お洒落で入りやすい雰囲気の店先。
そういえば、パスタが好きだって前に言ってたな。
「いらっしゃいませ!あら、こんばんは。今日は彼氏さんとご一緒?」
「こんばんは!やだな〜、大学からの同期ですよ!」
またまた〜!なんてからかい言葉を、席に案内されながら笑って流す顔は職場で見るのと同じだ。
「いつも、このコースにしてるんだけど、河村はどうする?」
「じゃあそれで」
「ん。パスタとデザートそれぞれ選んどいて」
本当によく来るんだろう。席に着いて直ぐだというのにメニューをしっかり見ずとも食べるものを決めている辺りが、あまり大きな冒険をしない苗字らしい。
決めた。の意を込めて視線を合わせると、今度は苗字がメニューを見始める。
「河村、何飲む?」
「ワインある?」
「あるよ。このページだったかな」
顔を突き合わせて1つのメニュー表を一緒に見る。苗字はドリンクまで決めているのか、僕が見てる方とは反対のページをスカート捲りでもするように持ち上げて、次のページを覗き込んでる。
先月の飲み会でもこの姿見たな。
「決まった?」
僕の視線に気付いて、顔をあげる苗字。
「オススメは?」
「私、アルコールは飲まないから分かんない」
「あ、そうか」
大学生の頃は浴びるように飲んでいたのに、大学を卒業して暫くするとめっきり飲まなくなった苗字に、付き合いが悪い!と酔っ払った伊沢が絡んでたのを思い出す。
そういえば、苗字は何で飲まなくなったんだっけ。
「気にせず飲んでね。お姉さんにオススメ聞こうか」
「いや、久しぶりに童心に返るとするよ」
「ノンアルかソフトドリンクにするの?珍しい」
本当に気にしなくていいのに。と、零しながらノンアルコールとソフトドリンクのページを開く横顔に、先程頭に浮かんだ質問を何となくお冷と一緒に飲み込んだ。
_______________________
美味しいご飯は、一緒に味わってくれる人がいると、いつもより美味しく感じる。大学から1人暮らしを始めてもう云年。1人のご飯にも慣れたけど、気心知れた人と一緒に食事をするのはやっぱり楽しい。
サークルに入った時の河村の印象なんて、あ、同じ学科の人だ。くらいなもんだったのに、気付けば同じ会社を支える仲間。
会社立ち上げ当初は福良も入れた3人で記事の企画会議がてら飲みに行くこともあったけど、忙しくなってからは皆そんな余裕もなくなった。
だから、余計楽しく思うのかもしれない。飲み会でも場酔いが得意な私は、この楽しさに酔ってるんだろう。
「なんか懐かしいな」
「何が?」
「数年前は福良と3人で企画会議って名目でよく飲みに行ってたじゃん?」
「あー、飲みたいだけの孤独の集まりね」
河村の直球な言葉に思わず笑いが溢れる。
ちゃんと企画考えてた日も一応あったよ。と返すと、そうだっけ?と返ってくる。
「そういえばさ」
「うん?」
「何で飲まなくなったの」
「お酒?」
「そう」
何でだっけなぁ。
なんて思い出す素振りをしながら、当時のことを思い出す。
河村なら言ってもいいかな。でも河村も気ぃ使う方だしな。
はぐらかそう。そう思って視線を合わせると、私が話し出すよりも先に河村が話し始めた。
_______________________
「何でだっけなぁ」
と、視線を逸らす苗字を見て悟る。
あ、コイツ話さない気だな。
そう思ったら、苗字が話し出そうとするのも無視して、言葉が零れていた。
「知りたいって思ったんだよね」
オフィスが引っ越してから、毎月給料日になると駅とは反対方向へ軽い足取りで歩いてく苗字がどこに行くのか。何をそんなに楽しみにしてるのか。
いつも笑顔で誰かに与える側の苗字が、与えられた日に自分に何を与えるのか。
何で、苗字が飲酒を辞めたのか。
「ふーん。河村も一応他人に興味はあるんだね」
「苗字だから」
苗字だから興味がある。
長年見てきてよく知ってるつもりでいる苗字 名前は、本当は渚にも満たない砂浜程度なんじゃないかと最近思う。
周りに人が増えて基本的に笑顔でいることが増えた。昔に比べて怒った顔や無邪気に笑う顔を見せなくなった。良い記事が思い付かないと泣き付かれることもなくなった。
それと比例するように、線を引くように笑ったりからかったりして誤魔化す姿をよく見るようになった。
「私だからって…何それ、告白みたい」
ほら。今も話を逸らすみたいに、笑ってからかう。
「そうだね。ある種、告白とも言えよう」
「からかってる?」
「だったらもっと分かりやすくやるよ」
僕の性格ならよく分かってるだろう?
誰よりも周りをよく見て、誰よりも気を使う君のことだ。
僕が他人の心に踏み込むなんて慣れない行為を、からかいたくてやってるわけじゃないことも分かってるだろう。
僕は周りが思ってるほど器用な人間じゃあない。
「で、何で飲まなくなったの?」
他人を知る方法なんて、今は直球ど真ん中以外分からない。
_______________________
福良も伊沢も、こんなに踏み込んで来なかった。
何度も踏み込もうとするのを私が笑って線を引くから。気を使わせて、それ以上踏み込ませなかった。
「寂しかったんだよね」
昨日までの河村だってそうだ。福良と伊沢より踏み込んで来ず、何か言いたげな視線だけ寄越す。それが楽だった。
「ただのサークルじゃなくなって、大学卒業した辺りから忙しくなり始めて、着々と会社が大きくなって。好きなことだけに目を向ければいいってわけにも行かなくなったじゃん?」
皆を信用してないわけじゃない。寧ろ大好き。
「今が楽しくないわけじゃないし、会社に不満があるわけでもない。私のやりたいことは確かにQuizKnockにある」
でも、ファンが増えれば増えるほど、メディアの露出が増えるほど、皆と少しずつ距離が出来始めた気がして。嬉しいことなのに、小さな寂しさが確実に私の中で巣食っていた。
「ただ、前みたいに周りの目も気にせず仲間内でクイズやったりバカしたり出来ないのは少し寂しいなって。でもそれは私のワガママに過ぎないでしょ?だから寂しさを埋めるためにジムに通い出したのよ。そしたらトレーナーにアルコールとカフェイン禁止って言われちゃって。気付けば染み付いちゃった」
おかげでここ数年ちょー健康だけどね。
笑ってみせれば、河村が1つ溜息をついた後に小さく笑った。
その顔は、私が泣き付いた時によく見せてた表情。
「馬鹿だなぁ」
_______________________
なんだ。ただのイイカッコしいじゃないか。
格好付けて、大人ぶって、埋まらないソレをひた隠しにして。
そうだ。コイツは昔からそうだった。
記事や論文のことで泣き付かれて、一緒に考えてやって、締切ギリギリで出来上がった物をドヤ顔で提出。1人でメシを食うのは寂しいからと僕や福良を引きずって、呑気な顔で幸せそうにメシを頬張る。
コイツは隠すのが上手くなったこと以外は、何も変わってなかったんだ。
「明日、皆にバラそ。苗字が寂しがってるって」
「は!?やめてよ!伊沢とか絶対からかってくるじゃん!」
「だろうね」
「だろうねじゃなくて。祥彰やこうちゃん達にも格好が付かないから!」
ほらな。苗字 名前はこういう奴なんだ。
寂しがりで1人で抱えるのが苦手なくせに、格好付けるのは一丁前。そんなの長年の付き合いになる伊沢や福良には既にバレてるのにな。
何だかバカバカしくなってきて葡萄ジュースを飲み干してから、伝票と鞄を持って立ち上がる。
「ちょっと、聞いてる!?」
僕に釣られるように、オレンジ100%を飲み干して後ろを着いてくる苗字は無視。今の僕は機嫌がいい。
「お勘定お願いします」
「はーい!」
「あ、会計は別で」
「そこは格好付けて払ってよ」
「やだって言ったじゃん」
ケチ。と軽く睨まれるが全然怖くない。はいはい。と、軽く頭を撫でてやれば、満足そうに鼻を鳴らす姿は同い歳とは思えない。
「ふふ、仲がいいのね〜」
「同期なんで」
_______________________
「おはよう〜」
あれから河村とは駅で別れた。
隠してきたものを吐露したおかげか、気持ちはいつもに比べて晴れやかだ。
「あ、来た来た。おはよう苗字」
「あ、おはようございますぅ〜寂しがりの名前チャン」
何だか嬉しそうな福良と、面白いものを見付けたと言わんばかりのニヤケ顔の伊沢。
「……河村ァア!!!!!」
「あ、やば」
周りが驚くのを他所に、オフィスで出したこともない大声を河村に詰め寄って張り上げる。
「福良はまだしも、何で伊沢にまで言うかね!?」
「報連相は社会人としての基本なんで」
「会社に関係ない報連相は必要ないでしょ!」
「いやいや、社員のメンタル回復を図るのもCEOの務めなんでね。必要な報連相ですよ??」
「CEOは黙っててくださいーー!!」
「はーい、仕事始めるよー」
横から加わってくる伊沢にも牙を剥くと、福良に優しく肩を押されて私の定位置まで連れて行かれてしまえば、大人しく仕事を始めるしかない。私は昔から福良にだけは勝てないんだ。
「はい、いつものあげる」
「お、ありがとう〜」
隣に座る祥彰が、カフェインレスのカフェオレをくれる。
伊沢なんかより、よっぽど可愛い。
「びっくりしたけど、今日の名前さん楽しそうだね」
「…うん、そうかも」
「山本ナイスご機嫌取り」
私の言葉に嬉しそうに目を細める祥彰に、向かいから親指を立てる河村にはテーブルの下で足を踏んでおいた。伊沢がニヤニヤしながらこっち見てるのはお前のせいなんだからな。
「よーし、たまには皆で昼飯食うか!」
と言い出す伊沢に、まだ来たばっかだよ。や、小学生かよ。なんて言葉があがるオフィス。
うん、私はやっぱりここが大好きだ。
「さっさと仕事しろCEO」
「へーい」
「大衆居酒屋の方がお似合いだって言いたいんでしょ」
「いやいや、そんな失礼なこと言いませんよ」
「絶対思ってんじゃん」
給料日。今月も頑張ったし、いつもよりちょっと良いご飯食べるぞー!って気分になる給料日。
「あれ、こっちじゃないの?」
オフィスを出て、駅とは反対方向に進むと声をかけてきたのが同期の河村だった。
「や、ご飯食べて帰ろうかなって」
「ふーん。僕も着いてっていい?」
「えっ」
その言葉があまりにも意外で、驚きが言葉となって溢れ出た。
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ行こう」
私を置いて先に歩き出す河村に驚きが止まらない。
河村ってこんなに強引だったっけ…。
確かに、動画や企画はそれが面白いと分かっているから推し進める所はある。大学から長年一緒にやってきて、他人に対しては物理的にも心的にもスペースは広く取る人だと思ってたけど、本当はそんなことないのかもしれない。
「行かないの?」
「河村の奢りね」
「え、やだ」
_______________________
「ここ」
特に会話をすることもなくオフィスから歩いて5分。駅までは歩いて15分ってところか。小ぢんまりとした店先にはイタリア国旗がはためいている。風に揺られる国旗の下には、"benvenuti"と書かれた小さな看板。お洒落で入りやすい雰囲気の店先。
そういえば、パスタが好きだって前に言ってたな。
「いらっしゃいませ!あら、こんばんは。今日は彼氏さんとご一緒?」
「こんばんは!やだな〜、大学からの同期ですよ!」
またまた〜!なんてからかい言葉を、席に案内されながら笑って流す顔は職場で見るのと同じだ。
「いつも、このコースにしてるんだけど、河村はどうする?」
「じゃあそれで」
「ん。パスタとデザートそれぞれ選んどいて」
本当によく来るんだろう。席に着いて直ぐだというのにメニューをしっかり見ずとも食べるものを決めている辺りが、あまり大きな冒険をしない苗字らしい。
決めた。の意を込めて視線を合わせると、今度は苗字がメニューを見始める。
「河村、何飲む?」
「ワインある?」
「あるよ。このページだったかな」
顔を突き合わせて1つのメニュー表を一緒に見る。苗字はドリンクまで決めているのか、僕が見てる方とは反対のページをスカート捲りでもするように持ち上げて、次のページを覗き込んでる。
先月の飲み会でもこの姿見たな。
「決まった?」
僕の視線に気付いて、顔をあげる苗字。
「オススメは?」
「私、アルコールは飲まないから分かんない」
「あ、そうか」
大学生の頃は浴びるように飲んでいたのに、大学を卒業して暫くするとめっきり飲まなくなった苗字に、付き合いが悪い!と酔っ払った伊沢が絡んでたのを思い出す。
そういえば、苗字は何で飲まなくなったんだっけ。
「気にせず飲んでね。お姉さんにオススメ聞こうか」
「いや、久しぶりに童心に返るとするよ」
「ノンアルかソフトドリンクにするの?珍しい」
本当に気にしなくていいのに。と、零しながらノンアルコールとソフトドリンクのページを開く横顔に、先程頭に浮かんだ質問を何となくお冷と一緒に飲み込んだ。
_______________________
美味しいご飯は、一緒に味わってくれる人がいると、いつもより美味しく感じる。大学から1人暮らしを始めてもう云年。1人のご飯にも慣れたけど、気心知れた人と一緒に食事をするのはやっぱり楽しい。
サークルに入った時の河村の印象なんて、あ、同じ学科の人だ。くらいなもんだったのに、気付けば同じ会社を支える仲間。
会社立ち上げ当初は福良も入れた3人で記事の企画会議がてら飲みに行くこともあったけど、忙しくなってからは皆そんな余裕もなくなった。
だから、余計楽しく思うのかもしれない。飲み会でも場酔いが得意な私は、この楽しさに酔ってるんだろう。
「なんか懐かしいな」
「何が?」
「数年前は福良と3人で企画会議って名目でよく飲みに行ってたじゃん?」
「あー、飲みたいだけの孤独の集まりね」
河村の直球な言葉に思わず笑いが溢れる。
ちゃんと企画考えてた日も一応あったよ。と返すと、そうだっけ?と返ってくる。
「そういえばさ」
「うん?」
「何で飲まなくなったの」
「お酒?」
「そう」
何でだっけなぁ。
なんて思い出す素振りをしながら、当時のことを思い出す。
河村なら言ってもいいかな。でも河村も気ぃ使う方だしな。
はぐらかそう。そう思って視線を合わせると、私が話し出すよりも先に河村が話し始めた。
_______________________
「何でだっけなぁ」
と、視線を逸らす苗字を見て悟る。
あ、コイツ話さない気だな。
そう思ったら、苗字が話し出そうとするのも無視して、言葉が零れていた。
「知りたいって思ったんだよね」
オフィスが引っ越してから、毎月給料日になると駅とは反対方向へ軽い足取りで歩いてく苗字がどこに行くのか。何をそんなに楽しみにしてるのか。
いつも笑顔で誰かに与える側の苗字が、与えられた日に自分に何を与えるのか。
何で、苗字が飲酒を辞めたのか。
「ふーん。河村も一応他人に興味はあるんだね」
「苗字だから」
苗字だから興味がある。
長年見てきてよく知ってるつもりでいる苗字 名前は、本当は渚にも満たない砂浜程度なんじゃないかと最近思う。
周りに人が増えて基本的に笑顔でいることが増えた。昔に比べて怒った顔や無邪気に笑う顔を見せなくなった。良い記事が思い付かないと泣き付かれることもなくなった。
それと比例するように、線を引くように笑ったりからかったりして誤魔化す姿をよく見るようになった。
「私だからって…何それ、告白みたい」
ほら。今も話を逸らすみたいに、笑ってからかう。
「そうだね。ある種、告白とも言えよう」
「からかってる?」
「だったらもっと分かりやすくやるよ」
僕の性格ならよく分かってるだろう?
誰よりも周りをよく見て、誰よりも気を使う君のことだ。
僕が他人の心に踏み込むなんて慣れない行為を、からかいたくてやってるわけじゃないことも分かってるだろう。
僕は周りが思ってるほど器用な人間じゃあない。
「で、何で飲まなくなったの?」
他人を知る方法なんて、今は直球ど真ん中以外分からない。
_______________________
福良も伊沢も、こんなに踏み込んで来なかった。
何度も踏み込もうとするのを私が笑って線を引くから。気を使わせて、それ以上踏み込ませなかった。
「寂しかったんだよね」
昨日までの河村だってそうだ。福良と伊沢より踏み込んで来ず、何か言いたげな視線だけ寄越す。それが楽だった。
「ただのサークルじゃなくなって、大学卒業した辺りから忙しくなり始めて、着々と会社が大きくなって。好きなことだけに目を向ければいいってわけにも行かなくなったじゃん?」
皆を信用してないわけじゃない。寧ろ大好き。
「今が楽しくないわけじゃないし、会社に不満があるわけでもない。私のやりたいことは確かにQuizKnockにある」
でも、ファンが増えれば増えるほど、メディアの露出が増えるほど、皆と少しずつ距離が出来始めた気がして。嬉しいことなのに、小さな寂しさが確実に私の中で巣食っていた。
「ただ、前みたいに周りの目も気にせず仲間内でクイズやったりバカしたり出来ないのは少し寂しいなって。でもそれは私のワガママに過ぎないでしょ?だから寂しさを埋めるためにジムに通い出したのよ。そしたらトレーナーにアルコールとカフェイン禁止って言われちゃって。気付けば染み付いちゃった」
おかげでここ数年ちょー健康だけどね。
笑ってみせれば、河村が1つ溜息をついた後に小さく笑った。
その顔は、私が泣き付いた時によく見せてた表情。
「馬鹿だなぁ」
_______________________
なんだ。ただのイイカッコしいじゃないか。
格好付けて、大人ぶって、埋まらないソレをひた隠しにして。
そうだ。コイツは昔からそうだった。
記事や論文のことで泣き付かれて、一緒に考えてやって、締切ギリギリで出来上がった物をドヤ顔で提出。1人でメシを食うのは寂しいからと僕や福良を引きずって、呑気な顔で幸せそうにメシを頬張る。
コイツは隠すのが上手くなったこと以外は、何も変わってなかったんだ。
「明日、皆にバラそ。苗字が寂しがってるって」
「は!?やめてよ!伊沢とか絶対からかってくるじゃん!」
「だろうね」
「だろうねじゃなくて。祥彰やこうちゃん達にも格好が付かないから!」
ほらな。苗字 名前はこういう奴なんだ。
寂しがりで1人で抱えるのが苦手なくせに、格好付けるのは一丁前。そんなの長年の付き合いになる伊沢や福良には既にバレてるのにな。
何だかバカバカしくなってきて葡萄ジュースを飲み干してから、伝票と鞄を持って立ち上がる。
「ちょっと、聞いてる!?」
僕に釣られるように、オレンジ100%を飲み干して後ろを着いてくる苗字は無視。今の僕は機嫌がいい。
「お勘定お願いします」
「はーい!」
「あ、会計は別で」
「そこは格好付けて払ってよ」
「やだって言ったじゃん」
ケチ。と軽く睨まれるが全然怖くない。はいはい。と、軽く頭を撫でてやれば、満足そうに鼻を鳴らす姿は同い歳とは思えない。
「ふふ、仲がいいのね〜」
「同期なんで」
_______________________
「おはよう〜」
あれから河村とは駅で別れた。
隠してきたものを吐露したおかげか、気持ちはいつもに比べて晴れやかだ。
「あ、来た来た。おはよう苗字」
「あ、おはようございますぅ〜寂しがりの名前チャン」
何だか嬉しそうな福良と、面白いものを見付けたと言わんばかりのニヤケ顔の伊沢。
「……河村ァア!!!!!」
「あ、やば」
周りが驚くのを他所に、オフィスで出したこともない大声を河村に詰め寄って張り上げる。
「福良はまだしも、何で伊沢にまで言うかね!?」
「報連相は社会人としての基本なんで」
「会社に関係ない報連相は必要ないでしょ!」
「いやいや、社員のメンタル回復を図るのもCEOの務めなんでね。必要な報連相ですよ??」
「CEOは黙っててくださいーー!!」
「はーい、仕事始めるよー」
横から加わってくる伊沢にも牙を剥くと、福良に優しく肩を押されて私の定位置まで連れて行かれてしまえば、大人しく仕事を始めるしかない。私は昔から福良にだけは勝てないんだ。
「はい、いつものあげる」
「お、ありがとう〜」
隣に座る祥彰が、カフェインレスのカフェオレをくれる。
伊沢なんかより、よっぽど可愛い。
「びっくりしたけど、今日の名前さん楽しそうだね」
「…うん、そうかも」
「山本ナイスご機嫌取り」
私の言葉に嬉しそうに目を細める祥彰に、向かいから親指を立てる河村にはテーブルの下で足を踏んでおいた。伊沢がニヤニヤしながらこっち見てるのはお前のせいなんだからな。
「よーし、たまには皆で昼飯食うか!」
と言い出す伊沢に、まだ来たばっかだよ。や、小学生かよ。なんて言葉があがるオフィス。
うん、私はやっぱりここが大好きだ。
「さっさと仕事しろCEO」
「へーい」
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