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「ゔあ〜。良い〜。何度聴いても良い〜」
「まーたそれ聴いてたの」
「皆は私の推しだからね〜」
山本くんがこちらへ人差し指を向けて終わるこの曲。繰り返しボタンを押してまた最初から。山本くんのソロの甘い声で無事爆散。
いやぁ普段の可愛らしさに反してこの歌声はズルいと思うのよね。福良くんも安定のふわもちでかわいいし。川上の慣れてない感じもまたかわいいんだよね〜と、オタク全開で動画の良さをひとつひとつ語る私に、竹輪耳で付き合ってくれる彼氏には感謝である。
「いっその事カラオケで歌ってもらえば?渡辺とか伊沢辺りなら喜んで歌うと思うけど」
「それとこれは別。拓哉も一緒に行って歌ってくれるならいいよ」
「嫌だ」
河村拓哉は苦手なことに手を付けようとしたがらない。運動がいい例だ。拓哉が全力疾走してる所なんて一度も見たことがない。
歌に関してはどうやら仲間内の前では鼻歌程度なら極稀に歌うこともあるらしいけど、私の前では絶対歌おうとしない。以前、何で歌いたくないのか問い詰めたら、君はジャンル関係なく手を出してるせいで耳が肥えてるから嫌だ、ですって。私は確かに音楽に関しては雑食だけど、決して耳が肥えてるわけじゃない。歌なんてその人の気持ちがこもってる事が大事なのに。
また山本くんがこちらに人差し指を向けて曲が終わった。オススメ動画から最近よく聴いている曲を選ぶ。曲に合わせて鼻歌を歌いながら夕飯の支度に取り掛かると、拓哉がキッチンの隅に置いた私のスマホを覗き込む。
「これも最近よく聴いてるけど、菅田将暉好きなの?」
「菅田将暉がじゃなくて、この曲が好きなの」
「ふーん」
その日から幾日か経った。最近拓哉の帰りが遅いことがある。同じ会社で働いてるとは言え、出退勤の時間は合わせずに各々で自由にしているし、拓哉の性格を考えると浮気は先ず有り得ないのでその手の心配は一切してないのだけど。遅い日は若干ゲッソリとした様な雰囲気で帰ってくるので、何をしているのか気になってしまう。当の本人が聞いて欲しくなさそうな顔をして直ぐにお風呂に入るので、あえてこちらから聞くことはしてない。まぁ、その内教えてくれるでしょう。
それからまた幾日か経った頃に、コラボ動画があがった。よかろうもんさんとのコラボだ。私は今回のコラボには関われなかったので、どんな動画になったのか心底楽しみにして待っていた。
一頻り笑って動画が締めに入る。そっか〜帰りが遅かったのはヘッドボイスで墾田永年私財法を歌うためだったか〜。歌は多分拓哉抜きのメンバーで歌ってるんだろうな。今回は何を歌ったんだろう。ワクワクしながら概要欄からよかろうもんさんのチャンネルへとぶ。サムネは見終わってからにしよう。広告がスキップ出来るようになるまでの5秒で曲のタイトルを見る。
「あ、これ」
まちがいさがし。私が少し前にハマって聴いてた好きな曲だ。広告をスキップして動画が始まる。
歌い出しは我らが社長。安定した声が耳に馴染む。乾くんが歌ってるところ初めて見たな〜。地声と差がない歌声は何だか安心して聴いてられる。須貝さんは変わんないなぁ。パプリカの時も思ったけど歌声はキーが高い所が意外なんだよね。こうちゃんも安定だな〜。あ、カメラ目線になった。余裕顔がちょっとウザくて笑っちゃう。でもその後の一生懸命歌う感じは好きなんだよね。
一番が終わって間奏に入った。このメンバーで歌ったのか〜。もしかしたらこの後福良くんが歌ってたりするかも。そんなことを思ってるうちに間奏が明ける。
「 くぁw背drftgyふじこlp;@:「」 」
何で!?何で拓哉が歌ってるの!?あんなに嫌がってたのに!!!
「ただいま。あー、やっぱり見てる」
「た、たく、うた、」
「はいそうです、歌いました」
とんでもない事態に戸惑って言葉にも出来ない私の手からスマホを取り上げてYouTubeのタスクを切った。止めることも出来ずに混乱する頭が落ち着きそうにないまま拓哉の顔を見詰めるばかりの私の前に座って、はい吸ってーと深呼吸を促して来る拓哉に合わせてゆっくり呼吸をする。
「落ち着いた?」
「むり」
「うん、会話をしようか」
むりだよこんなの!!!!私には嫌って言ったじゃないか!!!想定不可能な急な公式供給やめろよ!!!!オタクの心臓は脆いんだぞ馬鹿野郎!!!!!
そう一気に捲し立てると、拗らせオタクめと苦笑いされた。
スマホを返せと右の手のひらを向けるが、左手を重ねられるだけ。暫く見つめ合って全く同じタイミングで、バルス。二人で小さく笑いあって落ち着いたら本題に入る。
「私まだ墾田永年私財法しか聴いてない」
「墾田永年私財法〜」
やめろ。ちょっとドヤ顔で墾田永年私財法を歌うな。笑わないわけないだろ。
「大好きな彼氏が好きな曲歌ってるの見たいなー」
「聴いたら呪われるよ」
「大丈夫。愛のパワーに呪いなど通じない」
今度は私がドヤ顔をすると、せめてイヤホンで聴いてと困り顔でスマホを返してくれる。しょうがないなぁ。
通勤鞄に入れっぱなしの有線イヤホンを取り出してスマホに繋げる。一応Lを差し出すと案の定首を横に振られたので、自分の左耳に差し込む。動画を0:00に戻してまた皆の歌声を聴きながら心の準備をする。
「ッハァ〜〜...」
イヤホンを外して大きく一息つく。伝えたいことは山ほどあるけど。
「拓哉、凄く良かったよ。下手なんかじゃないし、何と言うか、兎に角心に響いた」
「ソレハヨカッタデス」
どうやら私の率直な感想に照れているらしい。白い肌にじわりじわりと紅色が侵食していく。視線を彷徨わせて私と目を合わせないようにしてる所を見ると、照れ臭さもあるけど慣れない事をしたのもあって落ち着かないのだろう。
ボイトレ頑張ったんだねと手を繋ぐと、誰かさんがうるさいのでと柔らかい手が握り返してくる。前にコラボした面々に対するヤキモチとかではなく、私の要望を叶えてやるためという意味だろう。そんなこと言われてしまえば余計に愛しさが溢れてくる。
「それにしてもよく受けたね。いつもだったら断りそうなのに。てっきり福良くんが歌うと思ってた」
「この曲だったから」
「そっか。ありがとう」
また視線を彷徨わせる拓哉にかわいいと零して、Lだけを耳に差し込み繰り返しボタンを押した。最後のフレーズを動画の拓哉と一緒に歌う私の声と、隣で同じをフレーズを小さな声で歌う拓哉の声が重なった。
「..思ってくれてるんだ」
「思ってなければここに居ないでしょう」
「ふふ、そうですね」
君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ。