kwmr
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「校閲だけでもいいから!お願い!」
大好きな友達にお願いされなかったら、QuizKnockどころかクイズにすら特別興味を抱かなかったと思う。
親友の山森彩加ちゃんにそう言われたのは、彼女が記事を作成する横で漢字や文法の指摘をした時だった。何ヶ月程か前に一度は断ったのだが、大好きな彼女の頼みならと、ライターは担当しないことを条件に彼女の言葉に頷いた。
あまりパッとせず明るいとは言い難い面々に、最初こそ怖々と彩加ちゃんの後ろを着いて回った。彼らと付き合いを重ねるに連れて、案外ユーモアと向上心で溢れてる人達だと知り、徐々に距離を縮めることが出来た。
「苗字ちゃん、校閲よろしく」
仮眠しまーす。と、大きな欠伸を隠すことなく、撮影部屋へと足を動かす編集長の背中を、羨ましく思いながら見送る。
直ぐに視線をディスプレイに戻して原稿を確認する。加入して約半年。裏方としての役割にも随分と慣れたが、気を抜いてマイペースに校閲すると直ぐに原稿が貯まってしまうので、おちおちゆっくりもしてられない。こんなに忙しいなんて聞いてないぞ彩加ちゃん。あ、やばい、欠伸出そう。
「ふぁ..」
眠くない。決して眠くはない。頭の中で念じてカフェインを胃に流し込む。これを終わらせたら今日は帰らせてもらおう。気合いを入れ直して伊沢くんの原稿に目を通す。
「苗字さん。伊沢の原稿は明日でも大丈夫だから、今日はもうお帰りになって」
「河村さんこそ、帰ってゆっくり寝てください。文末が貴婦人みたいになってます。」
おほほほほ。なんてふざけてるけど、レンズの奥は隈が酷い。初めましてを交わした頃は健康的に程よく柔らかそうだった頬は、随分と痩けた様に見える。ただでさえな〜んか頼りないと言うか、白雪姫と文豪のハイブリッド感があって、心に飼ってる田舎のお母さんが顔を出してしまいそうなのに。物語の佳境の白雪姫と寿命が近い文豪っぽさが増して、田舎のお母さんはもう心配で心配で。こっちまで寿命が縮んじゃいそうですよ全く。
「苗字さんって都会出身だっけ?」
「え?何でですか?」
「イマジナリー田舎のお母さんって言ってたから」
え、やだ。もしかしなくても声に出てた?いったいどこから?
「な〜んか頼りない、くらいから」
うそ、今のも声に出てた?
思わず手で口を覆う。ブツブツと独り言を漏らす癖はなかったはずだけど、忙しさと眠気でとうとう頭がやられた可能性は大いにある。
どうしよう。この人のことだから怒ってはないだろうし、後々皆の前で笑いものにもしないだろうけど、純粋に失礼なこと言った気がする。そう思いながら恐る恐る視線をディスプレイから河村さんへ向ける。
「今のは顔に出てた」
少しだけ楽しそうに、それでいてどこか悪戯っぽくニヤリと口の端を上げた表情はまるで、
「狐だぁ」
「だぁれが化け狐だとう?」
「サーセンッ」
河村さんとこんな風に軽口を叩きあうのは、なんやかんや初めてかもしれない。お互い眠くて距離感がバグってるんだと思う。それでもそのお陰で、今後この人と仲を深めるという確信を第六感が告げてくるので、眠気から来る距離感バグもそんなに悪くないと思える。仲良しが増えるのは、パーソナルなスペースは広く交友関係は大変狭い私にとっては有難く嬉しいことだ。
眼鏡クロスを片手に河村さんが眼鏡を外した。後悔する羽目になるとも知らずに、レアな眼鏡無し顔だぁなんて呑気なことを思いながら彼を盗み見た。
「うわ…」
盗み見るだけのつもりだった。本当にそのつもりだった。ガン見してしまった。思わず声が漏れてしまう程に、河村拓哉という人間の素顔は大変見目麗しく、言葉通り目を奪われた。
「…何か付いてる?」
「いや、眼鏡を外すと本当に美形だなって…」
「はっはっはっ。何を隠そう僕は、白雪姫と文豪のハイブリッドだからな」
これが伊沢拓司なら、自分で言うなよなんて笑いながら軽く突っ込めたと思う。自分の語彙力と発想力にガッチリと固い握手を交わしたくなるくらいには、その言葉に違和感がない顔立ちをしている。たかが眼鏡一つでそんなに変わるものかと笑う人もいるだろうが、この人に関しては大いに変わる。早く眼鏡をかけて欲しいくらいには。
「河村拓哉さん」
「何ですか?苗字名前さん」
この短時間でこの人との軽口は大変心地がいいし今後気兼ねする必要もないと分かった。が、眼鏡をかけていればの話だ。いや心地の良さは眼鏡をかけていなくても変わりゃしないが、私の心臓によろしくない。
「今後、貴方が軽率に眼鏡を外していいのは私の前だけです。でなければ、死人が出ます」
「は?」
「それじゃあまた明日。おやすみなさい。」
ドッドッドッと駆け抜ける心臓の速さに合わせて早口にまくしたてながら、そそくさと帰り支度を済ませた私は、素っ頓狂な声を上げる眼鏡の彼に片手で挨拶をしてオフィスを後にした。
べ、別に、美人過ぎてビビって逃げたとかじゃないんだからね!終電が近かっただけなんだから!