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『誕生日おめでとう』
LINEもTwitterも、日付を超えてから送られてくるメッセージの内容は殆ど同じもので溢れている。お察しの通り今日は僕、河村拓哉が生まれた日だ。
大変有難いと思う。思うのだが、僕は見ず知らずの会ったこともない不特定多数の他人に祝われるほど出来た人間じゃあない。動画で多少羽目を外した言動が一定の評価を得ている自覚はあるし、それだけが評価を受けてるわけではないことも理解しているが、何とも埋まり難い感情が心の大半を占めているのは、望んだその人から未だに何の連絡も来ないからだ。
端的に言うと、恋人からの通知音が一度たりとも鳴らず僕は拗ねている。いい歳して何を、と思うだろうが、長年恋した相手が恋人となった現在、おめでとうの一言くらい欲したってバチは当たらないハズだ。例えバチが当たるとしても、僕は彼女からの一言が欲しい。沢山の人に祝われておきながらとんだ欲張りだと我ながら思う。
20時が過ぎても特別な音が鳴る気配のないスマホに諦めて、いい加減夕飯を食べようとフードデリバリーサービスのアプリを開く。胃に入れば何でもいいな。と適当にスクロールしていると、ずっと待ち望んだ人からの着信画面。やっとかという気持ちと安堵感と期待で胸が高鳴る。
「もすもす」
『拓哉、もうご飯食べた?』
「まだ」
大方、次に来る言葉は、何か食べに行こう。だろう。
『何か食べに行かない?』
ほらな。ここで、うん。と言うのがいつもの僕だが、今日は違うゾ。
「食べに行くのもいいんだけど、久しぶりに名前が作ったものが食べたい」
今日くらい我儘を言っても、快諾してくれるだろう。これはまだ友人だった時に知ったことだが、僕の恋人は気の置ける相手には甘いところがある。恋人には、特に。
『えっ、珍しいね』
「ダメ?」
『ダメじゃないよ。じゃあ、そっちに行くね。着く時間分かったら連絡する』
数回ほど彼女が作った料理を食べさせてもらったが、どれもお世辞抜きに凄く美味しかった。料理をしている間も楽しそうで、真剣に食材を切る横顔や鼻歌交じりに炒め物をする後ろ姿は大変愛らしくて、こっそりスマホに動画として残してある。思い出して一人ニヤけていると、名前から乗換案内アプリのスクリーンショットが送られてきた。彼女が好きな漫画のキャラクターが寒さで凍えるスタンプ付きで。外は結構寒いらしい。
今日は何を作ってもらおうか。何が食べたいかを聞かれるのは目に見えているのだが、名前が作るものなら何でもいいというのが本音。しかしそれが一番困ることを物分りのいい僕は知っているので、着替えながらちゃんとメインだけでも考える。偉いだろう。
「作ってもらったことがないものかぁ…」
今まで作ってもらったものと言えば、カレー、煮魚、餃子、ハンバーグ。それに合わせたサラダやスープ等々。うーむ、悩ましい。そうだ、冷蔵庫の中と調味料の残りも見ておこう。以前、冷蔵庫にあるものをリストアップしてから一緒に買い物へ行った際、凄く助かる!と喜んでいたのをよく覚えてる。僕を含め男はチョロいので恋人が喜んだことは二度三度とやるのだ。
「あ、確か消費仕切れてないスパゲティがここに、あった」
100gで一束にされたものが全部で三束。二人で食べるには充分な量だろうし今日はスパゲティを作ってもらおうと心に決める。
スマホにメモを書き終わる頃には家を出る5分前だった。コートを羽織って使い慣れたトートバッグと、念の為にマフラーを手に持って家を出る。急ぐ必要は全くないが、運動しなれてない脚が勝手にせかせかと先を急ぐので、それに合わせて自然と脈も走り出す。案の定早く着いてしまった僕は、改札の前でゆっくりと深呼吸を一つ付いて未だによく走る脈を落ち着けようと試みたが、僕の言うことを聞く気はさらさらないらしい。僕の心臓のくせに生意気だ。
名前から、もう直ぐ!というメッセージが来た後に、改札の向こうからホームに電車が入ってくる音が聴こえてくる。もう一度ゆっくり大きく深呼吸をして、こちらに向かってくる人の群れからたった一人を自分の視力を頼りに探す。
「拓哉!」
「おかえり」
「ただいま」
いつから何を切っ掛けに始まったか忘れてしまったが、同棲はしてないのに仕事終わりに会う時やお互いの家に泊まる時は、この挨拶が僕達二人の習慣となっている。
手を繋ぐ前に僕の首元を暖めていたマフラーを名前の首にぐるぐる巻きにしてやれば、幸せそうに拓哉の匂いがするなんて言うもんだから心臓が止まるかと思った。そうでしょうねぇ。なんて適当に返事をして絡めた彼女の指は少しだけ冷たくなっている。
「何食べたいか決まってる?」
「スパゲティが300g残ってるからその方向で」
「パスタかー。ソースのご希望は?」
「名前が自信があるやつ。ついでに冷蔵庫の中身メモしてきた」
「わ、ありがとう〜!それすっごく助かる!」
そうだろう、そうだろう。僕は出来る彼氏なんだぞ。他にそう居ないだろう。
きっと今の僕は得意気な顔をしているんだと思う。人目も気にせず僕の頭に手を伸ばしてくる彼女に合わせて、撫でやすいように頭を傾ける。頭にその小さな手を乗せられてありがとうと二回往復するだけで、ゆるゆると上がる口の端。名前は僕を転がす天才だ。
鯖缶があるならと和風ペペロンチーノに決定した。見たことも食べたこともなければ、あまり想像も付かない味に微妙な反応を見せる僕を、まあまあ食べてみてから文句言ってよ。と笑う名前。今までが美味しかったので変な心配はしてないが、やはりどんな状態の物が出て来るのか考えてしまう。オリーブオイルと冷凍ブロッコリーはあったよね?とか、袋サラダでもいい?と聞く彼女に返事をしながら、鯖缶和風ペペロンチーノとやらに思いを馳せる。
「美味い…」
「でしょ〜?」
鯖缶和風ペペロンチーノは思いの外、美味かった。お世辞でも誇張でもなく本当に美味かったし、白だしで作った簡単なお吸物もペペロンチーノの味付けとよく合っていて一人半前あった麺を二人でぺろりと平らげた。
僕が食器を洗いながら、また食べたいと正直に伝えると、隣で拭きあげる彼女が頷いた後に、実はスパゲティ作るの得意なんだよね。と教えてくれる顔は本当に嬉しそうで、素直に伝えて良かったと心底思った。
「拓哉、寝よ?」
風呂も済ませ、髪も乾かして、のんびりと過ごし、眠そうに目を擦る彼女に連れられベッドに横になる。時間は23時53分。
おかしい。ケーキもプレゼントもなければ、未だに一度もあの言葉を言われてない。これは流石に拗ねていいのでは?と言うか、自己申告してもいいよな?
「ちょっといいかい名前さん」
「なんだい拓哉さん」
眠そうにトロンとした目で見つめてくるんじゃあないよ。可愛さで拗ねてやると意気込んだものがすっ飛びそうじゃないか。
「今日は何の日かご存知ですかい?」
「ふふ、存じ上げておりますよ。立冬です」
「そ〜れはそうなんですよね〜」
そうなんですけどね〜。そうじゃないんですよ〜。
それだけ言って先を言おうとしない僕を、彼女が肩を震わせてクスクス笑っている。…ふむ。これは確信犯だな。
「おい確信犯」
「え〜?何のこと〜?」
嗚呼、ちくせう。最初から全部コイツの掌の上で転がされてたと今になって気付くなんて。悔しくてたまらん。横で楽しそうに笑いながら僕の顔を見るんじゃないやい。
「ちょっと待ってて」
あやす様に鼻にキスされたってなぁ、僕ァそんなに簡単に機嫌を直したりしないぞう。
リビングから戻ってきた名前の手には包装紙に包まれた小さな袋が一つ。起き上がってベッドサイドランプを付けてから眼鏡をかけると、向き合うように座った彼女にプレゼントらしいそれを手渡される。
「誕生日おめでとう拓哉」
「開けていい?」
「うん」
中に入っていたのは紺とグレーを基調とした物と、黒と朱殷を基調とした物の、それぞれ変わった生地のシューレースが一組ずつ。説明書きに生地は前者が久留米絣で後者が着物の生地だと書かれている。こんな洒落た物どこで見付けてくるんだ。
「消耗品がいいかなとも思ったんだけど、それ見たら拓哉の顔が浮かんで、これだ!って思っちゃって」
そうか、僕が隣に居ない時も僕を思い出してくれたのか。
こちらを伺うように不安気に見つめてくる名前を抱き寄せて、しっかり抱き締める。
「ありがとう」
「拓哉」
「うん?」
「生まれてきてくれて、今まで生きる選択をしてくれて、そして何より私を好きで居てくれて、本当にありがとう」
僕はいつからこんなにも涙脆くなってしまったんだろうか。歳を取ったからか?いや、多分名前と付き合い出してからだ。長い間友人として彼女の長所も短所も見て来たが、自分が見てきた何倍も彼女は長所で溢れていると、関係が恋人に変わってから何度も気付かされる。きっとそれは普段は見せない顔や心を、恋人だけが見ることが出来る特権を今の僕が握り締めているからで。そうでなければ、自分が幸せ過ぎて泣いてしまうことなど、知らないまま生きていただろう。
「好きです。この上なく、貴方が好きだ」
「私も。今までの拓哉もこれからの拓哉も、全部、ずっと、大好きだよ」
唇が重なる寸前に視界の端でちらりと捉えた時刻は23時59分だった。
LINEもTwitterも、日付を超えてから送られてくるメッセージの内容は殆ど同じもので溢れている。お察しの通り今日は僕、河村拓哉が生まれた日だ。
大変有難いと思う。思うのだが、僕は見ず知らずの会ったこともない不特定多数の他人に祝われるほど出来た人間じゃあない。動画で多少羽目を外した言動が一定の評価を得ている自覚はあるし、それだけが評価を受けてるわけではないことも理解しているが、何とも埋まり難い感情が心の大半を占めているのは、望んだその人から未だに何の連絡も来ないからだ。
端的に言うと、恋人からの通知音が一度たりとも鳴らず僕は拗ねている。いい歳して何を、と思うだろうが、長年恋した相手が恋人となった現在、おめでとうの一言くらい欲したってバチは当たらないハズだ。例えバチが当たるとしても、僕は彼女からの一言が欲しい。沢山の人に祝われておきながらとんだ欲張りだと我ながら思う。
20時が過ぎても特別な音が鳴る気配のないスマホに諦めて、いい加減夕飯を食べようとフードデリバリーサービスのアプリを開く。胃に入れば何でもいいな。と適当にスクロールしていると、ずっと待ち望んだ人からの着信画面。やっとかという気持ちと安堵感と期待で胸が高鳴る。
「もすもす」
『拓哉、もうご飯食べた?』
「まだ」
大方、次に来る言葉は、何か食べに行こう。だろう。
『何か食べに行かない?』
ほらな。ここで、うん。と言うのがいつもの僕だが、今日は違うゾ。
「食べに行くのもいいんだけど、久しぶりに名前が作ったものが食べたい」
今日くらい我儘を言っても、快諾してくれるだろう。これはまだ友人だった時に知ったことだが、僕の恋人は気の置ける相手には甘いところがある。恋人には、特に。
『えっ、珍しいね』
「ダメ?」
『ダメじゃないよ。じゃあ、そっちに行くね。着く時間分かったら連絡する』
数回ほど彼女が作った料理を食べさせてもらったが、どれもお世辞抜きに凄く美味しかった。料理をしている間も楽しそうで、真剣に食材を切る横顔や鼻歌交じりに炒め物をする後ろ姿は大変愛らしくて、こっそりスマホに動画として残してある。思い出して一人ニヤけていると、名前から乗換案内アプリのスクリーンショットが送られてきた。彼女が好きな漫画のキャラクターが寒さで凍えるスタンプ付きで。外は結構寒いらしい。
今日は何を作ってもらおうか。何が食べたいかを聞かれるのは目に見えているのだが、名前が作るものなら何でもいいというのが本音。しかしそれが一番困ることを物分りのいい僕は知っているので、着替えながらちゃんとメインだけでも考える。偉いだろう。
「作ってもらったことがないものかぁ…」
今まで作ってもらったものと言えば、カレー、煮魚、餃子、ハンバーグ。それに合わせたサラダやスープ等々。うーむ、悩ましい。そうだ、冷蔵庫の中と調味料の残りも見ておこう。以前、冷蔵庫にあるものをリストアップしてから一緒に買い物へ行った際、凄く助かる!と喜んでいたのをよく覚えてる。僕を含め男はチョロいので恋人が喜んだことは二度三度とやるのだ。
「あ、確か消費仕切れてないスパゲティがここに、あった」
100gで一束にされたものが全部で三束。二人で食べるには充分な量だろうし今日はスパゲティを作ってもらおうと心に決める。
スマホにメモを書き終わる頃には家を出る5分前だった。コートを羽織って使い慣れたトートバッグと、念の為にマフラーを手に持って家を出る。急ぐ必要は全くないが、運動しなれてない脚が勝手にせかせかと先を急ぐので、それに合わせて自然と脈も走り出す。案の定早く着いてしまった僕は、改札の前でゆっくりと深呼吸を一つ付いて未だによく走る脈を落ち着けようと試みたが、僕の言うことを聞く気はさらさらないらしい。僕の心臓のくせに生意気だ。
名前から、もう直ぐ!というメッセージが来た後に、改札の向こうからホームに電車が入ってくる音が聴こえてくる。もう一度ゆっくり大きく深呼吸をして、こちらに向かってくる人の群れからたった一人を自分の視力を頼りに探す。
「拓哉!」
「おかえり」
「ただいま」
いつから何を切っ掛けに始まったか忘れてしまったが、同棲はしてないのに仕事終わりに会う時やお互いの家に泊まる時は、この挨拶が僕達二人の習慣となっている。
手を繋ぐ前に僕の首元を暖めていたマフラーを名前の首にぐるぐる巻きにしてやれば、幸せそうに拓哉の匂いがするなんて言うもんだから心臓が止まるかと思った。そうでしょうねぇ。なんて適当に返事をして絡めた彼女の指は少しだけ冷たくなっている。
「何食べたいか決まってる?」
「スパゲティが300g残ってるからその方向で」
「パスタかー。ソースのご希望は?」
「名前が自信があるやつ。ついでに冷蔵庫の中身メモしてきた」
「わ、ありがとう〜!それすっごく助かる!」
そうだろう、そうだろう。僕は出来る彼氏なんだぞ。他にそう居ないだろう。
きっと今の僕は得意気な顔をしているんだと思う。人目も気にせず僕の頭に手を伸ばしてくる彼女に合わせて、撫でやすいように頭を傾ける。頭にその小さな手を乗せられてありがとうと二回往復するだけで、ゆるゆると上がる口の端。名前は僕を転がす天才だ。
鯖缶があるならと和風ペペロンチーノに決定した。見たことも食べたこともなければ、あまり想像も付かない味に微妙な反応を見せる僕を、まあまあ食べてみてから文句言ってよ。と笑う名前。今までが美味しかったので変な心配はしてないが、やはりどんな状態の物が出て来るのか考えてしまう。オリーブオイルと冷凍ブロッコリーはあったよね?とか、袋サラダでもいい?と聞く彼女に返事をしながら、鯖缶和風ペペロンチーノとやらに思いを馳せる。
「美味い…」
「でしょ〜?」
鯖缶和風ペペロンチーノは思いの外、美味かった。お世辞でも誇張でもなく本当に美味かったし、白だしで作った簡単なお吸物もペペロンチーノの味付けとよく合っていて一人半前あった麺を二人でぺろりと平らげた。
僕が食器を洗いながら、また食べたいと正直に伝えると、隣で拭きあげる彼女が頷いた後に、実はスパゲティ作るの得意なんだよね。と教えてくれる顔は本当に嬉しそうで、素直に伝えて良かったと心底思った。
「拓哉、寝よ?」
風呂も済ませ、髪も乾かして、のんびりと過ごし、眠そうに目を擦る彼女に連れられベッドに横になる。時間は23時53分。
おかしい。ケーキもプレゼントもなければ、未だに一度もあの言葉を言われてない。これは流石に拗ねていいのでは?と言うか、自己申告してもいいよな?
「ちょっといいかい名前さん」
「なんだい拓哉さん」
眠そうにトロンとした目で見つめてくるんじゃあないよ。可愛さで拗ねてやると意気込んだものがすっ飛びそうじゃないか。
「今日は何の日かご存知ですかい?」
「ふふ、存じ上げておりますよ。立冬です」
「そ〜れはそうなんですよね〜」
そうなんですけどね〜。そうじゃないんですよ〜。
それだけ言って先を言おうとしない僕を、彼女が肩を震わせてクスクス笑っている。…ふむ。これは確信犯だな。
「おい確信犯」
「え〜?何のこと〜?」
嗚呼、ちくせう。最初から全部コイツの掌の上で転がされてたと今になって気付くなんて。悔しくてたまらん。横で楽しそうに笑いながら僕の顔を見るんじゃないやい。
「ちょっと待ってて」
あやす様に鼻にキスされたってなぁ、僕ァそんなに簡単に機嫌を直したりしないぞう。
リビングから戻ってきた名前の手には包装紙に包まれた小さな袋が一つ。起き上がってベッドサイドランプを付けてから眼鏡をかけると、向き合うように座った彼女にプレゼントらしいそれを手渡される。
「誕生日おめでとう拓哉」
「開けていい?」
「うん」
中に入っていたのは紺とグレーを基調とした物と、黒と朱殷を基調とした物の、それぞれ変わった生地のシューレースが一組ずつ。説明書きに生地は前者が久留米絣で後者が着物の生地だと書かれている。こんな洒落た物どこで見付けてくるんだ。
「消耗品がいいかなとも思ったんだけど、それ見たら拓哉の顔が浮かんで、これだ!って思っちゃって」
そうか、僕が隣に居ない時も僕を思い出してくれたのか。
こちらを伺うように不安気に見つめてくる名前を抱き寄せて、しっかり抱き締める。
「ありがとう」
「拓哉」
「うん?」
「生まれてきてくれて、今まで生きる選択をしてくれて、そして何より私を好きで居てくれて、本当にありがとう」
僕はいつからこんなにも涙脆くなってしまったんだろうか。歳を取ったからか?いや、多分名前と付き合い出してからだ。長い間友人として彼女の長所も短所も見て来たが、自分が見てきた何倍も彼女は長所で溢れていると、関係が恋人に変わってから何度も気付かされる。きっとそれは普段は見せない顔や心を、恋人だけが見ることが出来る特権を今の僕が握り締めているからで。そうでなければ、自分が幸せ過ぎて泣いてしまうことなど、知らないまま生きていただろう。
「好きです。この上なく、貴方が好きだ」
「私も。今までの拓哉もこれからの拓哉も、全部、ずっと、大好きだよ」
唇が重なる寸前に視界の端でちらりと捉えた時刻は23時59分だった。