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デストロイド


 少年は、ずっと続くと、漠然と思っていた。でもそれは儚く脆く崩れさる。

  *

 一五八三七年。世界と技術は、大昔では考えられないくらい進化を遂げた。
 第五機関。表向きは良心的なきちんとした医療研究機関。しかし、裏では様々な個人の利益での人体実験を行っている。第五は五番目をさすが、他は系列ではなくライバルである。争ったり組んだり、色々な歴史を繰り返してきた。

     *

 白を基調とした単調な部屋。ここは実験されている少女、妃波(ひなみ)のもの。
 彼女は脳が一部機械化している。昔、捨てられた彼女を拾った男が、永遠に生きて欲しくて細工したためだ。しかし、しばらくして脳の誤作動から彼女は暴走してしまい研究所ごと大切なものを破壊した。だから第五に引き取とられてここにいる。

「妃波、ご飯だよ」
青年、愁(しゅう)が食事を持って部屋に入ってきた。彼は妃波の教育・世話係だ。
「しゅう、やっと来た」
 待ちくたびれた様子の妃波。ベッドの上で本を読んでいた彼女は、本を閉じテーブルにつく。
「ごめん、忙しかったから」
 妃波の前に持ってきた食事を置き、向かいに座る。妃波はそれを無言で食べ始めた。
「もう少し、美味しいそうに食べれば?」
 少しして、愁が言う。
「栄養とか成分重視でおいしくない」
「あはは」
「笑うな! 食べてみれば? あげるけど?」
 スプーンに掬ったものを愁の前に持っていく。
「遠慮しとくよ」
「ヒドい」
 愁にあげようとしたものを自分の口に運ぶ。
「しゅう、嫌い」
「知ってる、もう何回も聞いてるから」
 愁は笑った。妃波も笑った。二人の間には平穏な時が流れていた。
 出会った時から、一度を除いてずっとそうだった。

     *

 後日。
 愁がいつものように妃波の食事を用意している時、大きく何かが崩れる音がした。それは危険を感じるような音。愁は作業を止め、音のした方へ走った。
 愁が駆けつけたそこには、普段とは全く違う表情で、PK機関銃を振り回します妃波がいた。
「妃波!!」
 愁は叫んだ。
「……、……」
 けれど返事はない。愁を見もしない。
「暴走だ」
「妃波が暴走したぞ」
 そんな声が周囲から聞こえた。
 妃波は脳の一部の機械に戦闘プログラムを組み込まれている。起動するのは、遠隔操作で指示されたときである。それが何らかの理由で誤作動した。それを男たちは暴走だと言った。
 愁は何が何だかわからなかった。壊された壁、隣の部屋に散らばる壁の破片と砕かれた鎖。事実が愁を苦しめる。妃波は戦闘プログラムにより、部屋の壁を自身の力で破壊した。中にはPK機関銃が鎖で縛られたケースに入っていた。それをも自身の力だけで破壊し、PK機関銃を手にしたのだ。
「やめろ、妃波!!」
 愁は信じられなくて、信じたくなくて、破壊を止めない妃波にもう一度叫んだ。
「うるさい」
 返ってきたのは、冷たい声。
「ひ、なみ……?」
 更に続けて少しの望みを打ち砕くように、愁に向けられた銃。
「妃波を止めろ」
「準備しておけ」
 誰かの声。道具を持った男たち数人が準備を始める。
「ど、どうする……気だよ!!」
 愁の声は震えていた。
「機械部分を壊す」
 一人がそう答えた。男たちにとって妃波はもはや人ではないのか簡単にそんな答えが返ってくる。
「すぐ直せば問題ない」
 脳が働かないと自力では生きられないが、頭(機械)撃って一時的にショートさせても、すぐ直せば大丈夫だろうというのが男たちの考え。
「準備はできたか?」
「はい」
 治療道具を持った男たちが数人すぐに直せるように準備。弾が外れたり、妃波が予想外の行動を起こしたりしたときのために、他が銃を持って待機している。
「やめろ。妃波は人間だ。それに、そんなことしたら」
 妃波の今までの思い出がなくなってしまう――。と愁は言えなかった。詰まってしまった。
 蘇る忘れたい記憶。繰り返したくない過去。

 記憶はメモリーに記録される。けれど無理なショートは記憶に支障をきたす。
 支障きたした記憶は脳に悪影響を及ぼす。だから記憶は消去する。記憶は消去されても知識は消えない。
 大切な人が自分も思い出も全てを忘れてしまうつらさを愁はもう経験したくなかった。

「妃波は、生きてるんだ……人間だ。打たれるところなんて……」
 愁は苦しそうに言った。
「無理だ。暴走をほうっておくことは出来ない。暴走を止める方法を他に知っているのか?」
 男の一人が言う。
「…………ッ」
 知らない。わからない。愁は、妃波の記憶を殺されるのが、人間として扱われないのが嫌だった。
「では順に攻撃を開始する」
 男が引き金に手をかける。
「やめろぉォォオ!!」
「発砲――」
 必死の叫びと、無情な声。
 響く発砲音。
 何かが飛び散る音、何かを吐く音。
 そして愁が床に崩れ落ちた。
「……、……」
 妃波の動きが止まった。緊張した空気が張り詰める。
「……、……」
 妃波の手から銃が落ちた。そして「……しゅう?」と、大切な人の名を呼んだ。目の前で大量に血を流す彼の名を。
 そんな呼びかけに愁は一瞬、微笑んだような表情をした。そして――。
「死んじゃ嫌ぁぁあ!!」
 妃波は叫び、泣き続けた。
 けれど、彼を助けようとする者はいなかった。

      *

 少女はまた一人、大切な人を殺してしまった。


(10/05/10)
原型はもっと前。
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