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想出


「泣いてるの……? 主」
 このタイミングで鯰尾に見つかってしまうとは。
「あ、いや、違うよ。ちょっと花粉がすごくて、ねえ今日すごい飛んでない?」
「なにがあったんですか、話してください」
 ああ、鯰尾にはお見通しか。
「ちょっとだけ昔を思い出しちゃって」
「おれの知らない頃の話だから、だから誤魔化したの?」
「ううん、そういうわけじゃないよ」
 怒らせてしまったかな。私は過去に一度だけ守れなかった人がいる。鯰尾がくるずっと前の話だ。まだ私が審神者として未熟だったために起こってしまった悲劇。
 時折その時のことを思い出してしまって苦しくなる。
「全部話してよ! 知ってそうな人に聞いたってみんな教えてくれない。主が言ってくれないとわからないよ。知りたいんだ」
「ごめん、言えない」
「どうして」
「苦しいから言葉にするたびに胸が締め付けられて死にそうになるから誰にも話したくない」
 誰かに話そうとしたことがあるけどつらすぎて無理だった。時間が解決してくれるかと思ったけどそうでもなかった。シミュレーションを試みるだけでしんどいんだから。
「おれは、主の苦しみを一緒に背負いたいし、悲しみを減らしてあげたい。好きだから」
「鯰尾……」
「主であるから主従関係だから、好きなんじゃなくて、本気で、人として好きなんだ」
 ゆっくりと紡ぎ出される言葉は嬉しさと同じくらい苦しみをもたらした。
 私は、誰かを特別に愛してしまって良いのだろうか。許されるのだろうか。
「わかった、今は全部言えなくても、少しずつでいいから話してよ」
「……話せるかな」
「全部ちゃんと受け止めるから。話しながら苦しかったら苦しいって言って、悲しかったら泣いていいから。怖くて震えてしまうならずっと手を握ってるから。こうやって抱きしめた方が安心する?」
 涙が溢れて止まらなくて返事をすることが出来ないでいる私を鯰尾はぎゅっとでも優しく抱きしめてくれた。
「主の一番になれるように頑張る。おれは主を悲しませない、誓うよ」
「……かっこいいね。ありがとう」
 抱きしめられていて顔が見えないから言えるけどそうじゃなかったら恥ずかしくて言えてない。どストレートな言葉をくれる鯰尾はすごいな。
「かっこいい? 嬉しいな」
「ねえ、もう少しこのままでいてもいい?」
「いいよ。いくらでも主の気が済むまでこのままでいよう」
 頭を撫でながら優しい声で私を包んでくれた。


 落ち着いた私は鯰尾にちゃんと話をしようと思った。
「ねえ、鯰尾?」
「うん、主」
「私の話聞いてくれる? 上手く話せるかはわからないんだけど」
「もちろん」
「……彼は少し疲れてたんだよね連戦で。でも実戦経験豊富なのは彼だけだったから他を育てる意味でも必要だったんだ。だからね、あの日も『大丈夫』って言葉信じて行かせちゃったんだよね。主に大丈夫じゃないなんて言うわけないから、言葉鵜呑みにしないで感じ取らなくちゃいけなかった。主失格だったなって今は思う。でもその時は必至で色々と見えてなかったんだよね。帰ってきたみんな泣いててさ、なのに抱えられた彼だけ泣いてなくて――」
 これを話す私も泣いてる。勝手に涙が溢れてくる。
 その時は何故か泣いたり取り乱すことなく冷静に彼は死んでしまったんだと理解できた。
「みんなが私にごめんなさいって謝るんだよ。悪いのは私なのに……それが苦しくて……」
「いや主も悪くない。悪いのは時間遡行軍だ」
 もちろん時間遡行軍さえいなければなんだけど。
「それでも、もっと出来たことがあったと思うの。私がちゃんとしていれば最悪の事態は防げたんじゃないかって」
 あとになって色んな感情に襲われて、今でも苦しくなる。
「その人のこと好きだった?」
「ここにいる人たちはみんな好きだよ」
「そうだけどそうじゃなくて……でもこの話はまたにしよう。今日は話してくれてありがとう。やっと聞けて良かった」
「ごめん」
 たしかに特別だった。けど、鯰尾も特別だよというのは口に出来なかった。


(19/04/07)
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