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セッショク。


 手と手を合わせる。
 指先が触れるだけで熱が上がっていく。
 時折漏れる吐息が色っぽい。

 ああ、こんな近くに彼がいる。

「ねぇ、」
「……」
 彼女は彼の問いかけに上手く返事が出来ないほど息が上がっていた。返事をするわかりに指を絡めてぎゅっと手を握ろうと思った。
 その瞬間、二人を何かが遮ったのだ。
「「!?」」
 透明の板か硝子か。目の前に愛しい人がいるというのに触れられない。手を合わせているのに熱を感じることはなく、とても冷たい。
 彼は目いっぱいの力でその遮る壁を叩いた。けれど割れる様子は全くない。
 かたい音が響くだけ。
「りょーちゃん……」
 不安そうに呟いた彼女。
 しかしその声は彼に届かない。
 壁を伝う振動音は聞こえるのに、たしかにそばにいるのに、何故か相手には聞こえない。
「咲羅!」
 それでも、名前を呼んでくれたような気がしたから彼女の名前を叫んだ彼。
 叫んでいる、名前を呼んでくれている、彼女はちゃんとわかった。わかるのに聞こえないのはもどかしい。

 ああ、何で。こんなに近くにいるのに触れられないの? 声、聞こえないの?

 ぽたっ、ぽたっ。
 彼女の涙が床に零れた。
 つらい、苦しい。
 どうして、天から地へ突き落とされなければならなかったのかと悲しくなる。
 そんな彼女を見て、彼は壁を叩き始めた。
 割れないかもしれない。割れる前に手が痛くなって叩けなくなるかもしれない。
 それでも何もせずにはいられない。
 叩く音が聞こえるだけで、そばにいることが感じられた。安心出来た。

 しかし、しばらく経つと安心は再び不安に変わる。
 変わらない現状のせいではなく、見るからに弱っていく彼が倒れてしまいそうな気がするから。
「もうやめて!」
 彼女が必死に訴えても声は届かない。
 彼はやめない。
 音がどんなに弱くなっても、手が痛くてたまらなくても、壊れるまで彼はやめない。
「ねえ、お願いだから」
 これ以上傷付かないで、彼女は願う。
 自分が彼のために傷付くのは構わない。けれど、彼が傷付くところは見ていられない。
 ならば、自分が叩き壊すしかない。
 彼女も力いっぱい壁を叩いた。
 ピキッと小さくひびの入る音がした。叩くたび、その音は大きくなっていく。
 そして、二人最後の力を振り絞って同時に壁に触れた――ら、割れた。
 やっと二人を遮るものはなくなった。
 割れた破片が二人の手を赤く染める。
 痛みはない。それを超える感覚が痛いという感覚を忘れさせているのだ。

 指が絡み、血が混じる。
 二人は一つになる。
 そして再び熱を帯びていく。
 一緒。
 感じているのも、流れる血も、この後痛みがくるのも全部一緒。

 ねえ、今幸せ。


(14/06/13)
Privatter
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