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 人が受入れなければならない現実は、時に鍵をかけたくなる。けれど、受入れなければ前に進むことはできない。


流星群。


 星が降った。
 流星より多く。
 それはあまりに眩しくて、降りかかる衝撃は計り知れない。
 世界は色を失った。灰色の世界。
 だれかが言ってた、失ったんじゃないそれは鍵をかけて仕舞い込んだんだって。
 そんなこと言われても鍵の開け方なんて知らない。
 開けない方がいい気がするのはどうして?



 少年の両親は仲が悪かった。
 暴力的な父親が嫌いで、母親が大好きだった少年。
 ある日、いつものように台所で料理をする母親が酔って帰ってきた父親刺された。
 血にまみれ、ただただ泣く母親を少年は見ていることができなかった。
 その光景は星が大量に降ったみたいに眩しくて、あまりの眩しさに耐えきれなかったから封印した。
 封印、それは自己防衛。



 ヘッドフォン、流れることのない音楽。
 少年は灰色の世界で、ただ大好きな人に想いを馳せる。

***

 病院で眠る少年。
 母親の死を目の当たりにし倒れて以来、ずっと眠っている。
 身体に異常はないけれど、目覚めることなく眠り続けている。



 空虚。
 灰色の何もない世界。
 少年はただ歩く。
 ――一体ここはどこなのだろう?
 何だか非現実的。時間もさっぱりわからない。
 ――ねぇ、お母さんは一体どこにいるの?

 少年の前に男が現れた。いや、男はもともとそこにいて少年がやってきたのかもしれない。
「どうしたんだい?」
「……探してる」
「なにを?」
「大好きな人」
「大好きな人、ねぇ」
 何も知らないのは残酷だ。
「ここはどこ?」
「君の心の中。君だけの世界。」
「僕の世界?」
「そう。今君は心の中の世界にいるんだ。現実の君はただ眠っているようにしか見えない」
 少し考えて「難しいね」と少年は笑った。
「どうして大好きな人に会いたいんだい?」
「んー大好きな人に会いたいと思うのは普通でしょ?」
「そうだね。じゃあ、会わせてあげる」
 男は儚く脆い、滅びの瞬間が好きだった。
「ほんと?」
 パッと表情がキラキラ輝いた。
「再びぼくに会えたらね」
 男が少年に触れた。少年は眠り、男は消えた。
 あの声を知ってる。いつか、「それは仕舞込んだんだ」って言ったのもあの声だった。
 君は一体だれ?
 どうして僕の世界にいるの?

 どれくらい経っただろう。少年は目を覚まし、再び歩き出した。
 もう一度あの男に会うために。
どこにいるかなんて知らないからわからない。
 それでもただ歩く。

***

 城。
 その中で男は思う。
 散るのは一瞬で儚い。
 あんなに時間をかけて咲いたのに。
 滅びるのはいつも一瞬だ。
 この目で見たからよく知ってる。
 何故いまになって、あの少年に会わせてやると言ったことを悩んでいるのだろう。
 儚く脆い、そんな滅びの瞬間が好きだったじゃないか。何を悩み迷っているんだ。

 少年は城に現れた。
「お母さんに会わせてほしい」
 ――君の決意は固いんだね。そうじゃなきゃぼくを見つけられない。
「ここは君が心に創り出した都合のいい世界だ」
「鍵がかかってて、鍵を開けなきゃ現実世界に戻れないんでしょ?」
「良く知ってるね」
「どっかで聞いた」
「そうか。会わせてあげてもいいよ。でも君の鍵を開けてしまう。もうここへは来れない。鍵が開いた時、君は降りかかる衝撃に耐えきれないかもしれない」
「もう一度、鍵をかけることはできないの?」
「連続で鍵をかけること、それは死を意味する」
 嬉しそうだった少年の顔が強張った。
「君がここにいる間、現実の君は眠っている。また鍵をかけるということはどういうことかわかるよね? 目覚める見込みがないと判断される。現実の君は死んでしまう」
「……大丈夫。なんでも受け入れる僕はお母さんに会いたい」
 ――会わせたくないのに会わせてあげたい。何も知らない君には残酷すぎるんだ。
「君に現実を見せてあげるよ」
 気付いたらそう口にしていた。

***

「君に現実を見せてあげるよ」
 男がなにかを唱えている。
 脳裏によぎる封印した記憶。それは父親に刺され血にまみれる母親の姿。
「う、うそだ」
 必死に否定しようとする少年の目の前に現れた母親も血にまみれていた。
 灰色でもたしかにそれが血だとわかる。
「ごめんね。お母さんはもういないの」
 追い打ちをかけるように発せられることば。悲しみの混じった笑み。
「うあああああ」
 少年は絶叫した。
 母親から笑みが消え、涙があふれていた。
 苦しい 。つらい。
 その感情が増すほど彩鮮やかになる世界。
 血が赤くキラキラ光っている。
 ――ねぇ、死んだの? もういないの?
「大好きでいてくれてありがとう。大好きよ」
 その言葉を聞いて視界が一気に明るくなった。
 その時気付いたんだ。あれは僕だって。もう一人の僕。だから都合の良い世界だったんだ。

***

 星が降った。
 流星より多く。
 灰色だった僕の世界に色がついた。
 鍵を開けた。
 それはたしかに眩しすぎたけど、もう仕舞ったりなんかしない。



 少年は病院で友達が見守る中目を覚ました。
 受入れなければいけない現実はとても眩しくて、星が降ったみたいだった。



 ヘッドフォン、流れるのは大好きだった人の音楽。
 少年は色の付いた世界げんじつで大好きだった人に想いを馳せる。
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