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滅び

 病院。
 この街で唯一残った病院。
 色々な理由から丈夫に造られているため、酷い破損はない。
 そこに蒼空はいた。
 少し前まで負傷者で溢れていたが、その負傷者たちも力尽きこの世から去って逝った。
 だから治療はすぐに受けられた。
 蒼空はベッドに横たわり、点滴を見ながら戦争のことを考えていた。
 沢山の人が死んだ。
 無力で何も知らない人たちが、抵抗をする時間さえも与えられず。
 沢山の人が死んだということはまた沢山の人を殺したことになる。
 蒼空も沢山の人を殺してしまった。
 したくはなかったけど、そうすることでしか愛する人を守ることが出来なかった。
 こんな世界……。
 疲れてきた蒼空は少し眠ることにした。


    *


 カーテンの隙間から陽が射し込む。
「やっぱり酷くなったなぁ」
その隙間から外を見て柚木が呟く。
「何が?」
呟きを聞いた妃波が問う。
「戦争だよ」
「何で?」
「んー欲しいものの価値が高くなったからかな」
「欲しいもの……?」
「そ。それが、妃波」
「えっ……何で?」
「知らないのか……妃波は人間であって人間でないから」
「?」
「妃波は人間機械かな? 機械を人間にしたんじゃないの。その逆」
「機械……」
「体内にとある機械が埋め込んであってそれが動き続ける限り妃波は死なない」
「そんなこと急に言われたって……わけわかんないよ……」
「そうかもだけど、とりあえず聞ーて」
困惑する妃波に柚木は優しい笑みを妃波に向け、妃波が生まれたところから話を始めた。

――妃波が生まれたのは今から九年前。
雪のちらつく綺麗な満月の夜。
夫婦二人の間に生まれた初めての子ども。
凄く幸せでまさに順風満帆な家庭だった。
しかし、父親は仕事が忙しく子育てを手伝わない。仕事が忙しいのは、つい、仕事を優先させてしまう為だ。
 そのせいもあり子育てに疲れてしまった母親は現実から逃れたくて酒と男に溺れてしまった。
それが原因で夫婦二人の間にあった愛情は冷めてしまった。
そして二人が下した結論は、離婚。
父親は仕事があまりに忙しく子どもを育てられないため妃波は母親が引き取ることになった。
父親は妃波を愛していた。
けれど、仕事と妃波を天秤にかけたとき明らかに仕事の方が重かったのだ。
天秤にかけてしまった。重い方をとらなければならない。
そういう堅い……いや、可笑しな考えの持ち主だった父親は後ろ髪引かれる思いで仕事を選んだ。
離婚した後、暫く母親は酒と男を止めた。
しかし、長くは続かず、終いには妃波を邪魔だと思うようになった。
そして、妃波が八才の時――母親は遠く離れた場所に妃波一人を残し、姿を消した。
捨てられた妃波はただひたすら泣いていた。
八才だ、まだ幼い。だから捨てられたという考えはなかった。
 が、母親が自分を置いて戻ってこないという不安から泣いたのだ。
そんな時、一人の男が手を差し伸べた。
その男が所長だ。
所長は事情を聞いて、妃波は捨てられた少女だということを知った。
でも、捨てられたんだよ……なんてことは言えず、自分は母親の知り合いだと嘘をついた。
そして、我が子のように育てることを決めた。
研究所に着き、所長が妃波を連れてきた理由を研究員に話しているのを妃波は聞いてしまった。
あたしは、捨てられた……。
妃波はそのショックから意識を失い倒れ、目を覚ました時には記憶を失っていた。
所長は妃波は元々ここで暮らしてた、と傷つかぬよう嘘をついた。
だからか、妃波はその後幸せに生活を送っていた。
そして、妃波への愛情が大きくなった所長は妃波を永遠の存在にしたくなった。
 妃波が死んでしまうことが怖かったのだ。
で、まず、不死の薬を開発し妃波に飲ませた。
その薬は一時的なもので半年に一度飲まなければ死んでしまう。
それでは色々と困る。永遠という感じもあまりしない。
それで所長が次に思いついたのが妃波を機械にしてしまう、というものだった。
所長は妃波に睡眠薬を飲ませ、手術台に乗せ、目覚めたところで麻酔を打ち、体内に永遠を可能にする機械をいれた。
その機械は外傷を加えられて動きを止めたりはしない。
めったに狂ったりもしない。
機械という異物を体内にいれた後だ何が起こるかわからない。
 様子見でガラスケースに妃波をいれ、愛情をたっぷり注いだ。
順調に育つ妃波を見て所長は更なる機械化を試みた。
そう、プログラミング。
ちょうどその後くらいからだろうか、この技術……いや妃波を求めて世界が動き出したのは。
元々起こりそうだった戦争が開戦したのだ。
それを“世連”トップ六名は必死に止めた。
トップの威厳で確かに戦争は食い止められていた。
しかし、六名が研究所を訪問したとき妃波は暴走して六名を殺してしまった。
暴走原因は六名が実の父親だということを本能で感じとった事にある。
愛していると言って母親に押し付けたのに、母親に捨てられた時助けてくれなかったから。
平然とした表情で詫びる気持ちが感じとれなかったから脳が反応して殺してしまったのだ。
これにより、戦争を止めていた唯一の力がなくなった。
――大きな戦争が始まってしまった。

「こんな感じかな?」
全部を言い切った柚木はとても満足そうな顔をしている。
反対に妃波は怯えるように震えていた。
記憶が全て戻ってしまったのだ。
「あたしが……お父さんを……殺した」
「オイ、柚木!! 妃波に……」
「所長怒んないで下さいよ。所長だって知りたかったんでしょ?」
「そうだが……」
「避けることの出来ない事実なんですから、隠しててもいずれ分かることです」
「…………」
バン。
突如扉が勢いよく開かれた。
「蒼空くん……?」
「ヤバい、襲撃が来る!!」
「!?」
「時間が無い……」
「外国か?」
「それが……」
「外人じゃなくて悪かったわね」
一人の女が蒼空の言葉を遮る。
「お前……」
「欲しいものは力ずくで手に入れる、それが私の精神なの」
「名前は?」
緊迫した状況のはずなのに、柚木はどこか抜けている。
「私は亜麻音(あまね)」
「聞いたことあるような……」
「現“世連”トップの娘よ」
「そんな権力者が何故わざわざ……」
「お父様頼りなくて。すぐに手に入れてくれないから」
「妃は渡さん」
「そうだと思ったからわざわざ来てやったんでしょ」
上からの物言いをして亜麻音は笑んだ。
「始めましょ」
亜麻音は妖しく笑んで、ぱん、と手を叩いた。
すると、明らかに兵士だと思われる男が数人銃を持って部屋に現れた。
「この国には兵士が多すぎるでしょ? だから間引きしてあげようと思って持ってきた兵士(どうぐ)なの」
「人を道具扱い……」
蒼空が唇を噛み締める。
「あら? お子様は優しいのね。でもそれじゃあ生きていけないわよ」
「何故、妃が欲しいんだ」
「凄いから。だから手放したくないんでしょ?」
「そんな理由ではない」
「言い争いはもう止めよーよ、ね」
柚木はそう言って亜麻音に銃を向けた。
「ボスは最後でしょ?」
少し怯えてるように見える。
「怖いんだねー」
そう言いつつ柚木も手が震えている。
「死ねー!!」
蒼空は乱射を始めた。
「オイ蒼空」
「死ねばいいんだ。みんないなくなれば……戦争さえなければ……」
蒼空はたった一人の女の子を想っていた。
「沢山人殺してまでも守りたいの?」
「そ――」
「黙れ」
妃波は蒼空の言葉を遮った。
また暴走が始まった。
「ヤバいわ、元トップみたいにはなりたくない……早く殺って」
亜麻音は震えていた。
怯えていた。
自分で仕掛けておきながら。
 ――バン、バン。
二発の銃弾。
血を流し倒れ込む二人の兵士。
「うぅ……亜麻音様を……」
兵士は死ぬギリギリまで亜麻音を守ろうと頑張っている。
亜麻音は怖くて逃げ出したかった。
でも、あまりの事に体が動かなかった。
「亜麻音様、まだ私達がいます」
無傷の兵士二人が声を揃える。
「お前らに何が出来る」
妃波は銃を二人に突きつけた。
「…………」
返答に困った兵士の一人は銃を、もう一人は剣を妃波に向けた。
「殺る気?」
「ハイ勿論です」
「道具はこれだけじゃないし、どんどんすればいいのよ」
 亜麻音は強がった。
 怖さを誤魔化すために。
兵士二人はなんとか妃波と互角に戦っていた。
「所長、このままじゃ……」
「大丈夫だ、妃は死なない」
「でも、俺らが死ぬだろ」
蒼空が所長に言う。
「そーですよ。永遠の体じゃないんですから」
「ならば、戦うか? 凄い武器があるが」
「何だよそれ」
「何なんですかー?」
「これだ」
所長は少し離れたところから銃らしき物を取り出した。
「これは銃弾の代わりに鋭利な刃物が連続で発射出来る銃だ」
「同じじゃ……」
蒼空は言いかけ、止める。
同じじゃない。
銃弾より速く、堅く、鋭いそれならばどんな物でも貫通してしまう。
一般銃よりも遥かに凄い。
蒼空は物凄く怖くなった。
その所長の持ち出した銃を見て兵士たちの表情は一変した。
 兵士もまた蒼空と同じように怯えているのだ。
本当は死ぬのが怖くて仕方ないのだ。
「亜麻音様を……」
銃を持つ手は震え、撃つべき敵を定められない。
「死ね……」
必死に剣を動かしても空振りするばかり。
「そんなのが怖いのか」
妃波はしっかりと銃を持つ兵士の目を見た。
そして、銃を心臓に向けた。
「あれが怖いのなら、これで殺してやる」
「…………」
兵士は息を呑む。
「そして、苦しむのが嫌なのなら一発で殺してやる」
妃波は兵士を見据えたまま引き金に手をかける。
「さようなら」
――バン。
銃声が室内に響く。
「さあ、次はお前だ」
妃波は銃を兵士の顔面に向けた。
「な、何を……」
「顔を撃ち抜かれても死ぬのかの実験」
「や、やめ――」
――バン。
「なーんてね。誰がそんな手間なことするか」
妃波は兵士が反論し終わらないうちに心臓を撃ち抜いた。
「ひ、妃波……」
蒼空は物凄く悲しそうな目を妃波に向けた。
「道具なんていつかは壊れる。その時期が来ただけ」
妃波はかなり落ち着いている。
これも暴走のせいなのだろうか……。
「次はお前だ」
銃を亜麻音に向ける。
「や、止めてよ」
「じゃあさぁ、助けてあげるかわりにあたしの願い聞いてよ」
「願い?」
「そ。トップを殺してあなたがトップになる。そして、戦争を止めさせる」
「そ、そんな……」
「このままじゃ何も変わらない。別の人がトップを奪い取るかもしれない。どう?」
「あなたがお父様を殺すの……?」
「そうだけど、自分の手で殺したい?」
「別に……私が殺せばトップになれないかもしれないし」
「なら、決まりね。交渉成立」
妃波は銃を下ろした。
「助かった……」
亜麻音は安堵からその場に崩れた。
「そんなに死ぬのが怖いのなら、人を殺すな」
 妃波はそう吐き捨てて亜麻音を睨み付けた。
所長、柚木、蒼空の三人は終始唖然と妃波の行動を見ているしかなく、今はただ呆然としていた。





きっといつか終わりは来る。
しかし、その終わりは永遠ではない。
きっとまたいつか始まる。
始まれば終わる。
そして、終わればまた始まる。
そんなのの繰り返し。
世界は単純。
 だからだろうか、人を殺して何かを手に入れるのは。
 人を殺して幸せを掴むというのは。
 残酷な世界はそう簡単に変わらない――。

 世連。
怯える亜麻音。
楽しそうなトップ。
今日はトップを妃波が殺す日。
「お父様……何か嬉しそう……だね」
「もうすぐアレが来るんだからな。有難うな亜麻音」
「あ、うん……」
ごめんなさい、お父様。亜麻音は心で告げた。
「今日は盛大な祭りだな」
笑うトップ。
今日は楽しい日にはならない。
とっても哀しい日。
バン。
妃波はおもいっきり扉を開けた。
「お前は……」
「妃波だよ。こんにちは」
兵士を殺した時とはまるで別人のようだ。
「一人か?」
「うん。不満?」
「いいや、不満なんかないぞ。ただ驚いてるだけだ」
「そっか。何であたしが欲しいの?」
「お前が凄い存在だからに決まってんだろ」
「具体的には?」
「そうだな……人一倍優れた能力と……」
「あーあ。その能力が仇になるなんてね」
ポケットから銃を取り出し、トップに向ける。
「お、オイ、何するんだ」
「殺すんだよ。あなたを」
「な、何故だ!?」
「あたしを欲しがってるから」
「誰か殺したことあるのか?」
「あるよ。お父さんと兵士さんたち」
「……六名か」
「うん。知ってたら殺さなかったよ」
 少しだけ切なそうな顔をした。
「死んでたまるか」
トップは引き出しから銃を取り出し妃波に向ける。
「そんなんで殺せると思ってんの?」
「思うさ」
 と言いつつ、震えて狙いが定まっていない。
「ふーん。じゃっ」
ばきゅん。
妃波は容赦なくトップの頭蓋骨を撃ち抜いた。
一息ついた刹那。
亜麻音はトップから銃を取り、妃波に向ける。
「やっぱね」
妃波は笑んだ。
 こうなる事をわかっていたのだ。
「あなたを殺してあたしのものにするんだから……」
 焦りと恐怖の混じる声で亜麻音は言う。
「ふーん。あたしを殺して……あたしのことちゃんと知ってる?」
「当たり前よ」
「ならいいんだけど」
銃を亜麻音に向ける。
「殺したくないんだけど、やっぱあたし殺す?」
「殺すわ」
「あん時助けなきゃ良かったかも。戦争止めてよ、人殺し嫌いなんだよ」
「嫌よ。死は怖いけど、でも……」
「欲には適わないんだ……なら仕方ない」
ため息を吐き、引き金を引いた。
銃弾が亜麻音を掠るかどうかの所を狙って。
狙い通り亜麻音に銃弾は当たらなかった。
 しかし、あまりの出来事に気を失ってしまった。
「ふー。気絶してくれて良かった。してくれなかったらどうしようかと思ったよ」
妃波はそう言いながら亜麻音を抱きかかえ外へ。そして、そこに待つ所長に渡す。
「よし、帰るぞ」
妃波は所長と共に研究所へと帰って行った。





研究所。
 一室、機械に入っている妃波と亜麻音。
「柚木、消すぞ」
「妃波もですか?」
「ああ、こんな記憶があってはまずいだろ。しかし……」
「忘れて欲しくない事もあると」
「ああ。また教えればいい話なんだがな」
「妃波ならきっと心で覚えてますよ」
「だな」
所長と柚木は記憶を消すため機械のスイッチを押した。
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